第751話 14歳(夏)…お姉ちゃんの嫁ぎ先(1/4)
シャフリーンの話のつもりが、混ぜたものが悪かったようで話はあらぬ方向へ……。
シャフリーンにはアレサの面倒を見てもらっている。
せっかくミリー姉さんから解放されたというのに、今度はアレサに付きっきりになってしまったのはなんだか申し訳ない。
「御主人様が謝る必要はありませんよ。このお屋敷で問題が起きぬよう努めることは、私にとって当然のことですから」
これを聞き、そろそろ鎖付き首輪姿が見慣れてきてしまったアレサがしょんぼりして言う。
「お手数をお掛けしております……」
「アレサさんも、謝る必要はありませんよ」
そう微笑みかけるシャフリーン。
以前は『アレグレッサ様』と呼んでいたが、強制的に親睦が深まった結果なのか、最近は『アレサさん』と呼ぶようになっており、アレサの方も『シャフさん』と呼びかけるようになっていた。
シャフリーンは気にするなといったふうであるが、アレサとのツーマンセルがいらぬ負担になっているのは事実。こうして話している間も、発作を起こしたアレサが「わーい」と俺に抱きつくのを阻止しようと密かに気を配ってくれている。
俺としてはその労に報いたいところ……。
「何か要望があれば聞くよ?」
「そんな気を使って頂かなくてもよろしいのですが……、そうですね、でしたらまた妹弟に会って頂ければ私としても嬉しいです」
「そっか」
自分自身ではなく妹弟のために、というお姉ちゃんしているシャフリーンに思わず笑みがこぼれる。
思えば妹さんと弟くんに会ったのは、婚約者としてシャフリーンの育ての親であるご両親のところへ挨拶に伺ったきりだった。
いつでも遊びに来てね、と言っておいたが、あの二人がこの屋敷を訪ねてくるのはちょっと難易度が高かったかもしれない。
……いや、あの妹さんなら気にせず来るか?
俺の勝手なイメージだがシャフリーンの妹――ランシャちゃんはミーネとティアウルとリオを足して三で割ったような感じのお嬢さんだった。
対し、弟――ルーロットくんの方は大人しく、のほほんとした穏やかな少年だったことを覚えている。
ともかく俺にとっては義妹と義弟、この屋敷に来にくいなら俺の方から会いに行っておくべきだった。
「じゃあ明日にでも会いに行こうか。お土産はお菓子でいいかな?」
「はい。ですが、ほどほどでお願いします。あまり餌付けしてしまいますと、御主人様の印象が『お菓子を持ってきてくれるお兄さん』になってしまいますので」
「それでもかまわないんだけどね。なんか偉い人だって遠慮されるよりも、そっちの方が親しみを持たれているだろ?」
と、俺とシャフリーンが話をする中、ちょっとほったらかしにされたアレサは物欲しそうな感じで黙っていたのだが――
「私も連れて行ってもらいたいのですが……」
おずおずと同行を申し出る。
これにシャフリーンは少し考え、申し訳なさそうに答えた。
「首輪をつけた聖女を引き連れて帰ったら、私が家族にどんな目を向けられてしまうか……」
「で、でしたら猊下に引いてもらえれば……!」
「御主人様では首輪と鎖の意味が無くなってしまいます。そもそも、町中で聖女を鎖引いて連れ回すわけにはいきません」
「私は気にしませんから!」
「アレサさんは聖女であり、御主人様の婚約者の一人です。貴方がそんな扱いをされていると知られては、御主人様の醜聞となってしまいます」
「うぅ……、私、このところ猊下との触れ合いが致命的に不足しています。もちろん自業自得であることはわかっていますが、せめてお側に居られる機会は与えて欲しいのです」
しょんぼりして言うアレサを見ると、べつに俺の醜聞なんか気にせず連れて行ってあげたいという気になってくる。
そもそもアレサが何か悪いことをしたわけではないのだ。
アレサに備わる高い治癒能力は触れた相手にも共有される。これが俺との婚約を契機に成長したのか暴走したのかわからないが、アレサの中で起きる変化――例えば多幸感など――が、とりわけ俺に強く共有されるようになっていた。
アレサと二人、幸せな気分で磁石みたいにくっついていることは特に害など無いように思えるが……、まあ、あれだ、俺には他にも婚約者が居るわけで、アレサとばかりキャッキャウフフしていてはヘイトが溜まってしまうわけだ。
故に、何も皆と仲違いしたいわけではないアレサは、こうして大人しく首輪をつけ、シャフリーンの管理下にいてくれているのである。
「最近はアレサも落ち着いたみたいだし、明日くらいは首輪無しでいいんじゃない?」
以前は『首輪につけられたヒモのせいでそれ以上駆け寄ることができずウィリー状態になった犬』みたいなことが多々あったアレサだが、今ではこうして落ち着いて話ができるようになっている。
そろそろ能力の変化も収まったのではないだろうか?
