第673話 14歳(春)…愚か者と道化者
俺と仮面の叫びに応え、身につけていた服がオーク仮面の衣装へと置き換わる。
とうとうこんな大々的に変身を公開するようになってしまったことに俺は深く染みいるような切なさを感じるが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
何故なら、切なさとはまた別に、俺の中には何だかよくわからない高揚感が湧き上がってきており、それを抑えるのに必死だったのだ。
『(感じるか、感じるだろう。もはや制約など存在しない。内なるオークに身を任せるのだ。押さえ込むのではない。解き放つのだ)』
脳裏に響く仮面の囁き。
ってか好き勝手言うのやめてくれませんかねえ!
『(何を恥じる。何を戸惑う。汝が焦がれ憎んだものは、おぞましく変わり果てながらも信念として揺るがずこうしてここにある。今汝が被る仮面こそが汝の願いの結晶である。素顔である)』
その辺りは俺のもんじゃねえ気がするが……。
『(否、汝は受け継いだのだ。そして生みだしたのだ。それに例え偽りであろうと、それがなんだと言うのか。偽物は姫を救ってはいけないのか? 偽物が魔王を倒してはいけないのか? 否、断じて否。本物が偉業を成し遂げるのではない。偉業をなしとげた者が本物とされるのだ。もう恐れる必要は無い。彼が生き埋めにしたものは、こうして舞い戻り汝はそれを受け入れた。改めて知るがいい。汝は汝。我らは我ら。そこに真偽などありはしない! 告げよ、その時こそ汝は完成する! 叫べ、今こそ! 己がいったい何であるかを!)』
「……!」
仮面が煽る。
何を言わせようとしているかはわかっているが……、これを言うともう後戻り出来ないような気がする。俺の中には「やめとけ、やめとけって」と囁く冷静な俺もいたが――、ダメだった。
きっと後で盛大に後悔することになるだろう。
だが今は、この躁狂に身を任せてしまいたいのだ。
だから、俺は告げた。
「俺がオーク仮面……、俺こそがオーク仮面!」
これは宣言であると同時、己に気づいてしまった者の嘆きだ。
すると仮面がこれに続く。
『人々よ、見るがいい、そして聞くがいい、今この場に誕生した真なるオーク――ゴッド・オークの姿を! その叫びを!』
ゴッドか……、まあ確かに欠片とは言えゴッドなんだよね!
「何がゴッドだ、ゴッド馬鹿め……!」
ガレデアはオーク仮面と化した俺を険しい表情で睨んでくる。
あいつ本当に得体が知れねえ、とか思っているのだろうか?
『否、心が読めなくなって戸惑っているのであろう』
「あん?」
『彼奴はそもそも我の心を読むことができず、その我とこうして一体となったことにより汝の心も読むことができなくなったのだ』
ああ、そういうことか。
好むと好まざるとに関わらず、ガレデアにとって他者の心を読むのは五感に近い能力であり、往々にしてそれは奴の優位性を保たせる結果になっていた。しかしそれが閉ざされた今、あいつは俺が何をしてくるか実際に目にするまで判断ができなくなったのだ。
とは言え、俺が普通に攻撃するんじゃあ普通に見切られて反撃されるだけである。
だが、それでも、ガレデアを打ち負かしてやらないといけない。
さらに、ただ打ち負かせばいいのかと言うと――、これがまたそういう訳にはいかないのが面倒なところである。
望んで魔王になったあいつは、自分を越える者を認めたところでその意思が潰える。
となると自壊――。
たぶん勝手に死ぬ。
あいつをただ倒すだけならそれでいいかもしれないが、死なせたところであいつの思惑通り、つまりは勝ち、それは釈然としない。
魔王化を中断させ、人に引っぱり戻す。
んでもって説教して色々とこき使う、これが完全勝利だ。
しかし――。
問題が無いわけでもない。
ここでガレデアをこのまま完全な魔王にさせてしまい、その上で倒すことが出来れば三百年ほどの猶予が生まれることになる。
逆に、魔王化を阻止してしまえば、また大陸のどこかで魔王が誕生することになり、その場合は今回のようにその『被害』を未然に防ぐことはおそらく不可能だろう。魔王が誕生した地は混乱し、またその影響によってスナークの暴争が発生することも懸念される。
賢い選択をするならば、ここで魔王となったガレデアを倒してしまうのが最善となるだろう。まして奴は世の中を憎んでいない魔王というこれまでに無い温厚なタイプで、力を認めたならば勝手に消えてくれるという実にありがたい魔王である。
