01
「だから危ないって、なんで車がきているタイミングで敢えて飛び出すんだよ」
「にゃ~」
「絶対に分かっていないだろ」
車からしたら猫と一緒に人間も飛び出してくるんだから怖いだろう、そのまま轢いたら自分のせいになるってのも微妙だよな。
だというのに近所に住むこの猫ときたら……俺が近づいたタイミングでやるもんだからわざとやっているようにすら見えてくる。
「お前それを続けたらいつか死ぬからな? 死にたくなかったらやめておけよ」
「にゃ」
さ、猫と戯れていないで学校にいくか。
家からそう遠くないところに俺の通う高校は存在していた。
まあ、そうだからこそ志望したというわけで、それ以外の理由なんてなにもないんだ。
別に学びたいこととかないからな、卒業したらちゃんとした会社で働いて死ぬまで頑張るだけだ。
「おっと?」
学校について教室にいこうとしたところで変な塊とぶつかりそうになった。
「あ、ごめん」
おいおい、こんなに山盛りのプリントを運ぶイベントとか現実の世界にもあるのか。
身長が低いのもあってこれじゃ前が見えないだろ。
「半分持つわ、職員室まで運ぶんだよな?」
「え、ありがとう。うん、そうなんだよ」
いいな、朝からいい気分になった。
俺的には体を動かしていられる時間の方が好きだからどんどん頼んでもらいたいところだ。
逆に勉強は駄目、課題なんかと向かい合っていると頭を掻きむしって発狂したくなる――は言いすぎとしてもなるべく避けられた方がいい。
どうやっても学生である内は避けられないんだがな。
「まとめて運ぼうとしたのが失敗だったんだ、助かったよ」
「一気に終わらせたい気持ちも分かるから気にしなくていい」
さて、今度こそ教室に……っと?
「あーそこの女子、なんか俺に用があるのか?」
なんか柱の陰から顔だけ出してこちらのことを睨んできているように見えたから仕方がなかった。
「ポイント稼ぎ男」
「え」
え、走っていってしまったぞ。
ポイント稼ぎ? あ、誰かのために動いている人間はみんなそうだと言いたいのか?
まあ、別にそれならそれでいいが……。
「おはよーさん」
「お、よう」
鞄を机に置いたところで友達の辰巳龍生が話しかけてきた。
いつもギリギリに登校してくるのに珍しいこともあったもんだ。
「どうした?」
「なにが?」
「なんか蓮介らしくない顔をしていたからな」
大賀蓮介、それが俺の名前だ。
昔から一緒にいるからかこういうことが多い。
顔に出してしまうのはまだ成長できていない証拠だと思うからそれで益々微妙な気持ちになった。
「なんか急に『ポイント稼ぎ男』って言われてな」
「はははっ、蓮介の場合はそういうのじゃないだろ」
「困っていそうだから手伝ってだけなんだ」
「だろうな。ま、みんながみんなよく見てくれるわけじゃない、気にするなよ」
確かに、どうせもう会わないだろうからな。
それより今日の体育のサッカーをどう乗り越えるかか。
というのも、せっかく高身長に生まれたのに運動神経が残念過ぎるんだ。
だから身長だけで判断して近づいて来た人はみんなそれでガッカリする。
俺だって同じさ、こんなに大きくたってそれを上手く活かせなければ不便なだけだ。
「おい元サッカー部、今日の体育の時間俺は……」
「ボールを持っている奴の前に立っていてやればそれだけで圧になるさ」
いやだって体育の時間のサッカーだってそれぞれポジションがあるわけで、それにスタミナも高いわけじゃないから追い続けていたらあっという間にひっくり返ることになる。
五体満足健康でいられていることは本当にいいことでありがたいことだが、もう少しぐらいはなにかがあってもらいたかった。
どうにかなることじゃないとしてもイケメンに生まれなくてよかったよ。
そうでもなければ残念イケメンとか言われて酷い人生に……。
「あ、友達だ」
「いってこいよ」
「おう」
ま、その時間がきたらその時間の俺がなんとかする。