「御主人様、今のアレサさんは言うなれば小康状態、ここで気を抜いてはいけません。なるべく早く克服して頂かなくては、将来どんな軋轢を生むことになるか……」
「軋轢……?」
「はい。具体的には二年ほど先の未来で」
本当に具体的だな。
「どんな軋轢なの?」
「それは……、今の段階で説明するのは危険をともないます」
「危険……?」
「はい。説明するなら場を設けねばならず、話を聞けば皆さんはまた元の混沌とした状態に戻ってしまう可能性が高いのです。話すならば、もう少し先、皆さんが完全に落ち着いてからにしたいと思っています。もしかしたらリビラさんあたりが気づくかもしれませんが、それでも無闇に知らせるようなことはしないでしょう」
いったい何が起きるっていうんだ……。
ちょっとアレサを見てみるが、困惑してふるふる首を振るだけで予想はついていないようだった。
「これはアレサさんが悪いという話ではありません。もし御主人様のお相手がアレサさんだけであれば、何の問題も無かったのでしょう。例えるならこれは、私がお世話しすぎてミリメリア様をすっかり怠け者にしてしまったようなものです。御主人様がそんなことになれば皆さんは面白くない、そういうことです」
「ぼんやりとしかわからないんだが……、つまりは軋轢ってわけなのか」
「はい。私ならば対抗のしようもあるのですが、皆さんには難しいですからね」
△◆▽
その後、話し合った結果シャフリーンの実家にお出かけするのではなく妹弟をうちに招くことになった。
しかしこれもすんなり決まったわけではない。
シャフリーンが妹弟を招くことにちょっと難色を示したからである。
それは何故か?
「この屋敷に招いてしまうと、二人の価値観が一般的なものから逸脱してしまうような気がしまして……」
これを聞き、俺は冷静に考えてみた。
屋敷を満たすような微精霊、動き回るぬいぐるみに、はしゃぎ回る精霊獣、ガラの悪い妖精が飛び回り、見たこともない魔獣が我が物顔でのこのこ歩き回るという高密度ファンタジー空間。
「ダメ……、か? シャフリーンはこの屋敷のことを二人に話したりはしてないの?」
「やんわりとなら伝えてありますが……、やはり実際目にするとなると違いますから」
もしかして二人が遊びに来なかったのは、シャフリーンが心配して来るなと言ってあったからではないだろうか?
「やめた方がいい?」
「それは……、判断に困りますね。この屋敷だけが特別なのだとよく話しておけば世間と区別してくれるようになるとは思いますが……。それにはしゃぎすぎてご迷惑をおかけすることになるかもしれませんし……」
「いやいや、そんなのはいいんだよ。世界の存亡なんて迷惑すら被った俺からすれば問題にもならない」
それからシャフリーンは「う~ん」と考え込むことになったが、妹弟が喜ぶことは間違いないし、いつまでも遠ざけておくわけにはいかないと考えたようで二人を招くことに同意した。
そして翌日――。
シャフリーンはアレサを鎖でぐるぐる巻きにしてから実家へと向かい、しばらくして妹弟を連れて帰ってきた。
まずは……、まあ、自己紹介であるが――
「うおっ、すげい、美人さんいっぱい……!」
ひとまず集まってもらったうちの面々を前にしてランシャは言い、それから付き添っているシャフリーンに言う。
「おねい、頑張らないと!」
「私は頑張っています」
「いひゃい、いひゃい……」
そっけなく言いつつも、むぎゅーと妹の頬をつねる姉。
シャフリーンが暴力に訴えるのは珍しい――、いや、ミリー姉さんをよくシバいてたからそうでもないか。
「おねい、これだけお嫁さんがいるなら、もう一人くらい増えてもいいと思いませんか、具体的には私――」
「……」
「いひゃい、いひゃいです、おねいちゃん、顔が伸びてしまいまふ……」
「まずは自己紹介をしましょうね?」
「う、うぉぉ、こえー……」
シャフリーンに凄まれランシャはぷるぷるっと震えるが、すぐに気を取り直したらしく晴れ晴れとした笑顔になってお辞儀をして見せる。
「みなさま、初めまして! 私はランシャと申します! 十一歳です! 将来は姉さまみたいな立派なメイドになって、姉さまみたいに素敵な旦那様を見つけるのが夢です!」
「……」
「おねい!? いひゃいよ!? どうしてつねるの……!?」
べつに悪いことは言っていないと思うが……、まあ、シャフリーンの照れなのだろう。
妹の方はさっそく皆に印象づけていたが、弟の方は大人しいもの――、と言うか、まだ呼んでないのに来ていたクマ兄貴をほわぁとした表情でずっと見つめていた。
「……おう? ルーくん、ほら、挨拶、挨拶しないと……」
ランシャがつんつん突っつくと、ルーロットは一瞬きょとんとして、それから挨拶をする。
「ルーロットです。八歳です。よろしくおねがいします」
うん、ルーロットくんは大人しいものだ。
姉の方に元気を持っていかれてしまったのかな?
