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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 梅雨にとどろく雷鳴
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2年目6月「唯依と亜矢」

 俺が神村さんに協力を申し出てからから4ヶ月が過ぎようとしていた。

 その間、彼女からの協力要請があったのは、3月末にあった例の暴走妖魔の事件のときだけだ。


 つい先日、雪が町中で雷魔らしき女と遭遇した件を報告したときも『こちらで確認します』と言ったきり、なんの反応もない。

 結局のところ、彼女は俺が関わることを積極的に歓迎しているというわけではなさそうなのだ。


 ただ、本当に協力が欲しいときにはまたあのときのように連絡をくれることだろう。

 だから今はただ、そのときに備えるだけだ。


 と、まあ。

 そんなわけで俺は今日も、日が昇って早々家を出たのである。


 時間は午前5時半。

 遅くとも7時半には家に戻るとして、片道50分、休憩10分といったところか。


 家の前で軽くストレッチをしてから走り出す。

 毎日同じ風景というのも少々退屈になってきていたので、今日はいつも行っている神社方面とは逆方向、隣町のほうに足を向けてみた。


 ランニングは最初の5分ほどが一番苦しい。

 こんなんで最後まで走りきれるのかと毎朝不安になるのだが、そこを乗り切ると10分を過ぎたあたりから急に楽になってくる。


 その後の持久力についてはランニングを繰り返すごとに伸びていて、4ヶ月経った今では50分走り続けてもまだ余裕を感じるほどになっていた。


 線路沿いに走って約2駅分。

 片道を走り終えるころ、俺は隣町の一番大きな駅にまでたどり着いていた。


「ふぅ――っ」


 大きく息を吐き、駅前にある路線バスのベンチに腰を下ろす。

 首にかけたタオルで汗を拭い、背中をそらして見上げた空は朝もやの中だった。


(こりゃ今日も雨かな……)


 空の明るさからしてすぐに降り出すことはなさそうだが、午後には雨になりそうな気配だ。

 学校に行くときには忘れずに傘を持っていくとしよう。


 とりあえず水分補給でもしようかと、駅前の自販機へと向かう。


(……って、故障中)


 ふたつ並んだ自販機にはどちらも"故障中"の張り紙がしてあった。

 どちらもパネルが破損しているところを見ると、おそらく酔っ払いかなにかが壊してしまったのだろう。


 しかたなく駅前を離れ、自販機かコンビニを探すことにした。


 こんな早い時間にこの辺りを歩くのは久々だ。

 すでに始発が動いているので無人というわけではなかったが、たまに遊びに来る夕方の時間帯に比べると人はずっと少なく、店はまだどこも開いていない。


 自販機はなかなか見つからなかった。


(この先に確かコンビニがあったはずだが……)


