女神ユースティティア
俺達は朝早くに宿を発つと神殿へと向かった。
これは早くに神殿に向かいたかったというより単純に宿のチェックアウトの時間が早すぎるだけだった。何でも宿の利用客を早く出さないと従業員の労働時間が守れ無くなるかららしい
利用客よりも労働者の保護。過剰サービスといわれる日本にいた俺達からすると少し不便だがこの街には所謂ブラック企業などは無いんだろう。
神殿に着くと門の所で用件と身分証を提示する。門番はすぐに室内の受付に案内してくれ神官長に面会させて貰える事になった。因みに馬車は路上駐車禁止なので直ぐに神殿内の駐車スペースに入れてくれた
「ようこそ使徒様。法と秩序の神殿にいらっしゃいました事を歓迎させていただきます」
神官長は優雅な仕草で挨拶をする。身なりは清潔だが質素で礼儀正しいまさしく聖職者って感じの女性だ。ローラさんやハルカさんを見ても差別的な態度は全くなく俺は少し安心した
「私達はユースティティア様の教えを忠実に守る為、特に思慮深い者が厳正な審査の上でこの神殿に派遣されております。ユースティティア様の教えは厳しくは有りますが、法がもたらす秩序のよる恩恵は大変ありがたい物でこの街では争いも無く治安は大陸一だと自負しております」
「我々は大変意志の弱い子羊でございますから偉大なるユースティティア様の定められた法を守る事でその生涯を清く正しく美しくする事が出来るのであって…」
神官長様のマシンガントークは時間と共に熱を帯び俺達が口を挟む隙はまるでない。ラクトリンさんの時はお付きの神官さんが止めてくれたが、後ろに立つ神官さんはウットリした顔で頷くばかりで止めてくれる様子は無さそうだ
「……という訳で偉大なるユースティティア様の素晴らしさを判っていただけたと思います」
一時間にも成ろうかという処で満足したのか神官長の有り難いお話は終了した。やはり教団には係らない様にしようと改めて思った
怒涛の様な御法説が終了し神殿最奥へと案内された俺達はいよいよ女神さまとの面会の時間になる。
案内してくれた神官さんが去り、最奥の間に安置されている石像に近づくと、いつもの様に周りを眩い光が包み白い空間へと変わっていく
「我が使徒たちよ、ようこそ。私がユースティティアです」
石像の様に左手に天秤を掲げ、右手には剣を携えている女神さまは今まで会った神さまと違って凛とした空気を纏った、言い方は変だが実に神さまらしい神さまだった
「女神ユースティティア様、お目にかかれて光栄です。大変申し訳ないのですが幾つかお願いをしてもよろしいでしょうか」
「貴方は田中伶で良かったかしら?構いません。言ってごらんなさい」
流石にきちんと俺達の事を把握しているユースティティア様は穏やかな笑顔を浮かべながら伶に許可を与えて下さった
「有難う御座います。私達は使徒としてこの世界に呼び出されました。理由は世界の危機を救って欲しいとアスタルテ様からお聞きしておりますが、実は具体的な内容とそれに対して私達が何をすればいいのかを教えてもらってはおりません。出来ればその内容をお示しくだされば助かります。」
「もう一つレシェフ様が獣人族に対して加護をお与えになったのですが未だにその神託が為されていない為、八柱教団と獣人族の間に混乱が起きております。出来れば神々の名で神託を出して頂きたいのです」
礼儀正しく且つオブラートに包んだ伶の言葉にユースティティア様は事情を察してくれた様だ。
「まったくあの二人は如何しようもありませんね。仕方ありません、始めから話しましょうか…」
ユースティティア様は二人の神さまに怒りつつも説明を始めてくれた。心なしか左手の天秤が震えているような気がする。
かつての大戦で神々は邪神とその眷属を倒し勝利した。しかし邪神とは言ってもやはり神の一員。自分達と同等の力を持つ存在を滅する事はできず封印という形を取りつつ長い時間を掛けてその力を削ぐことしか出来なかったというのだ
今まで長い年月を掛けもう少しで邪神も力をなくし、その存在を維持できなくなるという所まで来たというのに、最近になって邪神が力を盛り返していることが判ったというのだ。しかも神々が施した封印まで弱まっておりこのままでは邪神の復活が現実味を帯びてしまう
「我らは昔の様に直接干渉する事は出来なくなっています。今、邪神が復活したら世界は彼によって支配されてしまうでしょう」
「………」
「そうなる前に邪神が力を盛り返してきた理由の調査と我ら八柱の神々の力を取り戻すのに力を貸してほしいのです」
邪神復活への憤りなのかそれとも自分達への不甲斐無さなのか、ユースティティア様は少し顔を赤く染め天秤を掲げた左手は振るえていた。
「ふむ、ユースティティア様。話は判ったのだが具体的に何をすれば八柱の神々は力を取り戻せるのじゃ?」
「ぐ、具体的にですか?我ら神々は皆の信仰こそが力になり、ま、す。くぅ!そ、そこで我らが出す試練をあなた達が解決する事で、か、神々のき、奇跡という形で信仰を…」
ユースティティア様の顔がさらに赤くなり全身が震えだし遂には言葉に詰まってしまった。ローラさんの質問が怒りに触れたのか様子がおかしい
「し、信仰を…ひ、広めて貰い…ってもう駄目!!」
俺達が訝しげに見ている目の前でユースティティア様が叫ぶように天秤を投げ出す
「こんな重い物持ったまま長話させないでよ」
「ってお前もか!やっぱりお前も駄女神さまか!!」
「ちょっと!、アスタルテと一緒にしないでよ!!まさかこんなに話が長くなるなんて思ってなかったんだからしょうがないじゃない!!!」
「はわわ、神さまがお怒りです」
左手をプラプラさせながら本性を現したユースティティア、それに突っ込みを入れる俺を目にして初めて神さまの前にでて緊張していたハルカさんが見当違いの事を口にする
「まったくイメージで石像作られてこっちだって迷惑してるのよ。私がいつ天秤だの剣だの持ってたっていうのよ」
「それなら別に手ぶらで出てきても好かったのでは?」
「そこはその、ほらイメージって大事でしょ。威厳だとか皆が求める者には応えてあげたいじゃない」
両手の人差し指をツンツン合わせながら少し口を尖らせ言い訳をするユースティティア
まぁ、みんなの期待に応えたいと思ってる辺り、ある意味慈悲深いのかもしれない
「んで、要はどういう事なんだよ駄女神二号」
「ちょっ!二号はやめてよ」
駄女神呼びはいいのか…
もうこの世界の神さまに期待するのは辞めたほうがよさそうだ…
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