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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』前編
557/820

第548話 14歳(秋)…強制休日の小旅行(6)

 悲報――海賊本物だった。

 この状況は楽しい催しではなく、本当の襲撃だったのである。

 明らかになったこの事実に、おれ、シア、リィはしょぼぼーんと猛省することに。

 おれたちは荒事に……、荒事に慣れすぎていたのだ……。

 そんなうちにも、海賊たちはロープ付きのかぎ爪をこっちの船に引っ掛けたりと襲撃を進めている。

 屈強な船員たちはそれを阻もうとするが、魔法を使える海賊がまずこっちに飛び込んで来て牽制しているために上手く行っていない。

 やがてロープを登り切り、海賊たちは勢揃い。

 海賊たちは誰もが素手であったが、撃退しようと向かってくる船員たちを逆に叩きのめし、彼らが手にしていた武器を奪って武装した。

 なるほど、いちいち嵩張る得物を装備しての活動よりも、その身一つで突撃し、制圧して武器を入手した方が効率的と言えば効率的。

 もちろんそれをやりとげられるだけの実力が必要だが、この海賊たちはそれを可能にするほど鍛えているようだ。


「あの人たち、普通に冒険者やった方がいいんじゃないですかね?」

「だよなー」


 もっと他に平和的な稼ぎ方もできると思うのだが……、誘拐ビジネスはそんなに儲かるのだろうか?

 まあなんにしても、おれたちの乗る船を襲った時点でもう命運は尽きている。

 いくら備え、鍛えていても、運が悪いとどうにもならないというのは切ない話だ。

 さて、船員を叩きのめした海賊たちなのだが――


「この船は俺たちが制圧した! 大人しく指示に従えば痛い目に遭うことはない! まずは集まってもらおうか! 妙なことはするなよ! 反抗的な奴は海に放り込んでクラーケンの餌にしてやる!」


 怯える乗客たちは海賊たちの指示に従い、おれたちもそこに混じって素直に船首の甲板へと向かった。

 とりあえず従ったのは、ちょっと内輪で意見が合わなかったからである。

 未だ誤解したまま楽しんでいるクロアとセレスの二人は、誤解は解けたけど楽しんでいるミーネと方針の決定待ちなコルフィーに任せ、うっかり三人組であるおれ、シア、リィ、ここに良識あるアレサを加えての四人で海賊をどうするか話し合っていた。


「どうしましょう、こんなこと初めてです。もうどうにでも出来てしまうので、どうしたらいいか迷います。せっかくのこの日を台無しにしてくれたのです、なるべくなら痛めつけて生まれてきたことを後悔させてやろうとは思うのですが、手加減を間違うと後悔させる前に殺ってしまうので……」