だが、しかし――。
それが『正解』かどうかとなると、俺はそうは思えない。
これはただの勘だが、もちろんそれだけというわけでもない。
これから、もうしばらくしたところで、この大陸を取り巻く状況は確実に激変することになる。
そしてその激変は魔王を誕生させようとする悪神への牽制にもなるはずなのだ。
だから、まだ魔王が誕生してもらっては困る。
ここで魔王の季節を凌ぐだけではダメなのだ。
魔王が倒される――、ここまでが悪神の企みの一環であるなら、もしかすると今回の魔王の討伐によって悪神の望みが果たされてしまう可能性だってある。
今回も魔王の季節が訪れた、ならば、今回までは確実に悪神の準備が整いきっていないのだと言える。
そして――。
このタイミングに暇神によって送り込まれた俺が居る。
もう偶然を信じる気にはなれない。
所詮は暇神の手の平の上、しかし、俺は俺の好きに踊る。
暇神もまた、それを見込んでいるはずなのだから。
さて、そうなると後はどうやってガレデアの魔王化を阻止するかだが、これについては一つ思いついたことがある。
問題は実現したその後なのだが――
『(案ずるな。すでに確認はしてある)』
そうか、ならば後はあのバカを納得させればいいだけだ。
俺にシアを守るだけの『力』があると。
ヴィルジオが邪神教の方をどうにかしてくれたので、もう後のことを気にする必要も無い。
状況は万全だ。
よろしい、では――、始めるか。
「さらば古きものよ」
まずは簒奪のバックルを起動し、神々の恩恵を自身の保護に回す。
そしてまず――
「野良なオバケの隠れんぼ!」
俺は幽霊を捜す。
今、俺が必要とする幽霊を大陸中から。
それは魔王と戦うことを夢見ながらも、生まれた時期が魔王の季節では無かったがためにその望みが叶わなかった彷徨える戦士たちだ。
さらにここで――
「モノノケの電話相談室!」
見つけた幽霊たちに呼びかける。
まだその遺志が潰えず、揺るがぬが故に己を縛り続けているのなら応じよ、この召喚に。
「精霊流しの羅針盤!」
召喚に応じた者たちが俺の周囲に次々と出現する。
己の生涯を費やし見た夢を、今ここで叶えんと。
だが、このままではただの彷徨う亡霊だ。
だから――
「真夏の夜のお食事会!」
俺は幽霊たちを強化する。
これで幽霊たちがそのままガレデアと戦える戦力にでもなってくれたら楽だったが、さすがにそれは望みすぎだ。
幽霊たちが戦うには器がいる。
そしてその器は――
「精霊の煮込み鍋!」
今、ここにいる俺だ。
俺は召喚に応じた幽霊たちを自分に憑依させる。
半ば強制だったが、幽霊たちは抵抗する素振りもなく、悲願を達成できるならば、と、むしろ嬉々として俺に飛び込んで来ているように感じられた。
場に召喚されたすべての幽霊が俺に宿った後――
「魔女の滅多打ち!」
幽霊たちの遺志を俺に馴染ませ、同時に身体強化も行う。
身体能力が『普通』にすぎない俺の体を、幽霊たちの望みに応えられる状態へと強化させた。
そして――、最後。
「針仕事の向こう側!」
せめて状況に対応できるようにと意識を加速させる。
これで準備は整った。
後はついで。
俺は右腕を天に掲げて叫ぶ。
「バスカーッ!」
「わおーん!」
シアの警護をしていたバスカーが消失し、次の瞬間、派手に雷鳴を轟かせながら俺の右手に出現した。
いつになくキリッとした表情だ。
この様子、傍から見れば欠けた仮面を被った変態が柴の子犬のお腹を支え掲げているように見えることだろう。
いや、それ以外にどう見ろと言う話だが……、違うのだ。
「チェンジ! バスカヴィル!」
「うぉーん!」
俺の叫びにバスカーはさらに吠え、バチコーンと雷を炸裂させるとその瞬間、自身を剣へと変化させた。
何だかんだでたぶん世界最強の魔剣――魔導機構剣バスカヴィルである。
俺はガレデアへ剣を向け、そして告げる。
「今この瞬間、このわずかな時に限り、俺は世界最強」
それは自惚れだろうか?
いや、これだけ無茶を重ねたのだ、それくらいであってもらわないと困る。
「行くぞ魔王……、いや、愚者ガレデア! 覚悟せよ!」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/29