 そうして辺りを見回して、ふと。


「……あれ? あいつ」


 道路脇のアパートから出てきた、大きなゴミ袋を抱えた少年を見て足を止める。


 見覚えのある顔だった。

 といっても、友だちとかではない。


 どこか優しげな、悪く言えば頼りなさそうな雰囲気を全身にまとったその少年は、両手で持っていた袋をアパート脇のゴミステーションに置いて息を吐き、振り返った。


「よぅ」

「……うわっ」


 目の前にいた俺の姿にまさに飛び上がりそうなほど驚いて、1歩、2歩と後ずさる。


「え、あ、あの」


 そいつは一瞬、見知らぬ人間を見るような目で俺を見たが、やがて。


「あれ? あなたは確か2年の……」


 思い出した顔をする。

 俺は言った。


「お前、木村の友だちだろ? 香月だっけ?」

「あ、はい、香月です。確かこないだの球技大会の……」

「不知火だ。不知火優希」

「あ、どうも、お久しぶりです」


 どうやら向こうも俺のことを覚えていたようだ。


 香月(かつき)唯依(ゆい)。

 風見学園高等部の1年で、こないだの球技大会で対戦した1年3組の一員だった後輩である。


「お前んち、ここなのか?」


 アパートを指差して尋ねると、唯依はうなずいて、


「はい、ここの最上階です。不知火先輩もこの辺なんですか?」

「いや、俺は隣町だ。学校から歩いて20分ぐらいんとこ」

「えっ。じゃあどうして」


 こんなところにいるのか、と、そう続けようとしたようだが、すぐに俺の格好に気付いたらしく、


「もしかしてジョギングですか? 10キロ以上ありますよね?」

「ちょうど10キロぐらいじゃねーかな」


 軽く走って50分ならそんなもんだろう。


「走るの好きなんですか?」

「んなわけねーだろ」

「えっ」

「まあアレだ。有り余る若さの発散ってやつだ」


 適当に返すと、唯依は困惑した顔で言葉に詰まってしまった。


 こうしてまともに会話をするのはもちろん初めてだが、アドリブに弱そうなタイプだ。

 木村と違い、口の達者なほうではないのだろう。


 ひとまず俺は会話を切り上げることにした。


「ところでこの辺、どっかに自販機ないか? 駅前の自販機、故障しちまってるみたいでな」

「あ、ええ。それなら――」


 と。


「……唯依ー」


 唯依が通りの向こうを指差そうとしたところで、アパートから人が出てきた。


「袋ひとつ忘れてるわよ。燃やせないゴミは月2回しかないんだから気をつけ――あら?」


 出てきたのは俺たちと同い年ぐらいの少女だった。

 唯依よりは年長に見える。


「あっ。ごめん亜矢。忘れてた」

「いいわ」


 少女は俺たちの横を素通りし、ゴミステーションに袋を置いてすぐに戻ってくる。

 そして俺に向かって小さく頭を下げた。


「おはようございます。先輩」

「先輩?」


 風見学園の1年だろうか。俺には見覚えがない。


「どこかで会ったことあるか?」

「初対面だけど知ってます。唯依の試合見てましたから。最後のダンクシュートもインパクトありましたしね」

「あー」


 ってことは唯依のクラスメイトかなにかだろうか。

 と、思ったら、


「あ、えっと先輩。彼女、僕の姉です」

「姉?」


 俺たちのように双子ってことだろうか。

 しかし、俺はそこに続いた少女の言葉にさらに混乱することになった。


「じゃあ改めて。はじめまして先輩。唯依の姉で、一ノ瀬(いちのせ)亜矢(あや)といいます」

「は?」


 名字が――


「自販機探しているんですよね? それならせっかくですし上がっていきませんか? 麦茶ぐらい出しますよ。……あ、親はいませんので遠慮する必要ないですから」


 少女――亜矢は俺の困惑を見通していたのか、あるいは天然なのか。

 マイペースにそう提案してきたのであった。






 こんな平日の早朝に後輩、しかもほとんど面識のない相手の家に上がりこむってのは、なかなかに貴重なシチュエーションだった。


「どうぞ」


 唯依が持ってきた麦茶を軽く礼を言って受け取り、失礼にならない程度に家の中を見回す。


 アパートにしてはかなり広く、リビングの他に部屋が4つ。4LDKというやつだ。

 ただ、先ほど亜矢が言ったようにそのいずれにも人の気配はない。


 親は共働きでもう出て行ったのか。

 あるいは子供を残して旅行や出張に出ているのだろうか。


(……にしても妙な家だな)


