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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 梅雨にとどろく雷鳴
76/239

2年目6月「3姉妹」


「一ノ瀬亜矢? ああ、新入生ね。ちょっと待ってな」


 唯依や亜矢と出会ったその日。

 最近では珍しく遅刻寸前の登校となった俺は、1時間目の休み時間にすぐさまその男のもとへ向かった。


 女生徒の情報を手に入れたいときにだけ一瞬輝く男。

 藤井将太である。


 この男の存在価値は、この瞬間にのみ凝縮されていると言っても過言ではないだろう。


「ええっと、一ノ瀬、一ノ瀬……」


 将太は女生徒の情報がぎっちり詰まっているらしいメモ帳をペラペラやりながら、


「あったあった。一ノ瀬亜矢、風見学園高等部1年3組のクラス委員。かなりのしっかり者で責任感が強く、担任からの信頼も厚い優等生」

「……ん?」

「出身中学は県外で、中高と美術部に所属。最初の中間テストでは学年20位に入ってるな。仲がいいのは同じクラスの――」

「あー、ちょっと待った」

「んだよ」


 途中で遮られて不服そうな将太に、俺は念のため確認することにした。


「一ノ瀬って、あれだぞ? ボブカットで微妙に吊り目の」

「スレンダーでいかにも知的な感じの子だぜ?」

「……じゃあ間違いないか」


 どうやら人違いではないようだ。

 しかし。


(……しっかり者のクラス委員? マイペースな変わり者って感じだったが……)


 俺の印象とはだいぶ違っている。

 あるいは、内と外でキャラが違うタイプなのだろうか。


「続けてもいいのか? ……特に仲がいいのはクラスメイトの白河と狩部って女子。あとは香月っていう男子とも仲良しだな」

「ん?」

「なんだよ。またなんかあんのか?」

「ああ、いや」


 今度はふたつほど気になった。


 ひとつは、唯依と亜矢が姉弟だってことを将太が知らないらしいということ。

 女生徒のこととなれば同じクラスの連中より詳しく調べてくる男だ。そんなこいつが知らないということは、おそらく一般的にも知られていないことなのだろう。


 まあ名字が違うし、自分から言わなければそうそうわかるもんでもない。

 俺に簡単に明かしたことから考えて特に隠しているわけじゃないと思うが、一応俺の口からは言わないでおこう。


 そして気になったことの、もうひとつ。


「なあ将太。その白河って子は?」


 その名字。

 彼らのアパートの表札に書かれていたのと同じだ。


「白河か? ええっと……」


 将太はページを1枚めくって、


白河しらかわ舞以まい。やっぱ1年3組の子だな。見た目はお嬢様系のロングヘアで、実際に結構な金持ちの家の娘らしい。性格はややマイペース。出身中学はこれも県外で、現在は弓道部所属。こっちも成績はそこそこ優秀」

