第752話 14歳(夏)…お姉ちゃんの嫁ぎ先(2/4)
ぬいぐるみ達に会わせたあと、ランシャとルーロットを連れて迷宮庭園へと向かう。
まさにそこがシャフリーンの生まれた場所だったりするが、二人には内緒ということなので大事を取ってあらかじめイールには絶対に出てくるなと言ってあった。
うっかり色々バレて、シャフリーンお姉ちゃんがウンコの化身と関わりがあると知られるわけにはいかなかったからだ。
「いや出てくるなって、ここ私自身なんですけどね……!?」
まったくもう、とイールはぷるぷる憤慨したが、ちゃんと約束してくれたので一安心である。
「うおぉ、人生初精霊門ですよ! 普通なら一生縁のないものです! これは素敵な旦那様を捕まえたおねいに感謝するばかりですね!」
「……」
「感謝してるのにぃ……!」
ランシャがほっぺをつねられるのは、この屋敷に来てテンションが上がってしまっているせいなのか、それとも割と日常的にこうだったのか。
ともかくランシャとルーロットは俺たちに続いて精霊門をくぐり、迷宮庭園へ訪れることになった。
「こ、これが迷宮の底……、しゅげい……」
「すごーい!」
地の底に存在するのどかな風景。
ランシャとルーロットは衝撃を受けたようでその場に立ちつくすことになったが、そんな二人を放って置かないのがこっちで待機させていたバスカー率いるヤンチャ団、すぐに「うひょー」と駆け寄ってくる。
「うああ、なんかちっちゃい子たちがいっぱい……!」
「みんな精霊だよ。基本ここにいる動物とか、よくわからないものは精霊なんだ。こいつらはそこの狂暴なクマみたいに攻撃を仕掛けてきたりしないから安心してほしい」
「へえ~! じゃあ、あっちにいる捻れた槍みたいな角のシカさんも精霊なんですね!」
「ん? あ、ごめん、たぶんあれは迷い込んできた野良の魔獣だ」
「さっそく例外!? 魔獣!?」
「ここや屋敷にいるぶんには大人しいから安心していいよ。毛皮を毟り取ろうと襲いかかったりすれば反撃されるけど」
「ええぇ、そんな命知らずなこといくら私でもしませんよ?」
「うん、だよね、普通はそうだよね」
それから俺はすぐそこ、あらかじめ準備しておいた休憩所へ二人を案内する。
草原に絨毯をひき、お茶とお菓子が用意してあるだけの場所だが、テーブルとイスよりもこちらの方が精霊獣と戯れやすいし、ピクニックのようで楽しんでもらえるのではないかと考えてのものだった。
「あの! あの! お義兄さま、ここにいるお人形さんみたいな子たちって妖精さんですよね!?」
休憩所には獲物がくたばるのを待つハゲタカみたいに妖精たちが飛び回っており、その見た目だけは神秘的な様子にランシャはさらにはしゃいだ。
「ああ、妖精だ。ただ妖精にも色々いてな、ここにいる奴らはどこからともなく湧いてくる、世の意地汚さを濃縮したような――」
「どうして普通に紹介してくんねえの!?」
「俺たちが来るまで待てと言ってあったにもかかわらず、お菓子が減っていることについての弁解は――」
「サーセン! 反省してます!」
ピネ率いる妖精たちは相変わらずで、もはや安定感すら感じる今日この頃である。
△◆▽
それから俺たちはのんびりとお喋りを楽しんだ。
最初はランシャがぽつぽつと質問してくる感じだったが、にょきっとシアとミーネが湧いてきてからは攻守が入れ替わり、ランシャがあれこれ尋ねられることになった。
きっとそれが緊張を解くきっかけになったのだろう、ランシャはよく喋るようになる。
「父さんと母さんは最近やけにべたべたしてくるんです。おねいが早々に独り立ちして、その勢いで婚約までいってしまったせいです。私もそうなるんじゃないかって」
内容は主にご家庭のことで、シャフリーンは取り澄ましているようでいて、なんとか妹の口をふさげないものかと思案しているのがなんとなくわかった。
「おねいもその、アレグレッサ様の発作? それが落ち着いたら少しは父さん母さんに顔を見せにきてくださいね! おねいが婚約してから、も~何かにつけて『お前もいずれは……』って勝手に感傷的になってめそめそめそめそと、もぉ~鬱陶しいんですから!」
「え、ええ、落ち着いたら、はい……」
気まずそうに答えるシャフリーン。
意外や意外、妹さんに遣り込められる場合もあるようだ。
場はランシャの独壇場になりつつあったが、一方、穏やかなルーロットくんはそれまで俺が抱いていた印象を裏切るように、夢中でクマ兄貴と柔道の特訓を行っていた。
何度ころんころーんと草原に転がされようと、嬉々としてクマ兄貴に向かって行く。
将来は柔道家なのかな……。
そんなことを思いつつ、のどかな時間を楽しんでいた。
その時だった。
「……ん?」
俺たちから少し離れたところにモヤモヤ~っと謎の光が灯った。
「ご主人さまー、なんですかね、あれー」
「何だろな……」
「これはあれね、この庭園を征服しようと敵がきたのよ」
「いえいえミーネさん、悪い感じはしませんから。精霊たちの新しい遊びではないでしょうか?」
物騒な願望とありえる予想が出たものの、実際のところはこのまま経過を見守って確かめるしかない。
最初は小さかった光は次第に大きくなり、やがて、その中に人影が現れた。
「男の子と女の子……?」
