25 救われた先に待つのは
何から何まで、世界が変わるというのはこういう事なのだろうな、とエリザベータは思いながらも、周りに厳しくにらまれながら、日々を過ごしていた。
「姫様、王族たる者、機嫌を下々の者に知られてはなりません。王族というのは象徴的な存在でもあるのです。むやみやたらに感情をあらわにしてはいけません」
「はい、先生」
「サマンサお嬢様は、それを良く心得ていらっしゃったというのに。あなたはどうして、そんなにも機嫌を顔に出すのでしょうか」
「あの裏切り者と比べないでちょうだい!!」
妹だと信じていた少女の名前を出されたエリザベータは、その言葉に激高して怒鳴った。
その途端に、きつい視線で家庭教師に睨み付けられて、そんな事はこれまでの人生でほとんど体験していなかった少女は、その冷たさに身をすくめた。
「姫様。そういう所ですよ。たとえ誰と比べられたとしても、気配と表情は、常に穏やかにならなくてはなりません。感情をあらわにする姫君というものは、育ちが知れていると嘲弄されてしまうのです」
「宝石の国のお姫様達は、笑ったり怒ったりしていらしたわ」
「それは宝石の国の姫達が、あまりにも王族らしくない、というだけの事にすぎません。男であっても、むやみに激高したり喚いたりするのは、愚かな存在だと嘲弄される対象になるのです。まして姫君という者には、皆理想がございます。やたらに怒ったり叫んだり怒鳴ったりわがままを言ったりする姫君など、誰が敬愛したりするのでしょうか」
「……」
きつい言葉ばかりだ。容赦の無い言葉で、エリザベータの性格を批判するこの家庭教師は、本当に最初の頃だけ、エリザベータも教えを受けていた。
だが、何かを言うたびに論破されたり怒られたり、注意されたりするのがいやになり、エリザベータは母親に涙ながらにお願いをして、妹のサマンサの家庭教師と交換してもらったのだ。
サマンサの家庭教師だった、今までエリザベータを教えていた家庭教師は、休みたくてあれこれ言い訳をしても怒らなかったし、あきれたりしなかったし、何かと優遇してくれていたものだ。
だと言うのに、この家庭教師はそんな事をしない。
頭が痛いと休もうとすると、医者の診断書を持ってこいという。
今日は疲れたから休みたいというと、一体何に時間を使っていたのだと容赦なく追求してくる。
そういった遠慮もなければ加減も知らない家庭教師を相手に、エリザベータは疲れ果てていた。
それは彼女が甘やかされて育ったからに過ぎないのだが、そんな事以上に、エリザベータは家庭教師の方に問題があると思っていたし、そんな家庭教師をつけてくる、祖父母だと思っていたルイン前男爵夫妻を恨んでいた。
鉱山に母と妹とともに連れて行かれた後、エリザベータだけは何故か一人別室に連れて行かれ、そこで数日を過ごした後、険しい顔をした祖父母が迎えに来て、こうしてルイン前男爵夫妻の住む邸宅に連れ戻された。
これを、自分だけは助けてもらえたのだ、と最初は思ったのだが、そんな事ではなく、彼女は今までの人生がひっくり返る事を告げられたのだ。
「あなたは、ルイン男爵家の血を引く令嬢ではありません。翼の国の王の娘の一人なのです」
祖父母と信じていた彼等に告げられた言葉は、驚きであり、衝撃だった。
そして彼等はこう言ったのだ。
「あなたを息子夫婦に任せられると思っていた、私達が間違いでございました。あなたはすっかりどこに出しても恥ずかしい人間に育ってしまった。これは私達の責任であります故、これからはあなたが、誰の前に出ても恥ずかしくない、真の姫として育て直します。あなたはまだお若いのですから、十分に時間があります。やり直す時間があるのです。……死んだサマンサとは違って」
「あの子は死んだの」
「姫様、もっと王族らしく丁寧に落ち着いてお話しください。あの子は鉱山の過酷な労働の結果、感染症にかかり衰弱してそのまま、鉱山の外に放り出されて亡くなったそうです。……かわいそうな事をしました。あの家にエリーゼという女の子が来た時に、私達があの子をこちらに呼びつけていれば、未来も違ったでしょうに」
前男爵は目にかすかに涙を浮かべて、そういった。
エリザベータは、妹だと信じていた相手がもう死んでしまった事、それが自分や母と思っていた女性の行ったいじめの行為のとばっちりだという事に気付く事なく、ただ思った。
「あの子は私達を裏切ったのだから、当然に罰せられて天の報いを受けたまでの事でしょう」
それを口に出してしまったからだろう。本当の孫娘に対してそんな事を言われた前男爵夫妻は、以降エリザベータにとても厳しく当たるようになったのだった。




