第675話 14歳(春)…魔王の嘆きをとめる者(後編)
今回は2話同時更新、こちらは2/2です。
『ガレデアよ、まだ戦うか。これだけの武を、暴を、その身に受け痛めつけられながらまだ認めることはできぬか!』
精神の立て直しに必死な俺に代わり、仮面がガレデアに語りかける。
数々の絶技を受け続けたにもかかわらず、未だガレデアは重傷の一つも負っておらず。その耐久力たるやもはや人のそれではない。魔王化は着実に進行しているようだ。しかし、その精神は人のもの、それ故に魔王は滅びるわけで、つまり精神を揺さぶられると弱い。
「認めない! 認められるわけがない! こんな巫山戯た結末など私は望んでいないのだ!」
ガレデアはバッドエンドを回避するため、自分が実現可能なノーマルエンドを目指したのだろう。それでいて、災いの象徴と化した自分すらも乗り越える者が現れることを望んだ。期待していたのはグッドエンドというわけだ。
なるほど……、バカめ。
俺と仮面が関わって、そんな真っ当な終わり方するわけねえだろうが!
『汝が認めようと認めまいと、終わりは無慈悲に訪れる。この結末が気に入らぬと駄々をこねようと、な。ではもうしばし、美しい結末が訪れると夢見ながら、その夢が打ち砕かれるのを楽しむがいい!』
ちょっとどっちが悪役かわかんないねこれ。
「せめて――、せめてまともに戦えと言っているのだ私は!」
激昂するガレデアは、どこか悲壮さすら感じさせる。
奴は自分がおちょくられているとでも思っているのではないだろうか?
違う。
これでも真面目なのだ、こっちは。
まあそれが問題なのだが。
『まともか、迷うばかりの未熟な魔王がよく吠える。貴様などまともに相手するだけ無駄なのだ』
「ならば――、こいつらであればどうだ!」
仮面が煽ったことでガレデアがさらなる術を見せた。
果たして魔王化の最初から使えたのか、それともここに来て使えるようになったのか――、ともかく、ガレデアは『敵』を出現させた。
それはかつて俺が出会った相手。
異様な威圧感を放つコボルト――王種ゼクス。
塗りつぶしたような黒さを持つ四つ足の獣――バンダースナッチ・バスカヴィル。
竜ほどの大きさを持つ黒き鳥――バンダースナッチ・ナスカ。
新たに邪神を誕生させようと企んだ邪神官カロラン。
ヴァイロ共和国に寄生していたメタルスライム・ルファス。
シャロの霊廟に居候していた万魔信奉会のリッチども。
そして夢の世界の魔王――カルス。
「ちょ!?」
さすがに戸惑ったが、仮面は落ち着いたものだ。
『臆すな。敵というイメージが汝によって具現されただけの幻影にすぎん』
「ただの幻ってことか」
『そう、魔素の働きにより物理的にも干渉してくるだけの幻影だ』
「それって普通に攻撃してこられるってことじゃね!?」
『だが、所詮はその程度。かつての強敵ではあれど、それらは乗り越えた過去である! 今の汝の敵ではない! 一掃せよ!』
「一掃っておま――」
『出来る! 出来ぬ理由が無い! 我らの猛威は世界を満たす! それを望んでいるのであろう? ならばこれしき、この程度、出来ぬなどとは言わせぬぞ!』
「――ッ」
そうか――、そうか、半身だからな、承知の上か。
だったらこの程度、綽々とこなさないわけにはいかないか。
「バスカー!」
「わぉぉ――――ん!」
