第550話 14歳(秋)…アンデッドはどこへ行った?
セレスはたっぷり一時間ほど『新しいお友達』を撫でくり回していたが、ぐったりしてきたロシャが「また遊びに来るから……」と約束してくれたことに満足して退室していった。
事の元凶であるエイリシェはすぐの段階で退避し、サリスも給仕を終えてそそくさと撤退していたので室内は再び金銀赤黒とリィ、そしてシャロ様のお姿に変化したロールシャッハ、という状態になっていた。
「…………」
ロールシャッハは目を瞑り沈黙を続けている。
いったい何を考えているのか、おれ程度ではそれを推し量ることなどできはしないが、それが愉快なものではないことくらいは想像できた。
やがて、長い沈黙を破りロールシャッハが口を開く。
「そ、そしてその地図なのだがな、なんと、そこには最下層までの正確な道順が記入されていたのだ……!」
『……ッ!?』
おれたちは驚いた。
ロールシャッハはこの一時間ほどの間に起きたことを無かったことにしたのである。
なんという力業であろうか。
もちろん、誰も突っ込みなどという無粋な真似はしない。
できるわけがない。
「せ、正確な道順ですか。ならもう攻略なんて簡単なんじゃないですか?」
「いや、それがそうでもないのだ」
おれが話を合わせたことにほっとしたのだろうか、ロールシャッハはやや満足げである。
「地図に書かれていたのは正確な道順のみであり、どこにどんな罠がある、といった情報はいっさい無い。調査団は最下層までの道順、ここにしかけられたすべての罠を発見するために探索を繰り返した。地上に野営地を作り、魔導袋も貸し出しての調査だったが難航したよ。半年ほどの調査期間だったが、道がわかっていながら三十層まで到達できなかったのだ」
「どうしてまた?」
「単純に罠が多いからだな。そしてこれがまた意地悪い。こっちは罠の場所やその仕掛けを記入した改訂版の地図だ」
なんか厚みが倍以上になっている。
確認してみたところ確かに罠だらけだった。
「この霊廟の嫌らしいところは、そこにいけば常にその罠が発動するとはかぎらないところだ。何度も行き来して何もなかった場所で、突然罠が発動するということもあった。もうな、一層の時点でひどかったから調査団には一日一歩しか進めなくてもいいから慎重に行けと厳命したよ」
「そこまでですか……。これでさらに墓を荒らしたバカたちの成れの果てに対処しながらとなると、厳しいですね」
そう言ったところ、ロールシャッハは「あ」と何か思い出したように声を上げた。
「すまん、言い忘れていた。調査団の報告では一度もアンデッドと遭遇しなかったそうだ」
「あれ? アンデッドばかりのダンジョンって話じゃありませんでしたっけ?」
「そうだった、二百五十年ほど前までは。だがこの間に何かあったのか、アンデッドは綺麗さっぱり消え失せていたのだ。せっかく揃えた対アンデッド用の要員にはずっと暇させることになってしまったよ」
「それは都合の良い話ですけど……、理由が不明というのは少し気になりますね」
「推測のなかで一番説得力のあるものは、徘徊しているうちに罠に引っかかって全滅したという説だな」
「あ、なるほど」
罠だらけのダンジョンだし、ありえる話だ。
そしてアンデッド候補も来なくなってしまったので、補充されずに綺麗に片付いてしまったということか。
まあ何にしても懸念の半分が消えたのは好都合だ。
一応、霊廟を徘徊するアンデッドにどう対処するか計画を練ったりもしたのだが、これはお蔵入りということになる。
アレサが「私アンデッドには凄く強いんですよ!」ってめっちゃ張りきっていたんだけどなー……、あ、ちょっとしょんぼりしてる。
それからロールシャッハはこの罠をどうするかという話に移ったのだが、そこで流れを無視してリィが言う。
「んー、やっぱこの霊廟って回廊魔法陣っぽいな……」
リィはセレスに撫で回されるロシャをしばらくからかっていたが、飽きてからは件の地図を調べていたのだ。
「回廊魔法陣? どんなものかわかりますか?」
「わからねえ。いやずっと調べていればいつかわかるだろうが、現時点でぱっと答えるのは無理だ。だって三十層の積層回廊魔法陣だぞ? 平面だけじゃなくて、縦にも相互関係があるもんだ。最低でもまず頭のなかでこの霊廟――すべての通路を構築できるようにならないと判断なんてできねえよ」