それはまだ幼い三歳くらいの男の子と、七歳くらいの女の子であった。
特筆すべきは女の子の方がメイド服を着ていることであろうか。
突然のことに俺たちは唖然とするばかりだが、ルーロットくんだけはかまわず特訓を続けている。
大物だ。
やがて光が収まると、男の子と女の子は俺を真っ直ぐに見つめながら言う。
「ああ、父上……!」
「父さま、ようやくお会いできました……!」
「……え?」
どういうことだ、俺はこんな子供たちをもった覚えはない。
するとその困惑を見て取ったのだろう、二人はさらに言う。
「覚えておいでですか、僕は昔仕立てていただいた『弟の服』です」
「私は『メEydoサaルァn・rオltuKゥん・rおーゥンル』です」
「んんん!?」
それを聞いた瞬間、俺の脳裏に蘇ったのは幼き日の悲劇であった。
まだ幼く無力であった俺は、邪悪な神にせっせと仕立てた渾身の服を奪われてしまったのだ。
「お、お前たちだったのか……!」
もう戻らないと思っていた二着の服。
この思ってもみなかった再会に俺が打ち震える一方――
「おねい、これ何が起きてるの?」
「困りましたね、私にもわからないので……。ここは係の人に聞いてみるしかありません」
「係の人……?」
「はいはーい、係の人ですよー」
シアがしゃしゃり出て解説が始まる。
それは俺が思いを込めすぎたために、クロアのために仕立てた服、そしてシア用にと仕立てたメイド服が不思議な代物になってしまい、結果、装衣の神に回収されてしまったという話であった。
「ほわー、じゃあその服さんたちが帰ってきたんですか? 人になって?」
「はいな。ご主人さまが関わると、お肉の塊とか魚や玉菜が銀色の怪人になって王都を混乱させたりしますからね」
「え? あれってお義兄さまが原因だったんですか……?」
「シアさん……」
「あ、えーっと……、えへへ、内緒でお願いしますね?」
「魚の怪人はなかなかやっかいな相手だったわ……」
余計なことを言ったシアはシャフリーンに睨まれ、その隣ではミーネがしみじみと回想に入っていた。
まあ感動の再会を邪魔してこないならなんでもいい。
「しかし……、よく奴の封印をやぶれたな」
どぐされ野郎であっても奴はそれなりの神だ。
善神や悪神などに代表される神より一段下がるが、衣食住とも言うし、何かを纏うことは人の生活に非常に密接に結びついているため意外と力を持つ神だったりする。もし未来で人にとって『衣』の価値が上昇したら『装衣の神』から『服神』とか『衣神』になるのかもしれない。
「封印を破ったのではなく抜けて来たのです。己の在り方を変化させることで、それまでは引っかかって通れなかった編み目、その隙間を」
「そのせいで私たちは零落し、本来の能力を失うことになってしまいました。今ではわずかな神性が残るばかりです」
二人は申し訳なさそうに言い、そして涙をこぼした。
「僕たちが逃げだしたことは、奴も把握していることでしょう。すぐに僕たちを回収するために現れるに違いありません」
「身を潜めることも考えました。ですが、いずれは捕まりまた封印を施されてしまう。ならばせめて、父さまに一目お会いしようと思ったのです」
「お前たち……」
なんと健気な服であろうか。
抱きしめてやらねばと俺が歩み出すと、二人は駆けだし、跪いた俺の胸へと飛び込んで来た。
「すまなかった。あの時の俺は無力な子供でしかなく、お前たちが奪い去られるのを食い止めることができなかった」
「いいんです、父上」
「父さま、お会いしたかった」
正直なところ父と呼ばれることには違和感を覚えるが、であれば何なのかと尋ねられても答えようがないため大人しく父と呼ばれておくことにする。
父親らしいことなど何もしてやれていない俺であるが……。
「そうだ、せっかく再会できたのに弟の服や――、えっと、メイド服では呼びにくい。二人に名前をつけよう」
そう思い立った俺は、男の子はクロアからとってロア。女の子はシアのメイド服だったから……、元の名前であるシリアーナからとってリアナとすることにした。
ってかシアってリアナでよかったのでは……、いや、シアはシアだな。
こいつが『リアナ』とか、そぐわないにもほどがある。
「ご主人さま、なんか失礼なこと考えてません?」
「そんなことはない」
「むぅ……、アレサさんどうです?」
「えっと……」
アレサ苦笑い。
「ほらー!」
「いや違うよ、もしかしたらお前の名前ってリアナになってたんじゃないかなって思って、でもリアナよりはシアだなって思っただけだよ?」
「なんか釈然としませんが、まあいいでしょう」
ふう、誤魔化せた。
そして名前をつけた我が子たちはと言うと――
「僕はロア……」
「私はリアナ……」
何か感じ入っている。
少なくとも、名前を与えられて迷惑という感じではないので一安心だ。
「なあ、二人はやりたいこととかあるか?」
「やりたいことですか? 元々僕はクロアに着てもらうために仕立てられた服ですから……、いえ、これは終わった話ですね」
「もう私たちには二人に合わせて大きくなるような力もありませんから……」
寂しげに言うロアとリアナ。
着てもらうという、そんな些細な願いすら叶えることができないとはなんと悲しい話であろうか。
さらにこの二人がまた奴によって封印されてしまう?