窓際なのをいいことに窓の向こうに意識を向けて時間をつぶした。
体育が終われば後は座っている時間ばかり、やっていればなんとかなるサッカーと違ってそっちの方がアレか。
俺が欲望に正直すぎる奴じゃなくてよかった。
「よっしゃ、いくぞ」
「へーい」
みんなは嫌うだろうが持久走とかの方がいいな。
スタミナはなくても自分だけで完結するのがいい。
「ほらよ」
「止めるぐらいは――あ、あれ?」
「おいおい、流石にそれは不味いだろ」
あ、やばい、これはスイッチが入ってしまっている。
小中と続けてきたサッカーをなんで高校に入って辞めてしまったのかは分からないものの、ガチでやっていただけに中途半端なのは好かないんだ。
だがな、ポンコツに圧をかければかけるほどミスするのはどんなことでも共通のことで……。
「それぐらい取れよ!」
「そこで止まるなよ!」
「走れ走れ!」
これ、一応友達なんです。
「はぁ……はぁ……もうサッカー嫌い……」
体を動かしたい俺が初めてもうやめて見ていたいとなったスポーツだ。
好きな人達だけでやっていてもらいたかった。
俺が気まずいから体育があった日は龍生とはいないようにしている。
「美味しいなあ」
いや、昼ご飯ぐらいは一人で食べたいというのも大きくあった。
「俺、段々と上手くなっているよな」
両親どちらともそれなりに忙しい人達だからなるべく家事をするようになったことが影響していた。
いまじゃ「作ってくれよ」と頼まれるぐらいのレベルだ、もちろんこれもどんどん任せてもらいたいところだった。
「独り言とか……気持ちが悪い」
「お」
いたのか。
あとこの女子、どうやら後輩の子みたいだ。
「あの人は?」
「龍生のことか? 龍生ならいまは男友達と盛り上がっているだろうな」
「使えない、どうせなら一緒に出てよ」
「前々から友達だが俺らは一緒に食べないからな」
まあでも、年頃の妹がいたらこんな感じだろうから? ある意味で新鮮ではあった。
「それより昼ご飯を食べなくていいのか? ……お? ちょちょ?」
「どいて、そこで食べたい気分なの」
「おう、それはいいが」
髪、伸ばしているんだな。
ただ、まさかいつもこんな感じじゃないよな? もしこのままいるようなら周りの人間は……。
「きみも弁当持参派か」
「食堂通いしたかったのに許可してくれないからだよ」
「別に弁当派でも食堂で食べていいんだぞ?」
「嫌だよ、それなら食堂でなにか注文して食べろって言われるでしょ」
大丈夫だ、みんなはそんなに興味を持ってくれない、悪い意味でやらかさなければそうだ。
「前にいったことはあるがそんなことはなかったがなあ」
「それはあれだよ、あなたが怖くて言えなかっただけだよ」
あ、そうそう、身長が無駄に大きいとそれだけで怖がられたりするもんだ。
「よく分かるな」
「だって顔が怖いし」
「え、マジ……?」
「うわあ、自覚できていないとか不味いでしょ」
上から見られているというだけでマイナス方向のそれに見えてしまうのかもしれない。
そう考えると俺のこれはとことん悪い方にしか働いていないことになる。
「名字だけでも教えてくれないか? 龍生に話すときに必要だからさ」
「嫌だ」
「じゃあまあ、龍生にはちゃんと言っておくから安心してくれ」
「まーたポイント稼ぎしようとしているよ……」
いや頼みたいんじゃなかったのかーい。
はは、それでも話しておいてやるか。
こういう子は嫌いじゃないしな。
寧ろ後輩だからと敬語を使われ、必要以上にビクビクされるよりも遥かにいい。
「俺は大賀蓮介だ」
「聞いていないんだけど」
「はは、もう戻るよ」
「勝手にすれば?」
あの子の方が俺よりもサッカー上手そうだなあ。
いやマジでなんでこうなのか。
「お。俺に怒られたからって逃げなくてもいいだろ?」
「ああいや、一人で食べたくなるというだけだよ。で、なんだが」
「ん?」
どこの誰子さんなのかも分からないし、これだけ言われても困るかもしれないが一度決めたことはなるべく守りたいから仕方がない。