「……ふぅん」


 今朝、彼らの家の中で見た4つの部屋が脳裏によみがえる。

 俺は続けて尋ねた。


「狩部ってのは?」

狩部かりべ真柚まゆ。これも3組で、ムードメーカー的な元気っ子だな。野球部のマネージャをやってて、これも成績優秀。出身中学はやっぱり県外」

「なるほどねぇ……」


 みな県外。

 つまりここの中等部から上がってきた連中ではないということだ。


「なんだ? どうした?」


 俺が考え込んでいるのを見て、将太はさすがに不審そうな顔をした。


「なんなら香月って男子のことも教えてやろうか?」

「ん? ああ、そいつはいいわ」

「なんだよ、変なやつだな。……もしかしてアレか? ついに同級生だけじゃ飽き足らず、下級生にまで目をつけはじめたのか?」

「人聞き悪ぃな。んなわけねーだろ」


 将太は疑いの目をして、


「ホントかぁ? お前あの球技大会以来、後輩の間で人気急上昇らしいじゃんか」

「……その話はやめてくれ」


 あのイラストを思い出すたび、変な悪寒が背筋を駆け上ってくる。

 だが、将太はそんな俺の内心に気づいた様子もなく、


「ま、いっか。うまくいったら俺にもひとりぐらい紹介してくれよなっ」


 と、親指を立ててみせる。

 明らかになにか勘違いしたままのようだったが、ムキになって否定するのもバカらしい。


「うまくいったらな」


 適当にあしらって自分の席に戻ることにした。


 そしてその日も授業は淡々と進み――

 6時間目まであっという間に過ぎ去って、帰りのホームルーム。


「あー……こないだ言ってた不審者の情報だがー……どうやら昨日捕まって――」


 担任の岩上先生が眠くなりそうな声で連絡事項を淡々としゃべっている。


 俺は窓の外に目を向けながら考えていた。


(……白河に狩部か)


 亜矢と仲がいいという女生徒ふたり。

 狩部のほうはともかく、白河のほうはアパートの表札と一致している。

 偶然にしちゃできすぎだ。


 となると、少なくとも白河のほうはあの部屋の住人ということで間違いないだろう。

 弓道部は早い時間に朝練があるから、俺が行ったときにはすでに登校した後だったということか。


(名字が違う3人、ねぇ)


 他人の家の事情に首を突っ込もうなんて悪趣味は持ち合わせていないが、さすがにちょっと気になる話ではあった。


(……っても、ウチだって名字3つあったっけ)


 そう考えてみると、俺と唯依は似たような境遇だったりするのかもしれない。

 もし狩部ってのもあの部屋に住んでいるのだとしたら、男ひとりに女3人ってのも同じだ。


 中身はだいぶ違っていそうだが――


 ホームルームが終わって教室が騒ぎ出す。

 今日は特に予定もないし、まっすぐに帰るつもりだった。


 が、しかし。


「不知火くーん」

「あぁ?」


 教室の入り口付近にいたクラスメイトの男子がこっちに手を上げている。


「1年の子が呼んでるよー」

「……1年?」


 やはり嫌な予感がした。

 というか、教室の外にすでにその少女の姿が見えている。


 亜矢だ。


「こんにちは、不知火先輩」

「なんの用だ?」


 背中に将太の視線が突き刺さってくるのを感じながら、俺は亜矢を連れて廊下に出た。


「なんの用って、決まってるじゃないですか。今朝モデルのお願いしましたよね? これから美術室に来てください」

「はぁ? いや、引き受けるなんて言ってねーぞ」


 俺がそう言うと、亜矢は足を止めてこちらを振り返る。


「引き受けてくれないんですか?」

「当たり前だろ。なんでそんな面倒っつーか、恥ずかしいことを――」

「引き受けてくれないと、また妄想で描いたものをばらまくことになっちゃいますけど……」

「おぃッ! お願いじゃなくて脅迫になってんじゃねーかッ!」

「いいえ」


 と、亜矢は笑みを浮かべる。


「先輩には選択肢があります。これはれっきとした交渉ですよ」

「選択の余地がないのは選択肢じゃねーよ!」

「まあまあ」


 いきどおる俺に、亜矢は人差し指を軽く振ってみせて、


「いいじゃないですか。私みたいな美少女に放課後誘われるなんて、一部のイケメンかハーレムアニメの主人公にだけ許される特権ですよ? まあ先輩はどちらでもないですけど」

「……」


 言いたいことを言って、誘導するように美術室へ足を向ける亜矢。

 その後ろ姿に、俺は言葉を返すことさえできぬまま。


(……しっかり者とか優等生ってどういう意味だったっけ)


 もしかすると、俺の心の辞書を改訂する必要があるのかもしれない。






 夕日が射し込んできている。

 グラウンドから聞こえてくる運動部の掛け声。


 ……今、何時だろうか。


 時計を見ようとすると、即座に、


「あ、動かないでくださいね。もう少しで下描き終わりますから」


 亜矢に制止された。

 筆を軽快に動かしながら、俺とキャンバスを交互ににらみつけている。


「……あのよぉ」

「はい?」


 会話はオッケーらしい。


「美術部、他に部員はいないのか?」

「3年生が4人いますよ。でも、あまり来ないですね」

「顧問は?」

「呼んだときだけ来ます。ふたりきりだからって変なことしようとしたら逮捕されますよ」

「するかッ」

「あ、動かないで!」

「っ……」


 ピタリと固まった。……我ながら人のいいことだ。


 独特の匂いが鼻をつく。


 あんなイラストを描く女だから、モデルといってもまた妙なマンガ絵を描くんじゃないかと思っていたが、意外にも油絵。しかも下描きの途中で少し見せてもらったが、今朝のイラストと同じ人間が描いたとは思えない忠実な人物画だった。


