第541話 14歳(夏)…魔導機構剣とクロアの魔剣
ザナーサリー国王から依頼された、神に奉納する特別な剣の製作。
当初は付き合いで仕方なく引き受けたものだったが、状況が一転して現在ではおれにとっても重要な計画へと変化していた。
この剣を完成させ、うまいこと武具の神に気に入ってもらえた場合は祝福を貰えるかもしれず、これによっておれは体に起きている異変を抑え込める――、かどうかはまあ謎だが、少なくとも現状よりはマシになるはずだ。
ヴァイロでの騒動の結果、この剣の製作計画には大工房が全面的に協力してくれることになり、現在、担当者として大親方のレザンドが我が家に通うようになっている。
ひとまずこちらで設計し、まとまったところで大工房に戻って実際に試作という手順で考えているようだが――
「あのー、大親方がこっち来ちゃってていいんですか?」
大工房のトップ自らが現場で設計から関わり、各工程が速やかに行われるよう監督もしてくれるのは確かに有りがたいことである。
しかし、少し大げさなのでは……。
このおれの言葉に、レザンドは苦笑しながら答えた。
「今の大工房にはこの仕事以上に重要な仕事など存在しない。だから良いのだ。何の問題も無い。試みが上手く行けば、武具の神に認められるほどの武器製作に関われたことにもなるしな」
そうおれを納得させたレザンドだが、現在はクォルズの所に居候している。
ただ、最初に訪問したときはクォルズの奥さんに料理に使うのし棒でしこたまぶん殴られたようだ。
「娘を危険な目に遭わせたわけだからな、仕方ないことだ。むしろこの程度で勘弁してくれるとは、クォルズの奴は良い妻を得た。ふむ、ティアウルも成長すればああなるのか……?」
「それはちょっと想像できないですね」
ティアウルが肝っ玉母ちゃんになるのは想像できないが……、子供が生まれ、母親になれば変わるのだろうか?
さっぱりした性格は似ているような気がするし、まったく有り得ない話というわけでもないのかもしれない。
こうしてひとまず居候を許されたレザンドは、クォルズと一緒にこの屋敷へと通い、ひたすら魔導機構剣の設計に取り組んでいる。
設計図を描いては木や粘土でもって模型を作り、実際の形にしてみてこの複雑な機構を持つ剣がただの飾りではなく、ちゃんと武器として使える強度を持つか、重量はどれくらいになるか、バランスは適切か、といった確認を念入りに繰り返している。
そして日が暮れたら父さんや妖精たちと酒盛りを始める。
みんなちゃんと仕事をやっているだけに何も言えず、むしろ始末が悪かった。
こんな感じで進められる剣の製作計画だが、すべてをヒゲ二人に任せきりというわけではない。
ヒゲ二人が担当するのは武器としての完成度であり、そこにデザイン担当なおれの意見、そして回廊魔法陣技術者としてのリィの意見が加味されることになるのだが、まあおれは不可欠ってわけではない。
肝心なのは武器としての完成度と、そこに組み込まれる回廊魔法陣、この二つである。
ぶっちゃけこの二部門が意見を擦り合わせて剣を完成させてしまってもおれとしては問題無い。
だがこの二部門の『擦り合わせ』がなかなか上手くいかなかったりするのだ。
ドワーフとエルフ。
別にこの世界では仲が悪いわけではないが、ヒゲ二人とリィはよく怒鳴り合うことになっていた。
「わからん奴じゃの! それでは機能的ではないんじゃ!」
「しゃーねえだろ! こうしないとこっちがちゃんと機能するか怪しくなるんだから! ここはもっと面積がいるの! 太くしろ!」
「うーむ、それでは重心がおかしなことになる。機能的に意味のない厚みなど美しくない」
「そうじゃそうじゃ、うまくいかないのはお前さんの怠慢じゃ! 職人なら思い描いた形にばちっと決められるよう努力せんか!」
「いや私は職人じゃねーし!」
それぞれの観点からの主張がぶつかり合う。
譲り合い精神は存在しなかった。
「ええい、わからん小娘じゃの!」
「お前らより年上だ馬鹿!」
「婆め……」
「んだとコラー! てめえら表出ろ! その髭炙ってチリチリにしてやんよ!」
大人げない口喧嘩はだいたいヒートアップし、結果としてその日は製作が進まなくなる。
このように、剣の形状については難航していたが、使う素材についてはもう話し合い初日にすんなり決まっていた。
まずメインには王金を使い、回廊魔法陣を構成する線は溝に霊銀を埋めこむことになったのである。
なかなか贅沢な話だ。
特に王金、メインに使えばえらい金額になるところだが、そのあたりはヴァイロ持ちなので気にするなと言われた。
「なに、王金は奴の残骸を精製すればいくらでも作れる。これでようやく無駄に集めた王金を活用できるわけだ」
がははー、とレザンドは笑う。
このところレザンドはよく笑うようになっていたが、クォルズに「そろそろおまえも身を固めてはどうだ?」と言われると沈痛な面持ちになっていた。
「じゃあティアウルを嫁にもらおうかの」
「よし貴様、表へ出ろ。その髭全部引っこ抜いてやるわい」
髭二人によるレスリングは数時間にも及んだが、まあそんなことはどうでもいい。
剣の素材についてはほぼ確保の目処がたっていたが、もう一つ、加えておいた方がいいであろうレア素材の入手が問題となった。