第一人者であるリィがこれだから、すぐの解明は無理か。
「あと話は変わるけど、その調査団が製作した霊廟の詳しい記録とかはあるか? 何か道具を作ろうと思っていたんだけど、みんな魔導袋持ちだろ? 必要になりそうな物は普通に持ち込めるから、何作っていいか判断できなかったんだよ。だから参考にしたい」
「ならば後日、調査団の日誌を渡そう。あれが有れば、これが有ればと色々書いてあるはずだ」
「じゃあそれを元に急いで何か作るか……」
「そうしてくれ。それで……、出発はいつごろの予定だ?」
「もうそろそろといった感じです。ロールシャッハさんは来るんですよね?」
「ああ同行する。と言うよりも、私が同行しないと日数がかかりすぎる」
「どういうことです?」
「このとおり罠の回避法も判明してはいるが、これにいちいち対処するのは時間の無駄だ。それに君たちは罠に関しては素人だろう? となると下手に対処させるよりも、同行する私が力ずくで罠を抑え込んで突破する方が安全だ。要は……、例えば槍が飛びだす罠があるとするだろう? それを発動させないようにといちいち警戒して回避するのではなく、私が念力で受けとめている内にそのまま進むのだ」
「なんという力業……!」
だがそれが可能なら実に合理的、そしておれたちが楽だ。
きっと前に話をしてから、ロールシャッハは最も安全で早く霊廟を攻略する方法をずっと考え続けてくれていたのだろう。
「調査団に念入りに罠を調べさせたのは、私がどの罠に対処できて、どの罠が対処できないかを判断するためだ。まあわかっていればだいたい対処できるものばかりだったな」
「わかっていなかったら危ないんですか?」
「もう単純な落穴でも危ないぞ」
ああそうか、罠の位置と種類がわかっていれば対処は簡単かもしれないが、どんな罠かも、どこにあるかもわからない状況で、発動した瞬間に対処する――なんてのはいくらなんでも無茶な話だ。
「ひとまず調査が終わったのが二十五層まで。残り五層は未調査領域。もう一踏ん張りだから調査団も頑張ろうとしていたのだが……、このもうひと息と逸る気持ちが事故を起こす結果となってな、死者は出ずにすんだのだが、このまま調査を続けさせるのは危ういと感じて強引に休暇を取らせた。なので、近いうちに向かうならば五層は自力で罠を見つけて突破することになる。待つのならば、春頃には調査も終わると思うが……」
安全を優先するならば待ちだが……。
「ねえねえ、それならコルフィーの鑑定眼で罠を見つけたらいいんじゃないの?」
と、そこでミーネがなかなか良いことを言った。
コルフィーを同行させるのが危ない場合は、おれの〈炯眼〉で何とかできるかもしれない。
しかしロールシャッハは首を振る。
「私もそう考え、近い能力を持つ者を調査団に加えたのだが……」
「駄目だったの?」
「結論としてはそうだな。皆、意識を失ってしまったのだ。回復までにはだいたい一週間、長い者は半月ほどかかった」
「ふえー……」
「何かそういった能力に対抗する仕掛けがあるということでしょうか?」
「わからん、としか言えないな。単なる推測でよければ、対抗策ではなくただそうなっているだけなのではないかと思う。先ほどリィが言ったこともその補強になるな。要はあの霊廟が理解を超えるものであり、うっかり鑑定しようものなら意識を持って行かれるというわけだ」
「そうですか……」
となるとコルフィーの『鑑定眼』は使えないか。
おれの〈炯眼〉もダメかどうかはわからないが、失敗したらしばらく意識を失ってしまうというのが痛い。
せっかくの名案がダメとわかり、ミーネは「うーん……」と唸っていたが、そこでさらに言う。
「じゃあティアウルの能力はどう?」
ティアウルの能力は対象が『何か』を識別するというものではない。
単純に魔素を感知することにより、周辺の構造を見るものだ。
「なるほど……、それならば大丈夫かもしれないな。罠の構造も把握できる、それもある程度の範囲……」
ティアウルの能力が有効なら未調査領域の突破も不可能ではないだろう。
だがティアウルだけを頼みにするのではなく、できれば他にも罠発見に有効な手段を用意したいところだ。
「あ、精霊たちに散ってもらって、周辺を調査してもらうというのはどうでしょう?」
「それはやめておいた方がいい」
「え? どうしてでしょう?」
