第759話 15歳(夏)…レイヴァース家のゆるい1日(1/10)
仕事をほったらかして遊んでいる主人公の様子など……。
俺、誕生日を迎え十五歳になる。
……。
つか俺ってまだ十五歳なのか。
ここ三年あまりに色々ありすぎ、もっと年月が流れているような感覚があるせいで違和感が半端なく自分の年齢にびっくりする。
しかし、そんな事を考えているのは俺くらいのものらしく、屋敷の皆はやっとまともに俺の誕生日を祝えたとにこにこしているので、主役自ら水をさすようなことはすまいと困惑は胸の奥に仕舞っておくことにした。
誕生日会は派手にしようと思えば際限なく派手になり、仕舞いには王都が崩壊するかもしれないということで、身内で和気藹々とささやかに行われることになった。
うちの面々以外には、偉大なる親友のヴュゼアとその婚約者であり撮影係でもあるルフィアが参加しているくらいだ。
「やーやー、ありがとう、みんなありがとう、はっはっはー」
広間を会場にして始まった誕生日会。
まずは『誕生日おめでとう』の合唱があり、俺は穏やかなスマイルを浮かべて感謝を述べた。
「……ねえシア、なんだか様子が変よ。さては偽物かしら……」
「……あー、こうやって祝ってもらうのに慣れてないので、ああやって照れるのを誤魔化しているんですよ……」
「はいそこ黙ろうか」
領地で暮らしている頃は少し贅沢な料理を用意して「おめでとー」くらいのものだったが、こうしてあらかじめ準備され、皆に祝ってもらうとなると、どう反応したらよいものかと迷うのだ。
いやまあ素直に喜べばいいのだろうが、そこは俺、クロアやセレスみたいに感謝をありのままに表現することが苦手なのである。
ともかく誕生日会は始まり、次に皆がそれぞれ用意した贈り物を手渡してくれる。
贈り物は俺の性格を考えてのものだろう、実用的な物が多かった。
そんな贈り物の中でインパクトが強かった物は二つ。
一つはミーネからの『超クマ兄貴の刺繍タペストリー』である。
つかミーネが超クマ兄貴を目にしたのは古代都市調査が初めてのはず。となるとあれから今日までの日数でこれを縫いあげたのか。
「素敵でしょ?」
「出来映えの素晴らしさは認める。ありがとう」
「どういたしまして」
ミーネがチクチク縫いあげたムキムキのクマ……。
これはあれだな、仕事部屋に飾ると気が散りまくるから、寝室に飾ることにしよう。
少し夢見が心配だが。
そしてインパクトが強いもう一つの贈り物は、シャロとリィとクロアが共同で制作した魔道具――動画撮影機と投影機だった。
「一応説明するとじゃな、これは写真のように一瞬をとどめるのではなく、ありのままの様子をそのまま記録できる魔道具なんじゃよ」
「え……、ホントに?」
「うむ、本当じゃ」
思わず聞き返すとシャロは自信たっぷりで頷いてみせた。
しかし共同製作者であるリィはうんざりしたように言う。
「師匠が春頃によー、急に、お前の誕生日までにこういうの作れって言いだしてまいったよ」
「あ、前に取り組んでたのってこれだったんですか……。いやでも短い期間でよく作り出せましたね」
「そこは元になる物がすでにあったからな、なんとか」
「元になる物?」
「ほら、クマどもに仕込まれてるやつ」
ああ、撮影機と映像をそのまま投影するあれか。
「本当はあれくらいの大きさにしたかったんだが、さすがにそれは無理でな、ずいぶんでかくなっちまったよ。これじゃあ、とてもクマどもには仕込めないな」
はは、とリィは笑う。
確かに撮影機は業務用ビデオカメラのように肩に担がないといけないサイズで、投影機も、でん、と設置して運用するしかないサイズだ。
しかし映像記録ときたか……。
「マジかー……」
「シアから婿殿は映画好きと聞いたのでの」
映画好き……、いやまあ映画好きか。
大昔はわからないが、今現在、映像記録の技術は無い。
この技術が広まれば、いずれは『映画』という娯楽が誕生するかもしれないな。
「あー、うん、ありがとう、これ凄いものだ」
予想もしなかった贈り物に俺は茫然とするばかり。
皆はまだちょっとよくわかっていない感じだったが、その真価をいち早く見抜いたのか、ルフィアが物凄い目で見てきてちょっと恐かった。
△◆▽
誕生日会の翌日、俺は撮影機と投影機をあれこれいじり、扱いを覚えるのに費やした。
撮影機に複雑な機能は無く、記録カートリッジに映像を記録するだけのものだったが、投影機の方はカートリッジに記録された映像の投影用とダビング――複製用、二つの差し口があり、これを活用することで必要な映像だけをつなぎ合わせることが可能になっていた。
まああらかじめ並べる映像の順番を把握し、さらにダビング中はその映像を眺め続けなければならないという待機時間も発生するがそれは仕方の無いこと、パソコンで編集するようにはいかないのである。
「よし、明日は屋敷の様子を撮影してみるか!」
要はホームビデオを撮るというわけだ。
ホームビデオ――その視聴は関係無い者からすれば途方もない虚無であるという。
果たして、それは仕事をほっぽりだし、一日使ってまでやることなのか――、そんな疑問の声がどこかから上がるかも知れない。
でもその何気ない一日は、俺が昇天するくらい頑張って守り通した一日なのだ。
そんな大切な一日を記録しようと試み、いったい誰が責められよう。
ってか責められてもそんなの知らん。
俺はホームビデオを撮りたいのだ!
