第761話 15歳(夏)…レイヴァース家のゆるい1日(3/10)
次は何を撮影しようかと廊下をうろうろしていたところ――
「御主人様、シアさん、おはようございます」
そう挨拶してきたのは、身支度を調え、いつものメイド姿になったサリスだった。
両肩にウサ子とウサ美を乗っけているのはご愛敬である。
そんなサリスが手を引いて連れているのは、まだ半覚醒ながらやっと寝床から出てきたミーネ。脇にはぐったりとした、まるで『ただのぬいぐるみ』のようになってしまったクマ兄貴を抱えていた。
「ふーむ……」
サリス一人がキリリとしていても、打ち消すことは叶わないゆるさがそこにあり、感銘を受けた俺はさっそく撮影をする。
「あ、あの……、お二人で何をしているのですか?」
挨拶もそこそこに撮影をする俺と、それをあきれた顔で見守るシアに疑問を抱いたサリスが尋ねてくる。
「ああ、実はな――」
と、俺は今日一日、屋敷の様子を記録して回るつもりであることを説明する。
「記録ですか……」
「そう、記録だ。このことは、朝食のときみんなにも説明しようと思っている」
「わたしはご主人さまが変なことしないか監視役ですねー」
「べつに変なことをするつもりはないんだけどな」
レポーター役としてはいまいちなシアだが、ちょっと撮影を代わってもらいたい時には重宝するだろう。
「では、私は普段のように過ごしていればよいのでしょうか?」
「そうそう、その普段の様子を撮影するわけだからな」
「ですが普段の私は、御主人様の仕事のお手伝いするのが一番重要な仕事なのですが……」
「……。きょ、今日はあれだ、みんなと同じようにメイドとして過ごしてもらいたい」
「はい。ではそのように」
「さっそくやらせ……」
シアが何か呟いたが、俺は気にしない。
編集でカットして、このオリジナルのカートリッジはどこかに仕舞い込んでおけばいいのだ。
その後、サリスはミーネの身支度を手伝い、それ以外の面々は朝食の準備を始めたので俺はそっちの様子を撮影することにした。
みんなで手分けして調理や食卓の準備を行い、そしてみんなで朝食をとる。
前までは一応家族と使用人でわけてもいたが、もう面倒だからとみんなまとめての朝食だ。
身支度をお手伝いされていたミーネも、朝食をとる頃にはすっかり覚醒してもりもり食べる。どこかにお出かけする場合や、出先であればもう少しシャンとするのも早いのだが、屋敷での様子はこんなものであった。
レイヴァース家の食卓はわりとにぎやかなものになる。
その様子は即席の三脚台になってもらったメタマルに撮影機を置いての定点カメラで撮影した。
△◆▽
朝食後、ひと休みしたあと皆はそれぞれの活動を始める。
そのうち、お出かけする者は四名。
父さんは冒険者訓練校、母さんは魔導学園、ティアナ校長はメイド学校の教員となる人たちの指導を行うため、皆に見送られて出発する。
そしてもう一人――
「うーむ、行かねば駄目かのう……」
「駄目だって。今日は古代都市の調査報告がある。それにちょいちょいすっぽかしている学園の仕事もあるんだ」
「むぅ……」
お出かけしたくないとグズるシャロは、その頭に乗っかっているロシャに窘められていた。
そっちの調査はどうなってんの~、という各国からの質問に対し返答を行うということで、今日の会議は重要なのだ。
報告は調査で回収できた魔道具の種類や傾向、それから都市全体を調査するとなれば最低でもどれくらいの日数がかかるかといったものであるが、特に報告したいのはこうである。
『調査を開始したところ精霊王ヨルドが目覚め、一帯が荒野になっていたことに憤慨して敵対してきたが、気づいたらなんとかなって調査の許可はされたものの、だからと好き勝手はできないので慎重に進める必要がある』
ついでに、文句があるならヨルドに会わせるから遠慮無く言ってこいとも伝えてもらう。
これで調査が一向に進まなかろうと、どこからも文句は出なくなるはずだ。
「せっかく婿殿が面白いことをやっておるのに……」
「そうだな。今まさに撮られている。ここはもうちょっとやる気を見せておく方がいいんじゃないか?」
「くっ、それもそうじゃ」
ロシャに言われ、シャロはキリリと表情を改める。
「ではワシは婿殿のため、そして世の安寧のため、六カ国の王や指導者たちが一堂に会する会議に出席しにゆくとしようかの! その後は魔導学の先駆者として、魔導学の未来を担う子供たちが集う学園へ赴き指導するとしよう!」
「よし、いいぞ、その意気だ」
こうしてシャロはロシャに拐かされて精霊門でお出かけしていった。
編集版ではグズっていたところをカットしてあげようと思った。
△◆▽
「で、ご主人さまは引き続き撮影ですか」
「もちろんだ」
何かやらかすのでは、とシアは警戒しているが、それはまったく誤解、おかしな話である。
「ねえねえ、私も撮って、私も私も」
朝食をもりもり食べて完全体となったミーネが絡んでくる。
なるほど、そのわんぱくぶりは記録するに充分な価値があるように思える。特にその健啖な様子は、大食いチャレンジの元祖になりうる可能性を秘めており、公開すれば大食いクイーンとして名を馳せること間違いない。