 それに――


「……」


 視線だけを動かしてこっそりと亜矢の顔を盗み見ると、キャンバスに向ける目は真剣そのものだ。


 オンオフの切り替えがうまい、とでも言えばいいのか。

 今の彼女なら、将太のメモ帳の内容にも少しだけうなずくことができる。


 やがて。


「……よし、っと」


 亜矢が満足そうな声を上げて筆を置いた。


「先輩。もう動いてもいいですよ」

「ふぅ……っ」


 大きく息を吐いて肩を落とす。

 椅子に座って軽くポーズをとっていただけだが妙に疲れた。


 時計を見ると、午後5時半を回っている。

 まもなく下校の最終アナウンスが流れる時間だ。


「お疲れさまです。なかなか優秀なモデルでしたよ」

「取ってつけたように言われても嬉しくねーよ」

「あら? 先輩はツンデレですか?」

「……お前の頭にゃ、ずいぶん優秀な翻訳機能が付いてるらしいな」

「最新型です。聞きたくない話をカットするフィルター機能もついてますよ」


 そう返しながら、亜矢は要領よくテキパキと器材を片づけていく。

 しゃべりながらでも動きに無駄がない。それだけで彼女の頭の回転の速さがうかがえた。


「……やれやれ」


 手伝おうにも勝手がわからなかったので、俺はなんとなく視線を外に向けた。

 この時間になって、運動部も徐々に引き上げ始めたようだ。


「お前、電車か?」

「はい。あ、送っていただかなくても結構ですよ」

「いや、言ってねーって」

「そうですか? 言ってくれるものとばかり。いえ、ひとりであれば送って欲しいところなんですが、今日は妹たちと待ち合わせてるんです」

「妹?」


 聞き返したところで、バタバタと廊下を走ってくる音がした。

 バン! と、美術室の扉が開く。


 そして、


「亜矢ちゃんの寂しそうな気配を感じて飛んできましたーッ!」


 入ってきたのは、頭の後ろに大きなお団子を結った女生徒だった。


「お疲れ、真柚。舞以はどうしたの?」

「えっ」


 ドアを開いた体勢のまま、女生徒は物足りなそうな顔をした。


「あ、あれ? 亜矢ちゃん、なんかリアクション薄くない?」


 背丈こそ亜矢とそれほど変わらないが、顔の造りはだいぶ幼く見える。

 真柚と呼んでいたから、彼女がおそらく将太の話にあった狩部真柚なのだろう。


「今日は別に寂しくないもの。っていうか、寂しいなんて言ったことないでしょ」

「えっ。だっていつも部活ひとりじゃ……」


 と、真柚の視線がようやく窓際にいた俺の姿をとらえる。


「えっ」


 大きな目をさらに大きく見開いて、キョロキョロと部屋の中を見回す真柚。

 やがて、その視線は俺のもとへ戻ってくる。


「あ、こ、こんにちは。えっと、あのー……亜矢ちゃんのお友だちですか?」


 意外と礼儀正しい子だった。


「友だちっつーか……」

「モデルを頼んだのよ。一応先輩だからうわべだけでも敬意を忘れずにね」

「……お前のセリフからは敬意の欠片も感じられないんだが?」

「そんなことないですヨー」

「棒読みじゃねーか!」

「なんかよくわかんないけど、先輩で亜矢ちゃんの友だちってことでオーケー?」


 真柚が困惑した顔をしている。


「あー……もうそれでいいや」


 なんだか疲れた。

 これ以上面倒くさい話をしたくない。


 と。


「……まあ」


 早々に退散しようかと思っていたところへ、もうひとり現れた。

 もはや嫌な予感しかしない。


「亜矢さん。その方」


 そう言いながら美術室に入ってきたのは、背丈はやはり亜矢や真柚と同じぐらい。

 ただ、見た目の雰囲気はどちらとも違っていて、どこか上品なお嬢様っぽい雰囲気だ。


 おそらくこれが白河舞以という女生徒なのだろう。