「へえ、一年生の女の子が俺に、ねえ。でも、それだけじゃどうしようもないだろ」
「だな」
「よし、放課後になったら探すか」
「手伝うわ」
「頼むぜ」
よしよし、これで上手くいくはずだ。
で、露骨に違うところを見せてほしい。
普通にやれるところを見せてくれれば俺はそれだけで満足だ。
そういうのもあって放課後まで珍しくいい気分だった。
「どこだ……?」
「このクラスにはいないみたいだな、隣にいこう」
朝と昼みたいに向こうも変な行動をしていたら無駄に終わるがな。
「あ。あの子だ」
「おいおい、まるで教室での蓮介かと思ったぞ」
「違うだろ」
分かる分かる、窓際だとそうしたくなる。
周りの子には悪いが気にせずに近づくと、バンッと勢いよく両手を机について立ち上がった。
「な、なんで……」
「ああほら、龍生を連れてきたぞ」
うん、確かに大して知らない年上が教室に乗り込んできたら怖いわ。
中学生のときは三年生の先輩が……うぅ、あのときのことを思い出してしまった。
「俺は辰巳龍生、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
教室から出る前に「じゃあね」と友達的な存在と挨拶できていたぐらいだから孤立しているわけじゃなさそうだ。
よかったよかった、入学して早々に一人だったら寂しいからな。
「それで俺に興味があるとかなんとか」
「そ、それはこの人が勝手に言っているだけです!」
「だそうだけど?」
いいな、露骨なところを見せてくれている!
「まあまあ、人に興味を持てるのはいいことだろ? だから真っすぐに出していこうぜ」
「あ、あなたは黙ってて」
難しい。
とはいえ、二回ぐらい彼女がいた彼の方が異性相手に上手くやれるだろうから黙っていた方がいいのは確かだ。
「なるほど、俺を探していたらたまたま蓮介を見つけて話しかけたということか」
「は、はい」
いいぞ。
「俺ならほとんど教室にいる、興味があるなら来てくれればいい」
「そ、そうですか」
「でも、せめて名字ぐらいは知りたいかな」
「あっ、そ、それなら二人きりのところで……」
「ははは、分かったよ」
待っていろとも帰れとも言われていないから待つことを選んで大体二分ぐらいが経過した頃、二人は会話をしながら戻ってきた。
「どうしても教えたら駄目なのか?」
「すみません」
「いやいいよ。ははは、蓮介残念だったな」
残念なんてことはない
「あの、どこかに寄っていきたいです」
「分かった」
あれが恋する乙女の顔というやつか。
なんかみんなすごいよな、なんでもとまではいかなくても上手くやれる、頑張れる。
その点俺は結構言い訳をして逃げようとしてしまうことが多いから羨ましい。
「じゃ、またな」
「おう」
近所の猫でも探すか。
あの猫も実はあの子みたいにツンツンしていたらどうなるのか。
「にゃ」
「あ、いたのか」
いや、ツンツン子だったらこんな側でじっとしていたりはしないか。
俺が格好いい男猫を知っているわけでもないし、近づいても意味がない。
「お前、死んでくれるなよ」
「にゃ~」
「それでいい」
猫語が分からなくてよかったのか悪かったのか。
いつも結構無遠慮に触ってしまっているから少し気になった。
「ただいま」
「おかえり蓮」
「あれ、今日は早いな父さん」
いつもなら十九時ぐらいに帰ってくるところなのに。
「母さんももう家にいるんだよ」
「ま、まさか二人してクビに――」
「おいおい、そんな怖いことを言わないでよ。休めって言われたんだ、だから僕も母さんも渋々帰るしかなかったんだ」
「はは、仕事が好きすぎる人達だな」
二人はちゃんと運動もできるのに息子には引き継がれていなかった。
しかも、両親二人とも俺みたいに高身長というわけじゃない、これは……。
「まあね。僕らが好きにやっているだけで蓮が困らなくなるんだからいいことでしょ?」
「でも、休むことは大事だ」