 困惑するシアにリィが同意する。


「そうだな、そういうのをクロアやセレスに見せるのはよくない。あんまり残酷な様子もだ」

「おれがビリビリーってして、そのうちにみんなで縛りあげたら?」

「それじゃ面白くもなんともないだろう」


 おれはとっとと制圧してしまう派だが、シアとリィは痛めつけるギリギリのラインを相談し合っている。

 まあ二人がそうしたいと言うなら従うが……


「猊下、どういたしました?」

「ん? ああ、前にルーの森に行った時も騒動になったし、おれってクロアやセレスと一緒にお出かけしないほうがいいのかなぁって……」

「「……」」


 せっかくの弟妹サービスだったのに、しょんぼりである。


「リィさん、もうとっとと殺ってしまいましょう」

「いえいえシアさん、そんなあっさりでは駄目ですよ。たっぷり反省していただき、その後にじっくりと罪を償ってもらわなければ」


 今度はシアとアレサで意見が分かれた。

 そんななか、乗客が集まったところで海賊が言う。


「この中に魔導袋を持った子供がいるだろう! 大人しく名乗り出てそいつを渡すんだ! そうすれば手荒なことはせず、大人しく立ち去ってやってもいい!」

『………………』


 おれたちは沈黙した。

 なるほど、市場でのミーネの派手な仕入れが裏社会の方々に広まって、それでこの襲撃となったわけか。

 確かに旨味のある話――、なわけがない。

 もうちょっと調べる努力をすれば、その魔導袋を持っているのが誰かくらいわかっただろうに。


「はあ……、とりあえず片付けるか」

「ですねー」


 と、おれたちはそろそろ海賊退治を始めることにしたのだが――


「おい! 浜辺が妙なことになっているぞ!」


 そこで海賊の一人が浜辺での異変に気づき声をあげた。

 湾岸警備隊みたいなものでも出張ってきたかと思ったが――


「……え、何してんのあいつら?」


 浜辺に集まっていたのは闘士たちであった。

 一人の闘士が海に向かって浜辺をダッシュ、大きく跳躍すると先に海に飛び込んで浮かんでいた同志を踏みつけ、さらに跳躍。

 そして着水すると、今度は自分が次の同志のため足場となるべくその場に留まった。


「闘士さんたち、ああやってこっちに来るつもりなんでしょうか? もう明らかに人数足りてませんが……」

「だよな」


 確かに浜辺からかなりの距離を稼いではいるが、いくらなんでも無理である。

 まったく意味をなしていない。

 そんな状態で残った二人の闘士は……、たぶんサーヴァスとダルダンだ。

 まずはサーヴァスが先に駆けだし、それをダルダンが追う。

 二人は闘士たちを踏みつけてぴょんぴょん跳躍を繰り返し、最後に大きく跳躍すると着水。

 それからは猛烈な勢いでこちらに向かって泳ぎ始めた。

 凄い勢いだ。

 水しぶきが高々と上がり、まるで人型のモンスターボートのようである。

 つか最初から泳げよ。


「あの妙なの、こっちまで来るつもりですぜ!」

「任せろ!」


 そう言ったのは魔法が使える海賊で、そいつは迫る筋肉二体に向けて魔法をぶっ放す。

 ずどーん、と盛大に水柱が上がり、それが収まったときダルダンとサーヴァスの姿は海上に無かった。


「やったか!?」


 あ、そんなこと言ったら……!

 ひどいフラグ立てにおれがうんざりした時、その予感が確かであったことを証明するように二人が海中から飛びだした。

 それぞれ角イルカにまたがって。


「何だあいつら!?」


 驚く海賊。

 まったく、大したビックリショーだ。

 ダルダンとサーヴァスは角イルカの角を掴み、まるで操縦でもしているようにこの船に迫ってくる。


「くそっ!」


 魔道士くずれ海賊はさらに魔法で攻撃するが、角イルカにまたがる筋肉二体はどーん、どーんと上がる水柱の間を縫うように蛇行しながら臆すことなく迫ってくる。

 その様子は無駄に迫力があり、クロアとセレスは喜んだ。


「何なんだ、何なんだよあいつらはよぉ!」


 哀れな海賊たちは驚き、乗客たちは筋肉二体が敵か味方かわからないために戸惑っている。

 やがて筋肉二体が船のすぐ近くまで来ると潜水。

 そして長い潜行をへて水面をぶち破り宙へと飛びだした。

 しかしいくらなんでも高さが足りない。

 だが――


「「とうっ!」」


 二人はそこでまたがってきた角イルカを足場に跳躍することで問題をクリア。

 そしてずぶ濡れの筋肉二体が甲板に下り立った。


「な、な、なんだてめらぁ!?」


 もはや海の魔物と言っても過言ではないような筋肉二体の登場に海賊たちは度肝を抜かれたようだ。

 乗客も同じで、連れられているお子さんは怯えているが、うちの弟妹は二人を知っているのできゃっきゃと喜んで拍手した。


「海賊どもよ、蛮行もそこまでだ!」

「大人しく投降することを薦めるのである!」

「な、なんだとコラァ! おい、切り刻んで魚の餌にするぞ!」


 海賊たちが筋肉二体へと襲いかかる。

 無謀にも。


「ははっ、我らに挑むその勇気だけは認めよう! しかし足らぬな、筋肉が圧倒的に足らぬ! 教えてやろう、筋肉の素晴らしさを!」

「いつもならば敢えて受けとめるところであるが……、今は子らの目がある故、流血するわけにはいかぬのである! 無念、無念、この無念を力に変え、我が輩が諸君らにお仕置きするのである!」