これでひとまず二人の自己紹介は終わったので、今度はこちらの自己紹介となるのだが……、何しろ数が多く、詳しく説明しても二人がいっぺんに覚えるのは無理だろう。
そこで俺は皆を簡単に紹介していくだけにとどめた。
父、母、弟妹、婚約者、といった感じで、履歴などはすっとばす。
詳しいことはこれからゆっくり教えていけばいいのだ。
この後、集まってもらった皆には一旦解散してもらう。
シャフリーンの妹弟ということで、興味を惹かれてなかなか解散しない者もいたのだが、今日の所はあまり構い過ぎてもいけないと思い、基本は俺とシャフリーンとアレサで二人の相手をするからと説得する。
今日の目標はまずレイヴァース家という環境に慣れてもらうことなのだ。
と言うことで、ここから二人には未知との遭遇をしてもらうことになる。
まあすでにクマ兄貴は来てしまっているが、ともかくぬいぐるみ達の登場だ。
「うぉぉ……、ぬいぐるみ、いっぱい、みんな動いて……、すげい!」
「うわ、うわ、わわわ!」
集合を掛けたことでわらわら集まって来たぬいぐるみ軍団を見てランシャは驚き、ルーロットはあたふたし始めた。
「小さな精霊が入り込んで動かしているんだ。危害を加えてくるようなことはないから触っても大丈夫だよ」
そう言うと、二人はそろって期待した顔でシャフリーンを見る。
シャフリーンが頷くと、二人はぱっと笑顔になった。
「ふふ、シャフさんが家でどんなお姉さんだったかよくわかりますね」
「むぅ……、べつに口うるさくしているわけではないのですよ?」
アレサに言われ、シャフリーンがちょっと気まずそうな顔で言う。
まさか自分たちの行動で姉がささやかな窮地に立たされることになったとは知らず、ランシャは寄ってきたぬいぐるみを片っ端から撫で回し始め、ルーロットは真っ直ぐにクマ兄貴へと向かって行った。
そしてルーロットがクマ兄貴をむぎゅっと抱きしめようとした時だ。
クマ兄貴はルーロットに組み付き、その短い足で器用に大外刈りを仕掛けてルーロットをころりんと転ばせた。
クマ兄貴、突然の暴挙であった。
「おぉぉ――い、おい! お前、危害を加えてこないって説明したばっかで何いきなり攻撃しかけてんの!?」
ルーロットくんは何が起きたのかわからず、きょとーんとしてしまっている。
クマ兄貴はちょっと困ったように顔の側面をこしこし撫で、微精霊に協力してもらって自分に字幕をいれた。
『すまぬ、我の身に染みついた武がとっさに反応してしまったのだ』
「ここ最近ちょっとこり始めただけで何言ってやがんだこのクマ。つかお前どこへ向かってんだよ、どこへ」
まったく、こいつだけは本当に訳のわからないぬいぐるみである。
まあ狂暴なクマはどうでもいい。
俺はルーロットを起こしてやり、念のためどこか痛むところが無いかを尋ねてみたが……、うん、なんか目がきらきらしているから平気そうだな。
「クマさん……、つおい!」
「え? え? いや、何でそんな嬉しそうなん?」
謎である。
まさか今の攻撃で感銘を受けたのか?
「あ、ルーくんってそのクマさんが大好きなんです」
「大好き……?」
「冒険の書の大会で見た時からですね。家にその子のぬいぐるみもありますよ」
「おおう」
そうか、ルーロットくん、あの時の会場に居たのか。
しかしファンだったからといって、いきなりすっ転ばせていいわけではない。
「お詫びとして、今日お前はルーロットくんについて、ちゃんと相手するように」
『致し方あるまい』
不承不承といった感じで頷くクマ兄貴に、ルーロットくんは感激したようで抱きついた。
そして、またころりんと転がされる。
「だーかーら!」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/19




