伶の作戦
ハルカさんが目をキラキラさせながらシトールさんの作業の終了を待つ。ナティさんの迷宮の時はエリアボスを斃した後の宝箱という扱いだったので罠の確認をしないで開けていたが、今回の様な場合は逆に罠が仕掛けてあると思っていた方がいいらしい
「よっしゃ。罠は解除出来たで」
コチャコチャと宝箱を弄っていたシトールさんだが、「カチャリ」という音と共に額を拭いながら解除できたことを告げる。ワクワクした面持ちのハルカさんとは対照的に年長グループは落ち着いたものだ。伶も年長グループと一緒にいるのだが、やはり気になるのかチラチラ此方を見ている。・・・素直になれない奴だ
さて、ようやく御開帳という事で、ハルカさんとシトールさんが両側から宝箱の蓋を持ち、せーのって感じで蓋を開けると、中から出てきたのは・・・
「うん?ポーションですか?」
「そやな。何種類か混ざっとるな」
宝箱の中身は複数のポーションが何種類か各数本づつ入っていた。一応中の見える小瓶に入っているのだが説明書きや商品名が有る訳も無く、いまいち中身が何なのか判りにくい。ポーションで有り得そうなのは、HP、MP、スタミナ辺りの回復系、力や体力、素早さ等のステータスアップ系、後は攻撃力、防御力、幸運等のバフ系だろう
「まさか、バッド系のポーションって事は無いですよね」
「判らんで。呪いの武器とかもあるさかいにな」
「伶。この場で鑑定できそうか?」
「瓶から出せば判るけど・・・賞味期限は大丈夫かしら?」
確かにゲームとかでは開けたらすぐ飲むものだし、蓋を開けた後の事までは考えた事無かった。この世界に来てからは伶の回復魔法で済んでいたからポーションって使った事無いしな・・・開封後は冷蔵庫にって訳にもいかない
「そういえばそうだね。必要もないのに開ける事無かったから、言われると心配になるね~」
「はい。私もすぐ飲んじゃいます」
「ふむ。ならば道具屋にでも持ち込んで見て貰えばよかろう。ルクテならば目利きも揃っておるじゃろ」
獣人の町では怪しいが物流の中継地になっているルクテならば、外から見ただけで鑑定できる人もいるかも知れない。それでも駄目なら各種類で一本だけ開けて調べてもみてもいいだろう。取敢えずは魔法の鞄にしまって置く事にしよう
「それじゃあ引き返しましょう」
「いや、一応は部屋の中も調べといた方がいいで。結構隠し扉とか有るんや、宝箱に目を向けさせといて本命は隠してあるもんや」
「それって性格悪すぎません?」
「ワイが隠した訳やないで!」
抗議の声を挙げつつも慣れた様子で部屋の中を調べていくシトールさん。バルディッシュの柄の部分で壁をコンコン叩いて行ったり、足を踏みこんで床を調べたりしている。
「大丈夫そうやな。これ以上は何も無さそうや。」
一通り調べ終わったシトールさんが告げる。先ほどの分かれ道まで戻って探索を続けることにしよう
「ローラさん、魔力の強さはどうですか?」
「ふむ、B級の中程位じゃの。魔境の森と変わっておらん」
幾ら迷宮と言っても一階、しかも入ったばかりの部屋では魔力も強くはなっていない様だ。土竜が入り口付近で昼寝していた位だし、ひょっとしてと思ったのだが・・・
「兄さん。考えが甘すぎでっせ」
「そうです~。まだ冒険は始まったばかりです」
天然娘とエセ関西人の色物コンビに指摘されると釈然としない物が在る。憮然としてしまう俺を、肩に乗ったスラちゃんが慰めてくれる。うん有難う。もう少しで進化させてあげるからね
分かれ道まで戻ってきた俺達は気を引き締め直して探索を続けていく。途中何か所か分かれ道が有ったのだが、行き止まりだったり魔物の待ち伏せが有ったりと行ったり来たりしながら進んできた
「どうやら、あそこで一階は終わりになりそうでっせ」
「そうじゃの。あれで何も無かったら拍子抜けじゃ」