 そして戦いは始まったが、どちらが勝つかなんてわかりきった話だ。

 筋肉二体の戦いぶりはまさに鎧袖一触。

 その筋肉の鎧が触れただけで、いともたやすく海賊たちはやられていく。

 正確には張り手一発。

 突っ込んでくる海賊に叩き込まれる張り手は、発射でもされたように海賊たちを宙に舞わせ、そのまま海にジャポーンさせる。

 ちゃちな魔法なんてなんのその、筋肉無双は止まらない。

 海賊たちはそれなりに手練れであったようだが、ダルダンとサーヴァスはそのさらに上をいっているのだ。

 やがて、あらかたの海賊を海へジャポーンさせたところ、残り数名となった海賊は敗北を悟ったか、自ら海へと身を投じる。

 これでこの騒動も終い。

 そう思った矢先――


「うわぁぁぁぁ――――ッ!?」


 下から海賊の悲鳴が上がり、奴らの乗ってきた小舟の一隻が高々と舞い上がった。

 何事か。

 事態を把握しようと手摺りに近寄ったところ、どんっ、と巨大な触手が船の上に叩きつけられた。

 そしてこの船を浮き代わりに、ずももも、と海中より姿を現したのは赤銅色のぬらぬらとした――。

 でかいイカ。

 クラーケンだ。

 あー、大騒ぎしてたせいで餌があると思って来ちゃったか……。


「うわぁぁ! クラーケンだーッ!」


 乗客の誰かが悲壮な声をあげ、その恐慌は一気に伝播する。

 筋肉二体の活躍で助かったと思った矢先のこの巨大イカ。

 絶望からの希望、そしてまた絶望、これが精神的に良くなかったのだろう。

 そしてそんな状況でも――


「兄さん! すごい! 大きい! すごいすごい!」

「イカ、おっきい! しゅごーい!」


 クロアとセレスは目をきらきらさせ、めちゃくちゃ喜んだ。

 まったく二人は大物だな。


「……、じゅるり」


 ミーネはもう少し小物になった方がいいと思う。

 そしてそんなお嬢さんの腕の中では、ネビアが「みゃーみゃー」激しく興奮していた。

 野生に目覚めたのか?

 それともだたの食い意地か?

 まあ食い意地だろうな。


「たーすけてー!」

「誰かなんとかしてくれー!」


 海へジャポーンした海賊たち数名がクラーケンの足に捕まっている。

 うーん、このまま口に運ばれたらグロいことになるので、それは二人には見せたくないし、助けないといけないか。

 それにこのままだと最悪船が沈没する。

 それはちょっと面倒だ。

 まあさすがに大丈夫だとは思うが、念のためもう少し様子を見てからピヨに巨大化してもらい、クロア、セレス、コルフィー、それからおまけのネビアとメタマルを浜辺へ運んでもらうことにしよう。


「んー、イカって雷撃は効きますかね?」

「効くだろ。私が燃やすよりはよさそうだな」

「せっかくなんで綺麗な状態で倒しません? アプラちゃんで斬りつければなんとかなると思います」


 などと相談していたところ――


「坊ちゃん方に何をするかーッ!」


 そう叫びながらすっ飛んできたのは、別行動で観光させていたデヴァスだった。

 観光中に騒動を聞きつけたにしては来るのが早すぎるので……、おれたちが乗る船を見に浜辺に来ていたのかな?