「妨害される。現地の様子を見に向かったとき、ふと床をすり抜けて最下層までいけないかと思い立って試したのだが……」
「すり抜けられなかったんですか?」
「いや、すり抜けることは出来そうだったのだが……、なんと言うかな、引っぱられたのだ。床、壁、天井、すべてに力の流れがあり、例えるなら水路か。下手にそこへ潜ると――」
「流されるというわけですか」
「ああ、それが最下層なら好都合なのだが……、さすがに危険と思い諦めた。私ですらこれだ、屋敷の精霊たちとなるとまずいことになるのではないかと、な」
「なるほど……」
あらかじめ説明しておけば……、うーん、しっかり言いつけを守るかどうかがちょっと怪しいか。
召喚して回収するにしても大量にいる精霊たちは区別がつかないので指定できないし……、これは精霊たちに調査させるのはやめておいた方がいいだろう。
下手すると、取り残された精霊がずっと霊廟を彷徨うことになる。
真っ暗な迷宮をふわふわしながら「みんなどこー?」と彷徨い続ける精霊を想像し、おれは凄く切なくなった。
どうやら未調査領域はティアウル頼みになりそうだ。
△◆▽
そこから話は霊廟にどんな罠があるかの簡単な講義となった。
基本、罠はロールシャッハが抑えてくれるものの、だからといって罠について何も知らなくてもいいというわけではない。
霊廟に存在する罠は半永久的に動作する代物だ。
三百年経過してもまだ動作するというのはなかなか凄い話であり、その動力と保護には場の魔素が使われていると推測されている。
「おそらくあの場は魔素溜まりなのだろう。霊廟が消費しているからか、普通ならば発生する魔物の姿はない。せいぜい犠牲者の死体がアンデッド化するくらいの話だ」
そして現在はそのアンデッドすらも居なくなった。
攻略するには好都合な状態になっている。
「霊廟の罠は主に物理的な仕掛けばかりだ。魔法を用いた罠などは無かったので、そこはほっとしたよ。あと矢などの射出系、さまざまな症状を引き起こす毒ガス系といった、消費されてしまう罠も存在しないようだ。飽くまで繰り返し使える仕掛けのみで構成されている」
念入りなことだが、よく考えればもっともな話である。
なにしろ三百年後、次の魔王の季節まで稼働し続けなければならない罠だったのだ。
「一度、その位置と発動の条件がわかってしまえば罠の危険度はぐっと下がる。だが、それでも霊廟は侵入者を拒み続けた。犠牲になった者は大まかに四つに部類される。一つは盗人。二つめは冒険者。三つ目はどっかの国の軍だ。まあ竜皇国の領内なので堂々とは訪れず、非正規軍が商隊などに偽装して侵入していたようだな」
盗人は単純に盗掘。
シャロ様が残した『何か』――秘宝を頂戴しようとしたのだろう。
冒険者もぶっちゃけ盗掘だろうな。
そしてどっかの非正規軍は四番目の魔王が誕生したとき他国にでかい顔をするために秘宝を確保しておこうとしたのだろう。
「犠牲者はその非正規軍が一番多かったんでしょうね」
「だろうな。そして四つめなのだが……、正確には犠牲になったのかもよくわからん」
「どういうことでしょう……?」
なんかロールシャッハが嫌そうな顔をしている。
「あの時代、シャロには大小様々な信奉者の集団が存在したのだ。ある意味では聖都もそうだろうが……、なかには何か勘違いをした面倒な連中もいてな、その内でも特に頭のおかしい連中――万魔信奉会……だったか? まあその連中がシャロの墓は汚すべきではないと勝手に守護者を気取り始めたのだ」
「は、はあ……」
シャロ様もそういう苦労があったのか。
「で、どっかの非正規軍と争いになった。大した魔道士ではないのであっさりと追い詰められ、そこで連中は霊廟に逃げ込み、軍も追い、そしてみんな帰ってこなかった、という話だ」
めでたしめでたし……、なのか?
※誤字を修正しました。
2018/12/19
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/12
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/18
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/04/04
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/07/12




