第18話 閑話2 美月との休日
3月17日(土)
今日は朝から美月と一緒にショッピングモールを巡りながら、不動産屋をいくつか回った。美月は実家の家督を継ぐため、そこから出る予定はない。それでも、僕と気兼ねなく逢える場所――いわゆる『秘密の部屋』が欲しいらしい。
美月の性癖が……アレなので仕方ないか。
「ほら、天馬。これ見てみて」
美月は不動産屋で手に取った物件情報を僕に差し出し、少し悪戯っぽい笑みを浮かべている。視線を追うと、そこには「駅近・高層階・プライバシー確保バッチリ」と書かれた高級マンションの物件情報が載っていた。
「これって、結構高くない?」
「まぁね。でも大丈夫。お金なら心配いらないわよ」
美月の余裕たっぷりの言葉に、僕は思わず肩をすくめる。彼女がこれだけの贅沢を躊躇しないのは、やはり沖家の財力と、彼女自身のキャリアウーマンとしての経済力があるからだろう。
目ぼしい物件を一つ選び、不動産営業ウーマンの加瀬さん(20代くらい。笑顔が印象的で、胸部装甲がとても立派だ)とともに内見に向かった。
ところが、到着したマンションを見て、僕も美月も驚いた。なんと、それは僕の自宅マンションの隣に建つタワーマンションだったのだ。
「こちらになりますが、10階と3階の二部屋が空いております。当マンションには専用のコンシェルジュが常時待機しておりまして、入居者がより快適に過ごせるよう生活面をサポートしております。また、セキュリティーも万全ですので、奥様もご安心いただけるかと存じます」
加瀬さんは営業トークをしながら、なぜか僕にちらちらと色目を使う。いや、見せつけられるその胸部装甲には、困惑せざるを得ない……。
そんな様子を美月がじっと観察していた。彼女の目がキラリと光るのを見て、僕は妙な予感がしたが、とりあえず内見を進めることに。
するとコンシェルジュが僕の護衛二人に軽く会釈し、護衛もそれに応える。隣りという事もあって、こちらのコンシェルジュとは顔見知りなのだそうだ。
加瀬さんは護衛とコンシェルジュの女性を交互に見て驚くが、特に何も聞かれることはなかった。
10階と3階の部屋を見て回ったが、どちらも4LDKで広々としており、自宅に比べて部屋数こそ少ないものの、設備や環境は申し分なかった。
しかし、自宅の隣に別宅というのはどうなのだろうか? この世界では同居できるのは第二夫人までと法律で定められている。隣に住むことについては問題ないのか? その点が気になり、美月に相談してみた。
「美月、自宅の隣って、法律的に大丈夫かな? 北川さんに聞いてみるよ」
「そうね、念のため聞いておきましょう」
美月が営業の加瀬さんに「ちょっと夫が電話をしたいので」と声をかけると、加瀬さんは少しキョトンとしながらも頷いてくれた。
僕はスマホを取り出し、北川さんに連絡を入れる。要件を伝えると、彼女は即座に答えを返してくれた。
『同居は第二夫人までというルールは変わりませんが、隣に住むことに問題はありません。ただし、天馬さんは稀人ですので、安全面から3階までにしていただき、護衛の詰め所を設けることが条件となります』
僕がその旨を美月に伝えると、満足げに頷いた。電話を切る際、北川さんの声が少し弾んでいたのは気のせいだろうか?
内見を終えて店舗に戻ると、美月は早速、購入の手続きを始めた。なんと、一括払いでの購入だ。驚きの早業に僕が言葉を失っている間に、美月は銀行の残高証明のスマホ画面を営業の加瀬さんに見せる。
「こちらで問題ないわよね?」
美月の言葉に加瀬さんはスマホ画面を確認した瞬間、一瞬固まった。目を見開き、次に目が画面と美月を行き来する。その表情は「これ、冗談じゃないよね?」と言いたげだった。
「え、ええ、もちろんです! すぐに契約の手続きを進めさせていただきます!」
慌てて立ち上がる加瀬さんを見送りながら、美月はとても満足げな表情を浮かべた。その顔には、自分の選択に対する確信と、少しばかりの優越感が滲んでいる。
いったい……いくら入っていたのであろうか?知らない方が良いのかもしれない。
「美月、すごいな! もうちょっと慎重にするかと思ってたよ」
僕が驚きと共に少し呆れたように言うと、美月は肩をすくめて微笑んだ。
「天馬、物事は勢いが大事なのよ。それに、ここは完璧だと思わない? 駅近だし、あなたの家の隣りだし。迷う理由なんてどこにもないわ」
確かに理屈は分かるけれど、美月の潔い決断力には圧倒されるばかりだった。
~~~~~~~~
契約を無事に終えた僕たちは、再びモール内をぶらぶらと歩くことにした。夕方の柔らかい日差しが、ガラス越しに店内を照らしている。
「さてと、部屋が決まったことだし、次は何をしようかしら?」
美月は嬉しそうに僕の肩を引き寄せながら言った。その姿は、勝ち誇った女王のように見えるが、おっとりとした面顔には愛嬌があり憎めない。
「天馬、少し寄り道してもいい?」
「もちろん。どこに行きたいの?」
美月が足を止めて目を留めたのは、高級アパレルショップだった。
「……えっと、ここに入るの?」
「そうよ。だって、あなたのために可愛いのを選びたいもの」
美月は迷うことなく店内に入り、そのままランジェリーコーナーへと向かった。僕は周囲の視線を気にしながら彼女についていくが、横目で不適な笑みを浮かべる美月に、確かな自信と意図的なからかいの気配を感じた。ちょっとドSモードに入ったらしい。
案の定、店員たちの視線が僕に集まり、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべていた。
「天馬、どれがいいと思う?」
美月が手際よく選んだランジェリーを差し出しながら聞いてくる。
「え、僕が選ぶの?」
「当然よ。あなたが似合うと思うものを選びなさい」
完全にドSモードに入った美月に促され、恥ずかしさを押し殺しつつ、僕は布面積が少ない黒と紫の二つを指差した。
「これとこれ……かな? あと、同じ色のガーターと網タイツも合わせたら良いと思うよ」
数秒ほど店員と美月がフリーズした。次に再起動した美月が不敵な笑みを浮かべる。
「さすが私の奥さまね。見る目があるわ、私の好みと一致してる」
美月の満足そうな顔に、店員が羨望の眼差しを送りながら微笑む。
「素敵な奥様ですね。本当に羨ましいです」
なんとも言えない居心地の悪さを感じつつも、少しだけ誇らしい気持ちになる自分がいた。
次にバンドールショーツコーナー(ふんどしコーナー)へと移動し、美月は所謂「越中ふんどし」を何点か手に取り僕に見せる。
「天馬、どれが良い?選んでくれる?」
僕はどれも選ばず、赤い六尺褌を手に取り美月に見せる。やっぱり男は六尺褌でしょう!
