第760話 15歳(夏)…レイヴァース家のゆるい1日(2/10)
ねむねむなクロアとセレスを映像に収めようとそれぞれの部屋に向かおうとした俺だったが、その途中で寝起きのクロアに遭遇してしまった。
うーむ、残念。
「にーさん、おはよー」
「ああ、おはよう」
「こんな朝から、なにか撮影するのー?」
ちょっとぽやんとした感じで尋ねてくるクロアに、俺は今日一日、この屋敷のありのままの様子を記録に残すべく撮影中であることを説明した。
すると――
「あ、えっと……、おはようございます」
クロアはちょっと姿勢を正し、改めて挨拶をしてきた。
起きたばかりでまだ寝ぼけているくらいなのに、いずれ誰かがこの映像を見るであろうことを理解し、その誰かに対して今自分が取るべき適切な対応をしてみせたのである。
撮影機と投影機の制作に協力していたとしても、すでにその感覚を持っていることにお兄ちゃんはびっくりだ。
このすごさは説明してもシアかシャロくらいしか理解してもらえないのがちょっと残念である。
寝起きの様子こそ撮影できなかったが、実によくできた弟の様子を収められたことに俺は満足し、セレスの部屋へと向かった。
「……おはよ~ございま~す……」
すやーっと、セレスはぬいぐるみだらけの部屋でお休み中。
冬場はセレスに密集するぬいぐるみたちも、この暑い季節は気を使ってベッドの周囲に散っており、もふもふは枕元にいるピヨくらいのものだった。
突然部屋に現れた俺に対し、ぬいぐるみたちは『なにー? なにー?』と首を傾げ傾げ、やがてわらわら集まって来る。
「セレスの寝起きの様子を撮影に来たんだ」
目的を簡潔に説明すると、ぬいぐるみたちは互いに顔を見合わせ、やがてセレスの眠るベッドに集まり、わちゃわちゃしながら何とか上へとよじ登る。それから力を合わせ、眠るセレスの上半身をよっこらしょっと起こしてみせた。それはなかなか見事な連携であり、付け焼き刃ではない練度の高さを感じさせるものがあった。
「ぴよ! ぴよよ!」
体を起こしてもらったものの、まだ瞼が開かないセレスにピヨが呼びかける。
しかし、セレスはぐらっと揺れて右側にぱたりと倒れ込んだ。
ぬいぐるみたちは協力して再びセレスを起こす。
だが今度は左にぱたり。
それでもぬいぐるみたちは諦めず、セレスを起こそうと協力する。
その様子は実に微笑ましい。
皆で集まって雑魚寝している時はシアが起こしていたが、部屋では毎朝こんなファンシーな作業が行われていたようだ。
と、その時――
「ごー主人さまーッ!」
二度寝という快楽をキメていたはずのシアが襲来した。
まだ寝間着姿で……、そしてちょっとぷんぷんしている。
「あ、やっぱり夢じゃなかったんですね!」
「夢?」
「人の寝顔を撮影するとか言っていたやつですよ! 女の子の寝顔を撮影とかなに考えてんです!? ってか朝いきなりやってくるのがそもそもどうかって話なんですけど! 着替え中だったらどうしたんですか!」
「戸惑いつつも内心喜んでいたと思う」
「反省の色がまったくありませんね! ともかく消去、消去です!」
「ま、待ってくれ、今日はこの屋敷のありのままの様子を記録するという趣旨で活動中なんだ。消去は勘弁してくれないか。――ああ、じゃあこういうのはどうだろう。交換条件として、そのうち俺の寝顔を撮影していいから」
「それがなんの交換条件になるっていうんですか!」
「ダメか」
「考えておきます」
消去は保留になった。
「それで、今日はずっとこんな感じで屋敷を撮影して回るつもりなんですか? 遊び呆けるのですか?」
「た、たまにはいいだろう」
「このところ遊んでばかりのような気もしますが……、まあいいでしょう。でもそこはかとなく不安になるので、撮影にはわたしも同行しますからね」
「ふむ、レポーターか」
「いやそういうわけじゃないんですが……、ともかく、わたしはちょっとセレスちゃん連れて身支度してきますから、それまで撮影は中断です。いいですね!」
シアは念押しすると、ぬいぐるみたちと交代してセレスを支える。
「はーい、朝ですよー、おはようですよー」
「おはようごじゃましゅましゅ……」
シアの呼びかけに、セレスは寝ぼけ眼で挨拶を返した。
△◆▽
おい貴様ら、何か面白いことをしろ。
そう強要した結果、組体操やら謎の踊りを始めたぬいぐるみたちを撮影することしばし――
「はい、戻りました!」
メイド服姿になったシアが戻ってくる。
「威勢がいいな。いいぞ、やる気の表れだな?」
「そりゃもう、無茶振りするであろうご主人さまから、屋敷のみなさんを守らないといけませんからね!」
「それは誤解だ。俺はありのままを撮影したいんだけなんだ」
「だといいですけどねぇ……」
信用ならないといった感じで言うシアの視線の先にあるのは、お月見のお団子のように積み上がったぬいぐるみと、その周囲で輪になって盆踊りしているぬいぐるみである。