カイとクイも警戒してる上に精霊達も何かを感じているようだ。とは言えそういった事が無くても何かが待ち構えているのが判る。視線の先には今まで無かった大きな門が存在しているからだ。ナティさんの迷宮は扉でボス部屋を仕切っていたが、目の前に在るのは巨大な門だ。門の大きさからしたら中に大型の魔物が控えていても不思議ではない、油断せず装備の確認をしてから中に入った方が良さそうだ
「いいか。開けるぞ」
ポンタさんが皆に確認してから門に手を掛ける。大きさの割にあっさりと開いていくそれは途中からは自動で部屋の内側に開いていく。まるで招き入れる様に入口から順に篝火に火が灯っていき、奥の台座の上に身体を丸めて控えている魔物の姿が目に入る
俺達が部屋の中に入っていないからだろう、身動きもせずそのままの態勢で控えているので魔物の正体までは判らない。精霊で探ってみるのも手かもしれないがそれに反応して相手に準備させるのも悪手の様な気がする
「ホレ少年。前に進まねば道は開けぬぞ」
ローラさんの言葉に覚悟を決めて足を踏み入れる。突入と斥候役の俺が先行して相手を確認している間に皆が防御態勢を作ると言う流れだ。相手によっては退却する可能性もあるので確認するまで皆は部屋の外で待機している。素早さの高い俺は異常を感知したら入り口まで戻って脱出しなければならないので頭の片隅でその準備をしつつ進んで行く
部屋の中程までゆっくりと進んで行くが反応が無い。一度足を止めて観察してみるが固まったまま動く様子は無い、魔物から意識を離さず部屋の中も観察してみるが伏兵などの気配はない。もっともゴーレムやリビングスタチュウの類は固まっている間は気配も無いので察知する事が出来ないが、目で見た感じではそういった物も配置されてはいない。色々確認しながら慎重に歩を進める
此れより先に進んでしまえば脱出が難しくなる微妙な距離・・・引き返すか一挙に間合いを詰めて奇襲を掛けようか逡巡する俺に反応するように魔物が顔を上げる。
山羊の頭に錫杖とアンクと呼ばれる古い十字架を手にした獣頭の魔物。上半身は女性の身体をしており下半身にはそそり立つ・・・まぁなんだ男のあれだ。両性具有を示す身体の造りで、額には六法星が光り輝いている。判り易い所謂悪魔だ。そいつがクロスした両手を掲げながら立ち上がる
背に在る黒い翼を広げ、威嚇するように一声鳴くと圧倒的な瘴気が噴き出され、部屋の中に満たされていくそれが行動どころか呼吸さえも苦しくさせる。もう脱出なんて言っている場合では無い。一気に練り上げた闘気を纏い、兎も角瘴気から身体を守るのが精一杯だ
「伏せて!」
ハルカさんの声に転がる様にその場から身を翻す。その上を天雷弓の矢が過ぎ去り悪魔へと突き刺さる・・・寸前で錫杖によって弾かれる。防がれるのもお構いなしに次々と放たれる矢が悪魔の動きを停める。更にローラさんが放ったであろう魔法も悪魔の顔を目掛けて飛んでくる
「少年、いったん下がれ」
目晦ましの意味もあったであろう炎が悪魔の視界を遮っている間に這う這うの体で後ろに下がる。牽制の矢と魔法が悪魔に向かうが矢は弾かれ魔法は障壁を突破する事が出来ずにダメージを与える事が出来ない
濃い瘴気が満たされた部屋の中で動けるのはブルーベルとゴーレム達だけであろう。しかし彼等だけでは到底倒せそうも無い相手だ。今は防ぐ事しかして無いが攻撃魔法も使えるだろうし正面から退治したい相手では無い。
「瘴気を何とかせねば儂らは入れないぞ。」
「私に考えが有ります。タンドさん協力をお願いしても?」
「勿論。僕に出来る事なら!」
サムズアップと共に答えるタンドさんの歯がキラーンと輝く
若干場違いな好青年ぶりに違和感MAXだが、ある意味ぶれない人だと納得もしてしまう
「行きます!」
ルビーゴーレム達を使役するブルーベルに命令を与える伶。タンドさんも集中を高めていく
俺とポンタさんは瘴気が何とかなったら、いつでも突入出来る様に身構えながら伶の考えとやらの結果を待つのであった
読んで頂いて有難う御座います