 きっと巨大イカに船を沈められるのはまずいと、慌てて飛んできてくれたのだろう。

 デヴァスは船に取り付いたクラーケンにしがみつき、引きはがそうと奮闘する。

 竜と巨大イカの戦い――大迫力だ。

 これにはクロアとセレスはもちろん、乗員乗客も歓声をあげてデヴァスを応援した。

 たぶん恐怖と緊張が振り切れてしまったのだろう。

 まあ……、そろそろ幕だな。


「デヴァス! 一旦離れてくれ!」

「はい!」


 おれはデヴァスを離脱させると、強雷撃をイカに叩き込む。

 感電するイカ。

 そして――


『ああぁぁぁ――――――ッ!?』


 ついでに感電する海賊。

 その隙にシアが船にくっついていた足をアプラで攻撃。


「えいっ、えいっ」


 斬りつけるのではなく、切っ先をざくざく刺すという地味なもの。

 それでもアプラの持つ効果――『命あるものへの呪詛』はイカに浸透していき、やがてイカは力無くでろーんとする。

 劇的でもなんでもない終わりとなった。


「このイカって食べられるのかな……?」


 おれが一人呟いていると、これに船員が答える。


「食べられます。普通のイカよりも美味しく、仕留める難易度もあって高級食材扱いです」

「ほうほう」


 高級食材なのか。

 でもこの量はさすがに持てあますな……。

 仕留めたイカをどうするかはあとで考えることにして、ひとまずデヴァスに浜辺まで引っぱっていってもらう。


「悪いな! 妙な仕事させて!」

「いえいえ! それではまた後で!」


 先にデヴァスを岸に向かわせ、それから船員たちによって海でぷかぷかしている海賊たちの回収作業が行われる。

 おれたちはのんびりその作業が終わるのを待つことになったのだが――


「雷撃を使う黒い髪の少年……、金と銀の髪の少女、赤い髪の聖女……、レイヴァース卿!?」


 乗客の一人がおれが何者かに気づいた。

 つかどういう識別法だよそれ……。


    △◆▽


 おれが話題のレイヴァースとわかって乗客のみならず乗員も盛りあがった。

 妙に持て囃されても困るので、事の発端――海賊たちの標的がおれたちであったことを説明してみたのだが、今度はなんと間抜けな海賊だと結局盛りあがった。

 その盛り上がりは港に戻ってからも続き、いや、むしろそれからが本番となった。

 ごく一部の者たちに、密かに囁かれていたおれの噂がここにきて大々的に知られるようになり、興味本位で無駄に人が集まってしまったのだ。

 さらに海賊を一網打尽、海の魔物を退治という話もどんどん広まっていく。

 海賊連中を退治したのは筋肉二体なのだが……。

 人づてに伝播してく話を訂正することなど出来ないので、取材に来た記者には船上で起きたことを正確に伝えておいた。

 すると同席していたサーヴァスが言う。


「訂正せずともよかったのでは?」

「これで倶楽部の人気があがったらやりやすいだろ? つか本当に頑張ったのはおまえたちなんだから」


 それからおれは忙しくなった。

 まず冒険者ギルドで海賊にかけられていた賞金を受けとる。

 手続きが発生してしまったため、これはおれとアレサ、それからサーヴァスで対応することにして、他の皆には帰還までの時間、引き続き観光を続けてもらうことにした。

 受けとった賞金は倶楽部の運営資金にとサーヴァスに全額渡す。

 サーヴァスは遠慮したが、そもそも海賊たちを倒したのはおれじゃなくてサーヴァスとダルダンだ。


「ありがとうございます。今回のことで闘士が広く認知されましたので、支部の立ち上げに弾みとなるでしょう」


 おれにとっちゃゲンナリな話なのだが、おれの見ていないところでもこうやって活躍するならそれは世の為になる。

 ならまあ……、悪い話ではないのではなかろうか?

 それから次はクラーケンの処分。

 持って帰るにはいくらなんでもでかすぎるため、解体した一部をもらい、あとは漁業ギルドを介して売却することにした。

 そしたらおれが仕留めたということで謎のお祭り価格。

 それでも次々と売れていき、仲介手数料を引かれても結構な金額が残り、結果として資金が増えた。

 おれは観光に来ていったい何をやっているのだろう?


    △◆▽


 手続きをすべて終えた頃にはもう日が傾き始めており、そろそろ帰還する時間となっていた。

 くたびれたおれはアレサに手を引かれながら宿に向かい皆と合流。

 それから行きすぎたサービスを提供してくれた宿の人たちに深く感謝をする。

 本当にここまでするほどの価値がおれにあったのか。

 わからない……。

 せめて、からぶりサービスでないことを祈るばかりだ。


「またのお越しを心よりお待ちしております」


 竜と化したデヴァスの背に乗るおれたちをお見送りしてくれる宿の人たち。

 来るのはいいんだけど、次はちゃんと支払いをさせてくれるのだろうか?

 まあ何にしても来られたらいいなーと思う。

 そんなことを思うおれの前にはクロアが座っており、出発してすぐの段階で電池が切れたみたいにこてんと眠ってしまった。

 ふり返ってみれば、後ろでシアに抱えられるように座っているセレスもころんころんに眠っている。

 ちょっと騒動も起きてしまったが、二人とも満足してくれたんじゃないかなーと思える、安らかな寝顔。

 たぶん弟妹サービスとしては成功だろう。

 おれの休暇については深く考えないことにする。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/15

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/12

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/25

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/03


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