「で、これからどうするんです?」
「そうだな……」
ホームビデオの定番と言えばやはり子供の様子である。
すでにクロア、セレスと撮影した今、残るは――
「うん、アリベルくんを撮りに行こう」
「ふむふむ、まあそれなら問題なさそうですね」
こうして俺とシアはアリベルくんのところに向かったのだが――
「おい! お前、それ、あれだな!? 動く写真だよな! ちょうどいいところに来た! ベリア撮れベリア!」
大興奮中のレスカに捕まる。
何をそんなに興奮しているのかと戸惑ったが、アリベルくんの様子を見てすぐに納得した。
「おお、立ってる!」
そう、これまでは四輪駆動でばぶんばぶんしていたアリベルくんが、よろよろとつかまり立ちをしていたのである。
なるほど、そりゃあレスカも興奮するか。
俺としても、この記念的瞬間に立ち会い、こうして記録することができることにちょっとした感動を覚えていた。
「撮れてる、いい画が撮れてるよー」
「ベリ――じゃなくてアリベル~、よーし、いいぞー、頑張れー、こっちだ、もうちょっとー」
撮影する俺、もうちょっと歩かせようとアリベルくんの前で懸命にアピールするレスカ。
アリベルくんはレスカのもとへ行こうと、よろよろ二歩、三歩と歩く。
が、そこで限界を迎え、ころりんしそうなところをレスカに助けられた。
「ここまでか。でもよく頑張った! これからどんどん歩けるようになるからな! 二本の足で歩けるようになったら一人前だ!」
「ばぶ!」
レスカはアリベルくんを高々と掲げ実に嬉しそうであり、アリベルくんはまんざらでも無い様子であった。
その様子を撮影する俺は、これぞまさにホームビデオだと満足感を覚えていたのだが――
「あのー、ご主人さまー、ちょっと……」
そこでシアが水をさしてくる。
「何だよ、今大事なところなんだ」
「それはまあわかるんですが……、ちょっと見てください、ほら」
そうシアが指差した先、開きっぱなしになっていた扉の向こう、廊下にいたのは世紀末覇者を目指す猫――ネビアであった。
最近暑くなったせいかよく液状化しているのを見かける。
「にゃ……、にゃっ」
そんなネビアは立ち止まり、なにやらぴくっぴくっと震えていた。
いったいこの猫は何を震えているのだろう、そう思った時だ。
「……!?」
すくっとネビアが立ち上がり、よたよたと歩き始めたのである。
これはペットのオモシロ映像ではないか――、そう俺は小さな感動をもって撮影を始めた。
しかしすぐに、ネビアの様子がおかしいことに気づく。
何と言うか……、ネビアが必死なのだ。
まるで後ろ足二本で活動しなければならないことを自らに強いているように。
「まさか……。シア、ちょっとこれ」
「はいはい」
俺はシアに撮影機を渡すと、二本足で懸命に歩き続けようとするネビアの前でしゃがみ込んで語りかける。
「ネビア、どうかよく聞いてほしい。おそらくお前はアリベルが立ったことに触発されて……、レスカが一人前だって喜んでいたのもあるのだろうが、それで後ろ足だけで活動しようと思ったのだろう? たぶん、強くなるために。でもな、悪いことは言わない、それはやめておいた方がいい」
もしかしたら二本足で軽快に動き回る猫に進化するかもしれない。
だがその時、ネビアはかつて自分の目指した自分からずいぶんと遠ざかったところにいることに気づくだろう。
例えばそれは垂直に引かれるはずだった一本の線。ここで変な角度をつけてしまったせいで本来の到達点からどんどん離れていってしまうのだ。それも努力をすればするほど遠ざかるのである。
この時、俺の脳裏に浮かんでいたのは、二本足で立つ巨大な猫が窓辺にもたれ掛かり、どうしてこうなってしまったのだ、と黄昏れているビジョンであった。
その様子はあまりに切なく、とてもかける言葉など見つからない。
そんな未来にさせないためにも、俺はここでネビアが変な方向に進化するのを見過ごすわけにはいかなかった。
「お前はまだ子供なんだ。これから体が大きくなって、もっと動けるようになる。なのにここで変な癖をつけると、それすらおぼつかなくなってしまうかもしれない。だから、無理に頑張ろうとするのはやめるんだ。まだ時間はかかるだろうが、順調に成長していけばちゃんと強くなれるんだから。な?」
たかが子猫の奇行、そうかもしれない。
だが俺は祈るような気持ちで真摯に語りかけた。
おそらく、それが功を奏したのだろう。
「みゃん」
一声鳴き、ネビアは四輪駆動に戻った。
「よーしよーし」
聞きわけてくれたネビアを撫でる俺、撮影するシア。
計らずとも動物とのふれあい映像となった。
「いやそんな猫よりアリベル撮れよアリベル!」
アリベルのことで頭がいっぱいなレスカには、己のサガに葛藤する幼気なにゃんにゃんの機微などわからないようだった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/08/08