いや、ダメだ、そんなことは認められない。
「ロア、リアナ、俺は強くなった。頑張ってアレな神を葬ることもできた。今でも頑張れば奴を追い払うくらいできるはずだ。もうお前たちを奪われたりしない。俺はお前たちを自由にしてやりたいんだ」
「自由……!」
「素晴らしいことですね……!」
「そうだ。これからお前たちは好きなことをすればいいんだ」
「なら僕は……、ああそうだ。親や祖父母が、我が子、我が孫に似合うと服を買ってきたはいいものの、その子の感性とズレていたがために着ることを拒否され、そのまま仕舞い込まれてしまう服たちの悲劇をなくしたいです」
「ああ兄さま、それは素敵なことですね!」
え、えっと……、どうやって無くすんだそんなもの……。
「そ、そうか、ともかく目標を持つことは良いことだな」
「はい!」
「頑張ります!」
二人は嬉しそうに微笑む。
奪わせない、奪わせてなるものかこの笑顔。
だと言うのに――
「さっそくおかしなことになっているな……」
現れた、奴が。
装衣の神ヴァンツが。
「出やがったなこの神め……!」
俺はすぐに立ち上がり、自分の背にロアとリアナを避難させる。
激しい戦いを予感した俺は奴を睨みつけるが……、何か妙だ。
登場すればすでに不機嫌なのが奴である。
にもかかわらず、今回はやけに冷静であり、こちらを静かに見つめるだけに留まっているのだ。
いや、あれは『狩る』と決めた冷徹な狩人の顔か。
「え、か、神さま!? おねい、神さま来ちゃったよ……!」
「そうですね。たまに……、本当にたまに、こういうこともあるのですよ。本当にたまにです」
「そうね、神様はときどき会うわね……、あっ、そうだ!」
神の登場にランシャが動揺していたが、そこでミーネが何かを思い立ち、ててーっとヴァンツに駆け寄った。
「加護ください! 裁縫、頑張ってます!」
「ミネヴィアよ、そういうのは後に――」
「ください!」
「……」
「ください!」
「ああもうほれ!」
「あうっ!」
埒が明かないと判断したか、ヴァンツはミーネのおでこをペチコーンと叩いた。
「精進しろ」
「やったー!」
ミーネは嬉しそうにぴょんぴょんして、それから駆けだし、そのまま精霊門に飛び込んで消えた。
「ふわぁ、加護ってああやって授かるものなんだ……」
「違います! あれはミーネさんが特殊なだけです! もしこの先、神様にお会いする機会があっても絶対真似してはいけません!」
ミーネのせいでランシャが変な誤解をしそうになっている。
これはあとでシャフリーンに謝るとして、今はロアとリアナを守ることに集中せねば。
「一応、確認しておこう。そこの二着――、いや、今となっては二人だな、そいつらを大人しく引き渡すつもりはあるか?」
「無い!」
「まあそうだろうな。さらに言うと、もう俺はそいつらを封印しようとは思っていない。それどころか、ある程度の自由も与えようと考えている。しばらく俺の元で常識を学ばせた後でだがな」
「それには及ばない。俺のところにいればいい。常識なら俺が教える」
「教える……? 貴様が、常識を? 貴様が? ……よくもまあぬけぬけとそんなことが言えるものだ。俺以外の誰の元に置くとしても、貴様だけは無い。それだけは無い」
「やはり結局は二人を奪い去ろうというわけか!」
「会話の脈絡どこいった……? どうして貴様は俺と話すときだけ知能が下がるのだ。やはり対話はするだけ無駄か」
盛大にため息をつき、ヴァンツはうんざりしたように言う。
「悪いようにはしない。その二人を俺に預けるんだ」
「断る!」
「どうしてもか。結果として酷い目に遭うことになってもか」
「それでもだ!」
ここは退けない。
一度は奪われた子らがこうして戻り、今俺の背に隠れ怯えている。
もう二度と裏切るような真似はできないのだ。
「そう、か……」
俺の決意は変わらないと悟ったか、ヴァンツはうつむき気味にやれやれと首を振った。
「ならば……、致し方ないな。貴様だ、貴様が決めたのだ……、他ならぬ貴様が……!」
と――。
そこでヴァンツは勢いよく顔を上げ、そして叫んだ。
「かかったなアホが!」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/29