俺の呼びかけに応え、バスカーが力を解放する。
これまでは群霊による絶技のお披露目会だったが、ここからはただ幻影をぶっ壊すだけのお仕事だ。
「しゃあねえ、やるか!」
そして俺は征く。
たかが幻影、絶技を使う必要ない。
ただ斬り捨て進むのみ。
まず迫ってきたのはコボルト王ゼクス。
「はっ、懐かしいな! そう言えば約束していた名前の濁点をまだ貰っていなかった! そのうち貰うことになるぞ!」
俺はすれ違いざまにゼクスの胴を薙ぐ。
上下に両断されたゼクスの幻はそこでぱっと靄を残し消える。
それは煙を閉じ込めていたシャボン玉が割れたようなあっけないもので、どこか――、俺に寂しさを感じさせた。
だが今の俺に物思いにふける余裕はない。
次に迫ったのは大きな影の犬、黒妖犬バスカヴィル。
「そうそう、昔はこんなんだったよな!」
「くぅ~ん……」
「いや責めてるわけじゃないから」
こんな恐ろしげな姿をしていたってのに、柴の子犬になるわ、剣になるわ、まったくおかしな話だ。
バスカヴィルは足元に磨かれた黒曜石のような縄張りを広げ、そこから真っ黒い玉を幾つも浮かび上がらせた。
バリバリと玉が放電を始めるが――
「悪いな、その程度じゃ牽制にもならないんだよ!」
剣を振るい放たれた雷撃を散らす。
いや、散らすつもりだったが――
「がうがうがう!」
かつての己と対面することになったことが癪に障ったらしく、バスカーが荒ぶって雷撃を巻き取るように吸収する。
放電に効果がないと判断したバスカヴィルは次に玉を長い錐状に変化させ飛ばしてくるが、それくらい今の俺なら易々と躱せる。
黒閃のような攻撃の隙間をすり抜けながら進み――、そこで跳躍。
「お座り!」
がすっとバスカヴィルの頭を叩き割る。
すると、こちらもゼクス同様ぱっと犬の形を失い、靄となって黒妖犬の幻影は文字通り霧散した。
「次!」
黒妖鳥ナスカ。
奴は空に浮かんでおり、このままでは分が悪い。下から攻撃を飛ばすこともできるが、それでは上と下でのぶっ放し合戦が始まることになる。これは巻き添えを生みそうだ。
ならば――、ここは精霊たちに力を借りるか。
「ちょっと足場を頼む!」
精霊たちの一部が試練の塔から離れ、俺の念じた場所で光る足場となる。
それを踏みつけ、駆け、跳び、俺はナスカへと迫った。
ナスカは風を渦巻かせ、暴風のミサイルを俺目掛け放ってきたが、これは避けると下に被害が出るので斬り払う。
と、そこでナスカは俺に突撃してきた。
だが、それははむしろ好都合だ。
「おまえじゃセレスが怯える! 可愛らしさが足りん!」
俺は避けることなく、迎え撃つべく突きを繰り出した。
ナスカは仄かに光る剣の切っ先に触れると、そこから形を失い霧散していく。
ナスカを倒し、それから俺は自由落下。
下にはうさんくさい魔導師――邪神官カロランが待ちかまえており、他にも万魔信奉会のリッチやら、王金のスライム、そして魔王カルスがいる。
「めんどくせっ!」
まともに戦っていては時間を食うだけ、俺はバスカーに告げる。
「まとめてぶっ飛ばすぞ!」
「わん!」
かつては苦戦、必死こいて倒した連中も、今この瞬間だけは有象無象。
俺は落下しながら剣を振るう。
「わおぉぉ――――――んッ!」
カッ――、とほとばしる閃光。
それは迷宮庭園の実験で確認することになったやる気全開のバスカーが放つ――、何だ?