 亜矢や真柚に比べると、どこからどう見てもまともな女の子――


「どこの野良を拾ってきたのですか? 殿方のペットが欲しいなら私に言ってくだされば用意して差し上げましたのに」

「ありえねーだろ、その発想ッ!」


 だまされた。

 いや、だまされてなかったけど、だまされそうになった。


 亜矢が冷静に返す。


「ペットじゃないわ、舞以。この人は絵のモデルよ」

「モデルですか?」


 舞以はまじまじと俺の顔を見て、やがて納得したようにうなずいた。


「まあ。よく見るとこの学園の生徒さんですのね」

「よく見なくてもわかれよ……」


 今までなんだと思ってたんだ、こいつは。


「ところで亜矢さん。唯依さんは?」

「唯依なら今日は先に帰って晩ご飯の支度をしてるはずよ」


 亜矢と舞以のふたりは俺を放って夕食の話を始めてしまった。


 もうため息しか出ない。

 ここは黙って退散してしまおう。


 と。


「……あの」


 真柚が遠慮がちにそばまでやってきた。


「なんかごめんなさい。いろいろ巻き込んじゃったみたいで」

「……あー」


 いきなりここに飛び込んできたときはなにごとかと思ったが、蓋を開けてみるとどうやらこの真柚って子が一番まともそうである。


「私、狩部真柚。あなたは?」

「不知火優希。2年だ」

「優希先輩ね。なんだかよくわかんないけど、妹をよろしくお願いします」

「妹? ……なぁ、さっき亜矢も同じこと言ってたが」


 チラッと亜矢と舞以のふたりを見る。

 聞いていいものかと一瞬迷ったが、あっさり妹だと言うあたり、やはり隠しているわけでもないのだろう。


 俺は続ける。


「唯依も含めて4人、どういう関係だ?」


 真柚は予想通りためらうこともなく答えた。


「姉弟だよ。私が長女で、亜矢ちゃんが次女。舞以ちゃんが三女。唯依くんは末っ子長男」

「みんな同級生で?」

「あー、それはー……」


 真柚はちょっと言いにくそうに苦笑して、


「みんな母親が違うの。なんてゆーか、だらしのない父親だったみたいで。名字はみんな母方だから……」

「……腹違いってやつか」


 なるほど。

 それなら全員の名字が違うというのもうなずける。


「けど、だらしないってレベルじゃねーな、それ……」

「返す言葉もございません……」


 真柚がなぜか申し訳なさそうな顔をする。

 そこへ亜矢がやってきて、


「不知火先輩。今日は本当にありがとうございました。舞以の失礼な発言は許してやってください」

「それはいいが、お前のほうの発言は?」

「なにがですか?」


 ……こいつ。


 その後ろから舞以もやってくる。


「白河舞以と申します。以後お見知りおきくださいね、不知火さん」

「あぁ……」


 どうやら俺のことは亜矢から聞いたらしい。


「それと、白河家では忠実なペットを随時募集しております。その気になったらいつでも――」

「なんねーよ! ありえねーよ!」

「残念です」


 舞以はくすっと笑う。

 どこまで本気なのかさっぱりわからない。


「ほ、ほら、舞以ちゃん、亜矢ちゃん。そろそろ帰らないと先生に怒られるよ」

「そうね。……じゃあ不知火先輩」


 亜矢がペコリと頭を下げる。


「明日もよろしくお願いしますね」

「……明日?」

「はい。絵の完成には1週間ぐらいかかると思いますので」

「……」

「では、また」


 亜矢、舞以の順で教室を出て行く。

 最後に真柚が苦笑しつつも、俺に頭を下げて。


 どうやら俺はもうしばらく、あの奇妙な3姉妹に振り回されなければならないようだった。


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