だがしかし、今回の撮影は飽くまで屋敷の様子ありのまま。
ここでミーネの行動ばかりを撮影して、ミーネのわんぱくイメージビデオにしてしまうわけにはいかないのだ。
「というわけで、こっちを意識せずいつも通りにすごすんだ」
「えー」
「まあまあ、ご主人さまのことですから、そのうちまた何か企画するでしょうし、その時に撮ってもらいましょう」
「企画って?」
「そうですねぇ……、例えば、ミーネさんが隊長になって、未知の魔獣を捕まえに魔境を探険していく様子とかどうです? どこからともなく矢が飛んできたり、大岩とかが転がってきたりするんです」
「楽しそうね!」
「きっと楽しいでしょう。良い物になれば第二弾、第三弾と、ミーネさんの魔境探険シリーズとなるかもしれませんね」
「それは素敵ね……、うん、わかったわ。今日は我慢する!」
そう言ってミーネはどこかへと立ち去ったのだが……、残された俺は遺憾の意を込めながら撮影機をシアに向ける。
「どうすんだよお前、あれ本気で楽しみにしてるぞ……」
「まあいいじゃないですか、どうせ冒険の書の資料作りに魔境へは行かないといけませんし。わたしも頑張って矢を飛ばしたり、大岩を転がしたりしますから。それにご主人さまも、ちょっと撮ってみたいでしょう?」
「その気持ちがあるのは認めよう」
「未知の魔獣役は屋敷をうろついている魔獣さんに協力してもらいましょう。これなら、何の成果も得られませんでしたー、ってことにはなりません。それに魔獣をいっぱい映像に収めたら、映像資料として冒険者ギルドでも重宝されるのでは?」
「妙な利点を絡めてくるな」
ミーネの魔境探索、世間に公開すれば娯楽にも資料にもなる。
でも感化された連中が肥料になりに魔境へ突撃していっちゃうだろうからな、公開は慎重にやらないといけない。
△◆▽
それから俺はシアを連れ、みんなの午前の様子を撮影する。
メイドたちはお掃除やお洗濯、お買い物を皆で分担するが、その中でパイシェは少し特殊になっており、本日のムキムキ派遣警備隊を指揮して敷地内の清掃、建物に傷んだところがあればその補修を行う。
デヴァスは子竜にあぎゃあぎゃじゃれつかれながら庭のお手入れを行い、これがすむと次は領地屋敷の方へと向かうのだ。
「みなさんがお掃除している様子を撮影ですか?」
「いや、先にコルフィーとリィさんが仕事をしている様子を撮影しようと思う。集中しているところにお邪魔するのは気がひけるから、今のうちにさ」
こうして俺は裁縫室にいるコルフィーの元へ向かった。
「まだ若いながらも魔装職人として一流の腕をもつコルフィーが現在取り組んでいる仕事はザナーサリー王国の王女、ミリメリア姫が結婚式の際に身に纏う花嫁衣装の製作――」
「兄さん、気が散るんで出て行ってください」
「あ、はい」
ナレーションを入れていたら追いだされた。
「お前がインタビューする感じでやった方がよかったかな?」
「そうなると話が終わらなくなりそうですけど……」
「それもそうだな……」
邪険にされるのは切ないが、大歓迎されてもそれはそれで困る。
難しいところだ。
ひとまずコルフィーの撮影は断念することにして、次にリィが作業している様子を撮影するために部屋へ向かう。
ここしばらくリィはヨルドで回収した魔道具を調べており、クロアもそのお手伝いをしていた。
今回はナレーションを入れてもリィに『何やってんだコイツ』という顔をされるだけで追いだされはしなかった。
ただ、お手伝いをしているクロアが、ちら、ちら、とこちらに視線を向けてくる。
「クロア、兄は居ないものと考えるんだ」
「えぇ、無理だよー」
クロアは撮影されることに皆より敏感なため、ついつい意識してしまうようだ。
これはあまり邪魔するわけにはいかないか。
そう思ったときリィが言う。
「あんまり物に頓着しないお前がはしゃいでるから、贈ったクロアとしては嬉しくてついつい見てしまうんだよ」
「リィさん……!?」
いきなり何を、とクロアは焦った。
「に、兄さん、それは嬉しいとは思うけど、そんなリィさんが言うほどじゃないよ? それにだいたいはリィさんが作ったものだし!」
「製作中はよく兄さん喜ぶかなーって聞いてきたよな」
「リィさーん!」
もう作業どころではなくなって、クロアはこのお喋りエルフがこれ以上余計なことを言わないよう詰め寄る。
「昨日は撮影してなかったから、もしかしたら気に入らなかったんじゃないかってしん――ほがほが」
けらけらと、さらに暴露を続けようとするリィの口をクロアは手で塞ぐ。
「兄さん! 作業の邪魔になるから出ていって!」
「も、もうちょっと……、な?」
「もう! シア姉さん、笑ってないで兄さん連れていって!」
「はいはーい。ご主人さま、ここまでですよ。これ以上はクロアちゃんに嫌われちゃいますからねー」
もう少し粘りたかったが、シアに引っぱられて部屋から出た。
またしても追いだされることになってしまった。
でもクロアが照れて取り乱すという実に珍しい様子を収められたのでよしとしよう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/06/27