△◆▽
翌日早朝。
いつもより少しばかり早く目が覚めたのは、思った以上に撮影を楽しみにしていて気がはやったためだろうか。
そんなことを思いつつ、まずはぱぱっと身支度を終える。
準備万端――、俺はさっそく撮影機を担ぎ、ホームビデオの撮影を開始する。
この頃には静かだった屋敷もにわかに騒がしくなり始めていた。
皆も起きだし、朝の身支度を始めたようだ。
「メイドたちの朝は早い」
なんとなくナレーションを入れつつ、俺は仕事部屋から出る。
「まずはそんなメイドたちの中にあって、始祖と呼ばれる少女の様子を覗いてみることにしよう」
廊下を挟んでの正面、シアの部屋にお邪魔することに決めた俺は、突入前にまずそっと耳を澄ましてみる。
物音はしない。
まだ寝ているのかな?
だが寝顔だけ撮影してもつまらない。オモチャのバズーカ砲とかあれば寝起きドッキリができるのだが……、さすがにそんな物を用意できるわけがない。雷撃で代用可能かもしれないとふと考えるも、さすがにブチキレられるだろうし、それで撮影続行不可能な状況に陥るのは避けたかった。
「……おはよ~ございま~す……」
「……?」
こそこそっと部屋にお邪魔した俺を迎えたのは、ベッドの上でぺたんと女の子座りして、ぽやーっとしているシアだった。
「んあーうー、あうー……?」
しょぼしょぼした目で、普段よりもさらにゆるい感じで尋ねてくる。
「ちょっとシアさんの寝顔でも撮影しようかと……」
「あうー……、んむーうー、むうー……」
眠気と戦っていたシアは、俺の要望をすんなり受け入れぽてんと横になり、そのまますやぁと二度寝を始めた。
実に安らかな寝顔である。
二度寝は気持ちいいからな。
「始祖メイドともなれば、主人の急な要望にも素早く応えられるのである」
ナレーションを入れながらシアの寝顔を撮影する。
要望に従ってくれたのでイタズラをするのは気が咎め、とりあえずよしよしと撫でるだけにとどめた。
「ふむ、実にゆるい映像がとれたな。では次に――」
と、シアの部屋から退室した俺は、そのまま隣の部屋――ミーネのお部屋にお邪魔する。
「……おはよ~ございま~す……」
「すかー……」
突撃してみると、ミーネは枕や掛け布団を蹴散らしての豪快な寝相で健やかに眠っていた。
目覚める気配はまったく無い。
まあ基本は起こさないと起きない娘さんだからな。
「さて、どうしたものか……」
ただ寝顔を撮影するのでは、シアと被ってしまって面白くもなんともない。
そのうちメイドの誰かが起こしにくるので、それまで待ってその様子を撮影しようかと考える。
だが――
「いや、そうだ!」
そこで名案が浮かび、俺はクマ兄貴を召喚。
バチーンと雷の爆ぜる音が部屋に響くことになったが、その程度で起きるような娘さんではないのでなんの問題も無かった。
『クマ大帝、ここに見参!』
そう精霊字幕を浮かべるクマ兄貴の頭に宝冠は無い。これは召喚指定がクマ兄貴だけだったからか、それとも宝冠に逃げられていたのかはわからないが、どうでもいい疑問なので放置することにした。
『では用件を聞こうか』
「ミーネを起こしてくれ」
『それは無理だ』
「いや試してもみないうちに諦めんなよ」
『無理なものは無理だ』
「……」
『無理だ』
「ちっ……」
仕方ないのでクマ兄貴の首根っこを掴み、眠るミーネに近付ける。
『や、やめろ! 我にも出来ることと出来ないことがある!』
「いいからいいから」
ジタバタするクマ兄貴の足がぽふぽふミーネに当たる。
瞬間――。
がばっとミーネがクマ兄貴を捕まえ、むぎゅ~と変形するほど抱きしめる。
『ぬおぉぉ! やっぱり~!』
ミーネの抱擁から逃れようとクマ兄貴は足掻く。
しかしミーネからは逃げられない。
「ふむ、少し予定と違ってしまったが……、これはこれでよい画だ」
暴れるクマ兄貴、逃さないミーネ。
まるで肉食獣による草食獣の捕食シーン、それはのどかなレイヴァース家に突如として出現した弱肉強食のサバンナだ。
ダイナミックな映像を撮影できたことに俺は深い喜びを覚えたが、やがてクマ兄貴は諦めたのかぐったりしてぴくりともしなくなった。
こうなると、ミーネがクマのぬいぐるみを抱きしめて寝ているだけの映像になってしまうため、記録し続ける意味も薄くなる。
「ここまでか……」
俺は尊い犠牲となったクマ兄貴に感謝しつつ、ミーネの部屋を後にする。
「さて、次はどうするか……」
このまま皆のお部屋に訪問するのも良いが、うっかりお着替え中のところに飛び込んでしまうとまずい。縄でぐるぐる巻きの蓑虫で木に吊され、俺の方が被写体になってしまうことだろう。
「ふむ……、あ、そうだ、クロアとセレスを撮影に行こう!」
思い立った俺は、すみやかに移動を開始した。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/21