「はは、それも本当のところなんだけどね」
ご飯作りは父がやってくれていたみたいだから部屋でゆっくりすることにした。
課題はいつだってあるからやるしかない。
まあでも、流石に大袈裟に言いすぎたかと反省している。
そりゃどちらかと言えば体を動かしていられる方が好きだがな。
「さっさと――ここでなにをしているんだ?」
「ん? あ、蓮ちゃんおかえり」
母は昔からこういうところがあった。
こうする理由は知っている、異性関連の物がないかチェックしているんだ。
だが残念、そういうことに関しては期待に応えてやれない。
サッカーのとき以外は普通に優しい龍生といられているだけで満足してほしかった。
「ねえ」
「ん?」
「複数人の男の人がいて近づきづらいんだけど」
「協力していいのか?」
「なにその発言……」
いいのか、それなら突撃しよう。
男子とばかりいるといってもみんな柔らかく相手をしてくれるから大丈夫だ。
「龍生」
「これは珍しい――そういうことか。ちょっといってくるわ」
「うーい」
「いってこい」
廊下に戻ると何故か壁に張り付いてしまっていたが彼が来たらすぐに直していた。
「そういえば最初のときも蓮介が連れてくることでなんとかなっていたもんな、これは悪かったな」
「い、いえ、いきなりすみません」
「気にしなくていい、俺もまた話したいと思っていたところだったからな」
んー結構早いタイミングで戻ってくることになってしまったから流石にこのまま戻ると暇だ、少し歩いてくるか。
とはいえ、一年生だったときに端から端まで何回も探索を繰り返したから目新しいことはなにもない。
「か、返してください」
「やだよ、返してほしいなら自分で取り返してみろよ」
えぇ、女子相手にそういうことをする男子とか小学生のときぶりだぞ……。
こういうのってまだあるのか、あとハンカチを取ってどうしたいのか。
ただ構ってもらいたいだけだとしても逆効果としか思えない、一度冷静になった方がいいのに。
「あ、君の足元に物を落としてしまった」
棒読みすぎるだろ……と自分のクソ演技に引きつつも持ち上げさせてもらった。
「うわっ、なんだよ!?」
「あ」
そうしたら偶然そこにカサカサ君が飛び出してきて固まってしまう。
俺はカサカサ君が苦手だ、だというのにあの近所の猫は一度俺の前まで持ってきたことがあった。
しかもそれでいて満足気な顔をしていたもんだからあのときもやばかったね。
「お、下ろせよ!」
「お、おお、おう、い、いま下ろすよ」
さっと、そっと――下ろそうとしたらカサカサ君が驚いてこっちに走ってきた。
「うわあ!? ――あ、そのハンカチを貸してくれ!」
「え? あ、ほら」
「ありがとなっ、というわけでこれを受け取ってくれ!」
「あ、ありがとうございます……?」
流石にあの子だってこの場面を見たらポイント稼ぎとは言えないだろうな。
いやもう全力で逃げたね、流石に歩幅が違いすぎてすぐにカサ――変なのは見えなくなった。
「はぁ……はぁ……まあそりゃ学校にもいるよなあ!」
掃除されていないところはどんどん汚れが溜まっていくだろうから仕方がないか。
暗いところも多いし、実は百匹以上いる可能性も……。
「ねえ、気持ちが悪いからさっきみたいなのはやめた方がいいよ」
「……ま、まさか見ていたとか?」
「ああいうの格好いいと思っているの? 女の子からすれば怖いだけなんだからね」
大きな奴が突然大きな声を出して全力で逃げていく。
これが仮に女子だったとしても謎すぎて怖いだろう。
「あとあの二人は幼馴染だから余計なことをしたね」
「え、あ、マジか……」
「はあ……よく考えないで動くからそういうことになるんだよ」
え、じゃあ幼馴染同士の緩いやり取りだったと……?
勘違いしたうえに気持ちが悪いところを見せて走り去る二年生の大男とか最悪だ……。
「もう学校にいけない……」
「自業自得でしょ」
それ。
大人しくしておこうと決めたのだった。