 妙といえば、もうひとつ。


 香月に一ノ瀬。

 彼ら姉弟の名字が違う理由もまだ聞いていないのだが、部屋の前に掛けられた表札はそのどちらでもない"白河(しらかわ)"という名字だった。


 正直、意味不明だ。


「なんか……無理に上がってもらってすみません」


 と、唯依は申し訳なさそうな顔をしながら俺の正面に座った。


「いや。120円浮いて助かった」


 もらった麦茶を一気に飲み干して息を吐く。

 時間を見ると6時半を少し回っていた。学校があるしあまり長居はできない。


「唯依。制服に着替えてきたら?」


 4つの扉のうちのひとつが開いて、そこから風見学園高等部の制服に身を包んだ亜矢が姿を見せた。


「あ、うん。……じゃあ不知火先輩」

「おぅ」


 というか、喉も潤ったことだし俺もそろそろ退散すべきだろう。

 そう思って腰を上げようとすると、


「あ、麦茶、お代わり出しますよ」


 亜矢がすかさずそう言った。


「いや。俺はそろそろ……」

「まあまあ、そう言わずに。ゆっくりしていってください」


 亜矢は丁寧に、しかし有無を言わさぬ口調で空になったコップを持って台所へ向かう。


「ゆっくりったって……」


 時計を見る。

 ……まあ、あと10分ぐらいなら大丈夫か。


 仕方なく、俺は上げかけた腰をじゅうたんの上に下ろした。


 亜矢はすぐに戻ってくる。


「ところで先輩、知ってます?」

「ん?」


 唐突に切り出されて彼女を見ると、


「先輩、あのバスケの試合以来ウチのクラスでは有名人ですよ。みんな目をキラキラさせながら先輩の話をしてます」

「えっ? マジか?」

「本当です」


 なんと。

 知らないところでいつの間にかそんなにも人気者になっていたとは。


 だとすると、俺の下駄箱にラブレターが殺到する日も近いかもしれない。


 ……なんて。

 ちょっと浮かれていた俺に、亜矢は意味ありげな笑みを浮かべた。


「まあ、キラキラさせてるのはみんな男子ですけど」

「……は? 男子?」

「女子もごく一部はキャーキャー言ってるみたいですよ。主にボーイズラブ的な意味で」

「おいぃ! なんだそりゃ! どうしてそうなった!?」

「あ、少し待ってください」


 と、亜矢は脇に置いてあった学生カバンから1枚の紙を取り出す。


「これのせいです」

「なんだ、これ?」


 A3サイズの紙には1枚のイラストが描かれている。

 鉛筆画をコピーしたものだろうか。必要以上にキラキラした、上半身裸で耽美な雰囲気の男がダンクシュートを決めている構図だ。


 正直、男である俺の目から見ると少々、いや、かなり気持ち悪い。


 亜矢はカバンを閉じながら、


「それ、球技大会のときの先輩です」

「名誉毀損だろッ!」


 イラストをテーブルに叩きつける。

 少し皺ができてイラストの中の"俺"が気色悪い笑顔になった。


「つか、髪型ぐらいしか共通点ねーよ、これ!」

「ど、どうしたんですか?」


 俺の悲鳴を聞きつけたのか、着替え途中の唯依が慌てて部屋から出てくる。


「あ、そのイラストは……」


 と、唯依もテーブルの上のイラストに視線を止めた。

 亜矢が続ける。


「この絵のおかげで、実物見たことないのに先輩の大ファンって子も結構います」

「ちっとも嬉しくねぇッ!」

「気持ちはわかりますけど、仕方ないですよ」


 亜矢は苦笑しながら、イラストをクルクル丸めてゴミ箱に入れた。


「だって、直接先輩を見ながら描いたわけではないですし。別人になるのはむしろ当然です」

「そりゃな……」


 モデルになった記憶もない。


「というわけで、先輩にお願いがあります」

「お願い?」


 そんな亜矢の言葉に聞き返す。


 ……この流れ。

 妙に嫌な予感がした。


「私、美術部なんです」

「だから?」


 聞き返した俺に、亜矢はまったく悪びれもせずに答えた。


「次は実際にモデルになってください。想像や記憶だけだとどうしてもマンガみたいな絵になってしまって」

「……描いたのお前かぁぁぁッ!!」

「せ、先輩! すみません、亜矢が失礼なことを――!」


 大人しくて生真面目そうな弟と、ちょっとおかしな姉。

 俺はまた、奇妙な連中と知り合いになってしまったようだ。


 ……が。


 実を言うと、この6月の新しい出会いはこれだけでは終わらなかったのである。


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