24 ぎりぎりの所で
「前提を半分はひっくり返すって……どういう意味ですか」
サミュアが言うのももっともな事であり、この状況自体が、かなりひっくり返った状態なののである。
それをさらに超えるひっくり返り方とは一体。
だが、にやりと悪戯を思いついて、それを披露する少年のような、サミュアにとって見知った表情の取り方をするスピカは、その顔でちらりとペトレリエを見た後に、出入り口では亡く、庭園に続く窓際の入り口の方をみやると、こう言ったのだ。
「どうぞ、入ってきてくれ。きっとお嬢さんは驚いて泣くぞ」
その声の後に入ってきた人間を見て、サミュアは心臓が止まるかと思うほど、驚いたのだ。
「サミー!! サマンサちゃん!? どうして、死んだって、え、ええっ!!」
そうなのだ。そこからやってきたのは、お化けではなさそうな、顔色のいい少女であって、その少女をサミュアが見間違えるわけがなかった。
現れたのは、衰弱死したとサミュアが監視員達から聞いていた少女、……本物のサマンサだったのだ。
彼女は目に涙をいっぱいにためて、そして寝台の上にいるサミュアの元に走り寄ってきて、ぎゅっとサミュアの手を握ってきた。
「サミーちゃん……ごめんね、騙し続ける形になって、でもこれしか思いつけなくて」
「いい、いい、いい!! サミーが生きてて、それの方が、騙されてた事なんかどうでもいいくらいうれしい!! 大丈夫? 鉱山から、どうやって逃げ出したの? 死んだら、燃やされて何も残されないはずでしょ。大体どういう手品を使って、生きたまま外に出たの?」
サミュアは大混乱しながらも、自分の手を握りしめるサマンサが、偽物でも何でも無いので、うれしいのと訳がわからないので、頭がぐるぐるしながらもそう言い切った。
サマンサは騙したなどと言うが、そんな、死んだと騙されていた事以上に、彼女がこうして生きてくれていて、自分に会いに来てくれた事がうれしくて、心底うれしくて、サミュアはだんだん泣きたくなって、気付けばぼろぼろと涙を流していた。
「よかった、よかった、よかった!! サミーがいるのが一番いい驚きだよ!! ううう……」
それ以上言えなくなったサミュアを見て、サマンサが自分も泣きながら、何故かペトレリエの方を見てからこう言った。
「私達は、ペトレリエさんにとても感謝しなくてはいけないの。私を生きたまま外に出してくれたのは、ペトレリエさんなのよ」
「えっ!? ペーター!? あんたさっき、サミーは死期を悟ってたとかなんとか言ってたくせに何してんだよ!! 先に言えよ大事な事はさあ!!」
「説明したのは前提条件だろうが。こういう事をこういう二人が計画して、実行したって言う前提。その後の事はまだ何も言ってないだろ、早とちりで僕に文句を言うなよ」
「……」
サミュアは確かにと、そこで黙った。サマンサが死んだ後、彼女がどうなったのかという話や、ペトレリエがいつまでも町に戻らなかったらしい理由は、今まで一切語られていないのである。
それ等の事をひっくるめて、スピカが教える段取りになっていたのかも知れない。
「感動の再会過ぎて、俺はサマンサ嬢を連れてきた事に安心している。二人が鉱山で親友になったという話は聞いていたが、実際には違っていたら少し心配だった」
「ありがとうございます、スピカ様! ……一体誰がどういう手段を使って、こんな奇跡を起こしたのですか」
「きっかけはペトレリエ殿とサマンサ嬢が、お嬢さんを外に出そうと計画したあたりだろう?」
スピカの確認なのか、それとも話させるためのきっかけにしたのか、ペトレリエにそう言う。ペトレリエはそれに頷き、全員を見てからこう言った。
「サマンサさんの衰弱があまりにも短期間で進んだので、感染症の疑いが持たれると、監視員の先輩や上司に報告したところ、さっさと外に捨てろ、という命令が下ったんだ。鉱山の中で感染症が広まれば、監視員も全員死ぬ可能性が出てくるから、そういった過激な命令は下されがちなんだとか。そこで僕は、サマンサさんを規定通り外に放り出して……すぐに僕も、適当な言い訳をしてサマンサさんを迎えに行ったんだ。
そこからは、寝込んでしまったサマンサさんが死んだと言う事に話を持って行って、サマンサさんが法的に死んだ事にした。というか、鉱山から感染症で外に捨てられた人間は、速やかに死亡届が出されると言う抜け穴があって、それを利用して、サマンサさんを冤罪から解放したんだ。サマンサさんの冤罪が払拭される可能性が、その頃はあまりにも低かったから。そして、もうとにかく、サマンサさんを看病し続けて、立って歩けるまで回復したら、サミュアの家に行こうとして……そうしたら家は焼け落ちて住人は翼の国に行って、一緒にいた女の子は大やけどを負って生死不明とか、町で言われて……なんとか翼の国に行く方法を探していた時に、スピカ様と出会って、こうして皆で出会えたんだ」
「まあ、ペトレリエ殿は法的にはあまり問題になる事はしてないな。感染症の疑いの持たれた鉱山での労働者を、外に放り出すのが規則になっていて、ペトレリエ殿はその通りに外に放り出して……その後労働者がどうなっていても、労働者もペトレリエ殿も、法的には罰せられる事は無い。放り出して即座に死亡届が出されるのも、規定になっている以上、生死を確認してと言う記載がないのだから、生きていても死んだ事にされる。宝石の国のとんでもない抜け穴だが、ここで罰する選択肢にはならない」
とんでもない規定通りにしての抜け穴である。もしかしたら、そういう手段を使って、今までも数人くらいは、それで鉱山を抜け出しているかもしれない。
自分という存在が死んだ事になってでも、逃げようとした誰かが。
しかしその誰かは、監視員と共謀しなければならないので、確率的には低そうだ。
だが、監視員は労働者と共謀してはならないなんていうのは、当たり前すぎて規定として存在しなさそうなので、ペトレリエも思い切った行動がとれたに違いなかった。
「私達は、スピカ様と出会ってから、急いで翼の国に来たの。あなたの事が心配で心配で。
本当は外に出られてすぐに、あなたのご実家に追いかけに行きたかったのに、私の弱った体が言う事を聞いてくれなくて。それが今もすごく悔しいわ!! こうして久しぶりに頭がはっきりしているのに」
「さて、一つ目の前提はひっくり返ったな。サマンサ嬢が死んだという前提が。そして二つ目がまだあるぞ」
にいやり、とまだまだ驚きのネタがあると言いたげな顔をしたスピカが、さらに言った。
「こちらのサマンサ嬢は、間違いなく、翼の国の姫ではない。では翼の国の姫はどこにいるのか、誰なのか? それは……」
そうだ、その大本の問題が残っていると誰もが思ってスピカの言葉の続きを待つと、彼はこう言った。
「翼の国の姫は、鉱山に連れて行かれたと思われた、サマンサ嬢の姉、エリザベータ嬢だ。彼女は今、ルイン家の前男爵の屋敷で、徹底して王族教育を施され直している」
「お姉様が生きていらっしゃるの!?」
これにはサマンサも想定外だったらしく、彼女は先ほどのサミュアと同じくらいに、目を丸くして驚いていたのだった。