「これがいいかな。 試着してもいい?」
美月と店員は数十秒程フリーズした。再起動した美月が何か小言で呟く。
「(わっ、わたしが履く……んだけど……)」
小声だったので、いまいち聞き取れなかった。その場にいた美月と店員が固まる中、僕はすぐさま試着室に入り、手慣れた様子で六尺褌を締めた。
元の世界線で幼い頃から神輿担ぎをしていたので、六尺褌を締め込むことが出来るのだ。
試着室のドアを開け、シャツを少し持ち上げて披露すると、二人は顔を真っ赤にしてその場に崩れ落ちた。
美月のドSモードに対する、僕なりのカウンターが成功した瞬間だった。
結局、美月は僕と同じ色の六尺褌も購入した。
買い物を終えた僕たちは、モール内のカフェで一息つくことにした。窓際の席に腰を下ろし、美月は紅茶を、僕はコーヒーを注文する。
「ほんと、天馬には叶わないわ~、あなたって最高~ね」
「ありがとう、美月も最高の女性だよ」
蕩けたような表情を浮かべた美月が、そっと僕の手を握る。
「今日は楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ。でも、今日の美月には驚かされっぱなしだったな」
美月は僕を真っすぐ見つめる。
「その……私のドSモードがキツかったら遠慮なく言ってね」
その言葉に小さく笑いながら、僕は美月とのこの特別な時間が、自分にとってもかけがえのないものだと改めて実感していた。
コーヒーの香りが心地よく漂う中、二人の時間は穏やかに流れていく。美月が次にどんな「引っ張り回し」を考えているのかはわからないが、僕はそれをどこか楽しみにしている自分がいるのを感じていた。
美月宅に帰宅してからは、購入した下着(僕は褌)を互いに見せ合いながら、その日の夜はドSモードと化した美月に襲われたのである。
因みに……六尺褌の締め方を美月にレクチャーもした。
◆◆◆◆
—— 翌日、18日(日) ——
美月のために朝昼夕の作り置きを済ませ、10時過ぎに自宅へと戻ることにした。玄関にて全裸姿で見送る美月は少し寂しそうな表情を浮かべていたが、各妻宅を順に回らなければならない事情がある以上、こればかりは仕方がない。
自宅に着くと、奈月と朱里が花が咲いたような笑顔で出迎えてくれた。部屋に入ると、前回のような「汚部屋」状態はすっかり影を潜め、きれいに片付けられていた。
「おかえりなさい!」
奈月は満面の笑みを浮かべながら、どこか言いたいことを我慢しているようだった。その様子を見て、僕も何か特別な報告があるのだと感じる。
「天馬、明日病院で診察する予定なの。でも、まだ確定ではないんだけど、報告したいことがあるの!」
「何かな?」
少し怪訝な顔をしながら聞くと、奈月が頬を赤らめ、少し照れくさそうに口を開いた。
「朱里にはもう話してあるんだけど、昨日、妊娠検査薬を使ってみたの。そしたら……陽性だったの!」
奈月の声には喜びが溢れていて、その表情からも嬉しさが伝わってくる。
「えっ! 妊娠!」
思わず僕は奈月に抱きついた。
「奈月! よくやった!」
朱里も拍手をしながら祝福してくれる。
「なっちゃん、おめでとう!!」
「ありがとう!」
奈月は満面の笑みで応える。
奈月と抱き合ったままの僕を見て、朱里が少し悪戯っぽく微笑みながら言った。
「ダーリン、私のときもこれくらい喜んでくれるの?」
「もちろんだよ! 朱里だって、いつかきっと素敵な報告をしてくれると思ってる」
そう返すと、朱里は少し頬を赤らめながら微笑んだ。その場の空気がほっとするほど温かいものに包まれる。
奈月がふと、改まったように口を開いた。
「でも、明日の診察でちゃんと確認しないとまだ安心できないから……」
「そうだね。でも、絶対大丈夫だよ」
奈月は頷きながら、手をぎゅっと握り返してきた。
その日の夜、僕たちは少し特別な食卓を囲んだ。僕が腕を振るって料理を作り、三人で賑やかに食事が進む。幸せな時間が流れる中、僕は心の中で、家族がこれからさらに大きくなる予感に胸を膨らませていた。
「第2章 コーチ就任編」は、終了となります。
次回より「第3章 レース編 1」です。
多くの方に応援して頂き、ありがとうございます。
今後ともお付き合いのほど、よろしくお願い致します。
よろしければ、感想などコメントを頂けますと励みになります。