まあ神鉄の針なのだが。
このところ針仕事はコルフィーに丸投げであったため、手元に無かったのである。
そこで仕方なくコルフィーにお願いして以前与えた針を返してもらおうとしたのだが――
「ぐぬぬぬぬ……!」
良い顔はしなかった。
以前ならば「もっと針仕事をすればいいじゃないですか」と言ったところだろうが、体に異変を抱え、冒険の書の製作で忙しいおれにそれを求めるのは酷であるという理性的な判断をしてくれた。
「くぴぴぴぴ……!」
もう良い顔をしないどころか、葛藤のあまり変顔になりながらもコルフィーはセルフコントロールを達成して神鉄の針を返してくれた。
来年、落ち着いたら針仕事するから。
それで出来た針はちゃんと渡すから。
△◆▽
リィが魔剣製作に時間をとられるようになったため、逆に回廊魔法陣の指導を受けていたクロアが暇になった。
申し訳ないことにおれ自身も忙しいため相手が出来ず、クロアには寂しい思いをさせていることだろう。
と、思っていたが、クロア自身はそうでもなかった。
それもこれも、よく一緒に居るようになったメタマルの影響だ。
金属に回廊魔法陣の線を刻む道具として活躍するメタマルだが、他にもクロアの武器になってくれたりと妙な親睦を深めている。
訓練場でクロアが見たことのない剣でミーネとチャンバラしてるなー、と思ったらメタマルだったのだ。
質量の関係上、剣の中身は空洞で金属バットのようなものだったが、それでも充分武器として使え、必要ならそこらの土を詰めて重量を増すこともできる。
メタマルはティアウルの斧槍――ミーティアのような身体強化は無いが、クロアの望むように形状を剣、短剣、棍棒、盾、部分鎧と、さまざまな形に変化させることができた。
何気に凄い。
いつの間にやら、クロアはこの兄のちゃちな短剣よりも、もっと凄い武器を手に入れていたのである。
ただ、メタマルをワイヤーにしてびょーんと屋根に跳び上がってるのを見たときは、凄いと褒めるべきか、危ないと注意すべきかしばらく悩んだ。
ともかく、クロアにとってメタマルは『妙な友人にして頼りになる装備』という不思議な関係になりつつあった。
「クロアちゃんが使える雷の魔術とも相性はいいでしょうし、これはなかなかですよ。もしかしてクロアちゃんって、もう冒険者ランクBくらいの戦闘力はあるんじゃないですかね?」
「あれ、もしかしてクロアってもうおれより強い?」
「変な能力抜きならクロアちゃんの方が強いでしょうね」
「あの、変な能力って言わないでくれる? 地味に切ないから」
「あらら、それはすみません。にしてもクロアちゃんって、何気に規格外一歩手前の高スペックですよねー」
「こ、これはもう来年あたり威厳崩壊かもしれん……!」
「いやですから、それは大丈夫ですって。クロアちゃんにとって強い弱いは関係ないんですから」
なんとなくシアに慰められる。
そんなクロアと仲良くなっていたメタマルだが、別に迷宮都市エミルスにいる本体――イールのところには戻らなくてもいいらしい。
なんでもメタマルはおれに対しての親善大使、もしくは権力者が身内を人質として送り出すような感じで、ここに残ることになっていたようだ。
でも、そういうのってまずおれに話を通してからやるもんじゃない?
なんでそっちで全部決めてんの?
言いたいことは色々あったが、相手はスライム、意思の疎通が出来るだけでも奇跡のような相手だ、多くを求めてはいけない。
ほったらかしにしているクロアの相手をしてくれているし、回廊魔法陣の製作に便利な道具としても活躍している。
基本は無害だ。
無害なのだが、やらかすこともある。
以前、皆と仕事に取り組んでいる最中、メタマルが相談にやってきた。
「ちょっと考えたんだけどヨ! おいらあれ、ヴァイロでのさばっていた元本体の分身みたく人型で生活してた方がいいかもしんねーナ!」
「うん? それは好きにしたらいいと思うが……、なんでまた?」
「そりゃあれダ、おいらに足をぶつけてごろごろする奴が週に一人はでるからだヨ」
「あー……」
状況としては、うっかり床に置いていたダンベルに足をぶつけるようなもんだからな。
「ならそうした方がいいかもしれないな」
「だよナ! じゃあさっそく――」
と、メタマルは人型――全裸の男性になった。
メイドたちからは悲鳴。
うん、そうだった。
現本体のイールにも服を着用するという習慣が無かった。
それからメタマル(人型)はシアの高速移動ヤクザキックを受け、窓をぶち破ってダイナミック退室。
これがきっかけとなってメタマルは人型になるのを禁止され、足をぶつけてごろごろする者がでる対策としてはそこに居ることがわかるよう、普段は風船のように膨らんでおくことが義務づけられた。
そのため現在屋敷は銀色のバランスボールみたいなものが動き回るという、ますます怪奇な状態になっている。
「ご主人さま、ご主人さま、さっきミーティアさんが膨らんだメタマルさんで玉乗りしてましたよ。セレスちゃんが喜んでいました」
我が家のメルヘン化はいったいいつ止まるのだろうか……?
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/11