そう言えば名前とか決めてなかったな。
とりあえず柴なので『シヴァの閃光』とでも――、いや、『わんわん波』でいいか。
ひとまず下にいた邪魔な連中は『わんわん波』によって掻き消されることになり、俺は精霊たちに受けとめてもらって地面へ着地する。
そこで待ちかまえていたのは『わんわん波』を凌いだ魔王カルスだった。
「さすがに強いか」
俺が出会ったカルスはシャロが再現した幻であったが、それでもまともに戦って勝てる相手ではないと知ることになった。
だが――、今は違う。
魔王を説得しての自滅を望まなくても、俺たちの力で魔王を倒すことができる。
そう信じている。
「――」
俺が地に下り立ってすぐ、カルスが仕掛けてきた。
「あんたの親友と妹さんの子孫は元気でやってるよ!」
剣を躱しながら、言ったところで意味も無いことを告げる。
本当に意味の無いことだが――、それでも言ってやりたい。
「特に妹さんそっくりのお嬢さんがさ、うちでやたらのさばってんだよね! まあすごく世話になってんだけども!」
俺は超強化状態だってのに、攻撃を受けると手が痺れる。
魔王の特性――『敵意反射』も再現されているのだろうか? 俺の記憶から生みだされた幻なら再現されていてもおかしくはないが、俺にはあまり意味の無いものだ。
俺はカルスに敵意を持っていないのだから。
ただ伝えたいことを勝手に喋って、そして――
「じゃあな!」
眠ってもらうだけだ。
俺の一撃を受け、カルスの幻影も消える。
これですべての幻を一掃した。
再びガレデアとの一対一。
ガレデアは幻影の後ろに控え、静かに瞑目していたが――、そこでかっと目を見開く。
爆発するように強い圧が生じ、歩み寄ろうとした俺は思わず足を止めた。
ガレデアは幻影で時間稼ぎをして、力を溜めていたのだ。
「貴方を殺すつもりは無かった。しかし……、魔王化によって膨れあがる力で消し飛ばしてしまわぬよう、気遣っていては巫山戯た技による反撃を受けるだけ。これでは何の意味も無い」
『ほう、ようやく本気になったか。それでいい。本気でない力試しなど、未練しか残らぬ。殺されたいならば、我らを殺す気で来るのが礼儀というものだろう? なに、案ずるな。例え汝が真に魔王と化したとしても、我らを殺すことなどできぬのでな』
「そう信じたいものだ」
苦笑し、ガレデアは剣を構えなおした。
これまでとは違い、ここで、この一撃で俺を消し飛ばそうという気迫が込められている。
これは――、こっちも全力の一撃でお相手するしかないな。
「行くぞ!」
鋭く告げ、ガレデアが迫る。
「気張れよバスカー!」
「わふ!」
一瞬遅れ、俺もまたガレデアへと駆けた。
そして――、俺たちはぶつかり合う。
「災いを喰むものッ!」
それはガレデア、全身全霊の一撃。
ただでさえ強かった魔技は、魔王化によってさらに底上げされており、剣からは肉眼で確認できるほどの魔力が吹き出し続けている。
しかし――、そこまでだ。
どれほど威力が高かろうが、ガレデアは人、技の至るところは神撃であり、逆に、俺と仮面は欠片であろうと神は神、肉体という制限はあるが、一瞬ならば神撃の上をいく。
「冥き神の猛威ッ!」
剣から放たれる黒き斬撃。
それは瞬間的に放たれる神としての意志である。
破壊することも、守ることも、ただ圧すことも、俺たちの思い一つで実現させる神威を放っているのだ。
俺とガレデアの放った技は数秒だけせめぎ合うことになったが――
『効かぬな、効かぬよ。何故なら、我らこそが災いを喰むものであるが故に……!』
そこでこちらの技がガレデアの技を食い破る。
さらにはガレデアを呑み込み、炸裂、天を貫く黒雷の柱となった。
だが――、これでガレデアが死ぬことはない。
俺たちに殺すつもりが無いからだ。
滅すべきものを滅し、生かすべきものを生かす。
では滅すものは何か?
ガレデアに組み込まれた不浄の道具?
それはついでだ。
本命はガレデアに収束した魔王の種――『悪神の見えざる手』。
これをこの『猛威』で弾き飛ばす。
この試みが成功するか否かで、世界の命運が決まると言っても過言ではないが……、さて、どうか。
「……な、な?」
黒雷の柱が消えた後、ガレデアはちゃんとそこに居た。
地面に膝をついた状態で、自分が五体満足――無事なのが信じられないらしく戸惑いながら体を触り始める。相当混乱しているということは、柄だけになった剣を手放さず確認を続ける様子から察することができた。
『魔王から人に戻された気分はどうだ?』
「――ッ!?」
仮面の言葉に、ガレデアは唖然として俺を見上げる。
「……殺せ、と言っても、殺してはくれないのでしょうね、貴方は」
「当たり前だ」
ため息まじりに告げ、俺は剣を放る。
剣はくるくる回りながら子犬へと姿を変え、すたっと着地すると「わん!」と軽快に吠えた。
「だが、これだけでは済まさない。覚悟しろよ」
ガレデアを脅し、仕上げのために最後にもう一度能力を使う。
「精霊流しの羅針盤」
幽霊の召喚。
現れたのは二体だ。
「――あ」
その姿を見て、ガレデアから表情が抜け落ちる。
一人は前国王レクライム。
もう一人は王妃ヴィオレーナ。
「おまえはこれから説教だ」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/31
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/27
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/26




