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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
9章 『奈落の徒花』前編
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第542話 14歳(夏)…勇者カルスの日記

 その日、デヴァスがクェルアーク伯爵領から帰還。

 二週間ぶりの再会となった。


「バートラン様はすでに屋敷に。都合の良い時、いつでも来てくれてかまわないと仰っていました」

「そうか、ありがとう。二、三日はゆっくり休んでくれ」


 時間がかかったのはクェルアーク家にある書物から、勇者カルスや魔王ガーリィに関する記述を書き写す作業を行っていたためらしい。

 だがそれらの資料は後世の人々によって執筆されたものが多く、当時の、まさにその渦中にあったカルスの日記と比べると資料的な価値はどうしても下がってしまうとのこと。

 なるほど、で、だ。


「みんな元気にしてたー? あ、クーエル、ひさしぶりね! アークもひさしぶり! ネビアはいる? お昼寝かしら? ってなんかすごくおっきい子がいる!?」


 着ぐるみピエロを見て驚いているのは、バートランと一緒にエイリシェまで来たミーネの姉――セヴラナである。

 うん、騒がしい。

 ミーネとの挨拶もそこそこにぬいぐるみに夢中になっている。

 ここ二年ほど冬にはこちらへ来ていたが、今回は『ちょうどいい・楽ができる・竜に乗ってみたい』という理由から同行してきたようだ。

 そしてもう一人――


「ヴィグ兄さん、おひさしぶりです!」

「ああ、クロア、久しぶり。また大きくなってるな」

「はい!」


 ミーネの下の兄――ヴィグレン。

 今年の冬にある程度カードゲームの企画をまとめ、試作をもする予定なので訪問は早い方がいいだろうと来てくれた。

 せっかくなので今日は二人を歓迎することにして、明日になったらさっそく日記を読ませてもらいにクェルアーク家へ向かうことにした。


    △◆▽


 翌朝、セヴラナが早々に屋敷へ遊びにやってきたが、そんなセヴラナと交代するようにおれはクェルアーク家へと向かった。

 これに同行するのは金銀赤、それから護衛の闘士たち。

 クェルアーク家に到着すると、闘士たちは客人扱いを辞退して屋敷の周辺に展開、警戒を開始する。

 なんか行動がどんどん洗練・先鋭化されていてちょっと恐い。

 一方、おれたちは普通に歓迎され、おれはさっそく日記を読ませてもらうことに。

 特別に読ませてもらうものなので、皆を応接間に残しておれは別室に向かうことになったのだが――


「お爺さま、私も読んでみたいの」


 そこでミーネが祖父におねだり。

 バートランはちょっと驚いた顔をしたものの、すぐに何か納得したように頷いて言う。


「ミーネも読む資格はあるか……」

「おー! やたっ!」


 こうして急遽、ミーネも一緒に読むことに。

 それからおれとミーネはシアとアレサを応接間に残し、バートランの爺さんに案内されて書斎までやってくる。

 書斎は壁が全面本棚になっており、それとは別に両面に本を収められる開放型の書架が四つある。

 個人としてはけっこうな蔵書量だ。

 そんな部屋の中央には広い机があり、その上には一冊の本。

 ごつい装丁で、よく見れば中央の飾りは魔石だった。


「これは……?」

「装丁は劣化を防ぐための魔道具になっているのだ。そのため多少は手荒く扱っても構わぬが……、限度はある」

「むぅ……、お爺さま、どうして私を見ながら言うの?」


 そりゃもう、心配だからだろう。

 バートランは口を尖らせる孫娘を見て苦笑し、それからその頭を撫でる。


「初代は初代、ミーネはミーネだ」

「うん……?」


 祖父が何を言いたいのかわからずミーネは困惑したが、バートランはそれ以上なにも言うことなく静かに退出してしまった。

 書斎に二人きりになったおれたちは、ひとまず日記を読むことに。

 ただ椅子が一つしかないため、おれはミーネと半分ずつ、イス取り合戦のラスト一脚に同時に座ったみたいな状態で体を寄せ合うことになった。


「そうだ、私があなたの膝に座れば……!」

「それおれが読めないから。ぜんぜん名案じゃないから」


 閃いたーっ、みたいな声して何言いだしやがるのか。

 ともかくおれとミーネはくっつき合って日記を読み始めた。

 読む速度はおれの方が遅い。

 これはミーネがただ内容を知ろうとしているだけに対し、おれはなるべく情報を――行間すらも読もうとしているからだ。

 さらに気づいたこと、疑問に思ったことをメモしているため余計に時間がかかる。


「早く、早く」

「待って、待ってって」


 うりうり、と肩で押してくるミーネを押し返しながらの読書。

 しまったなぁ、今日のところは一人で読ませてもらえばよかった。

 ミーネに邪魔されながらもおれは読み進めたが、まず把握したのはこの日記、勇者カルスが魔王ガーリィの誕生を知ってから討伐するまでの記録であるということだ。

 日記はカルスがガーリィを倒すと決意した日の記述から始まる。

 魔王が誕生したときカルスは母国を離れていた。

 そこで自分の幼なじみ――アヴァンテが魔王になり、ガーリィ・スラックと名乗っていることを知ったのだ。

 カルスは旅の時々で過去のことを思い出し書き綴っている。

 そのため、日記にはその日あったことが綴られてはいるものの、それ以上に現在へ至るまでの経緯――過去の内容の方が多かった。

 それは魔王ガーリィ――アヴァンテとの出会いから、過ごした日々のこと。

 そのなかで気になったのは二人の称号だ。

 魔王の季節が近いという理由から、勇者捜しのため国が手当たり次第人々を鑑定していった結果判明した二人の称号。

 カルスはミーネと同じように〈勇者の卵〉。

 そしてアヴァンテなのだが、こちらはおれと同じ〈小悪党〉だった。

 ふむ……。

 意味ありげな感じもするが、これはただ『同じ』ってだけの話だな。

 だがもしおれが魔王になったりしたら、それを倒すのはミーネなのだろうか?

 そんなことを考えていたところ――


「えい」


 ぽこっ、とミーネに叩かれた。


「さ、続きを読みましょう」

「ちょい待て。今なんで叩いた」

「たいしたことじゃないわ。それに説明すると長いし」

「長い? べつに急いでるわけでもないからちょっと言ってみ?」

「そう? うんとね、このご先祖さまと魔王の称号って私たちと同じじゃない、私が勇者で、あなたが魔王で。それでふとね、あなたの実家にいるとき――、覚えているかしら? 今作っている魔剣の元、あの木の剣を私が見つけて、あなたに『でたわね魔王』って斬りかかっていったじゃない」

「お、おう」

「そしたらそこで私は初めて魔術を使って、おばさまは私が魔術を使うには剣がいるって話をしてくれたわ。魔術が使えるようになって、私すっごく嬉しかったのよね。それで私は改めてあなたに勝負を挑んだんだけど……、魔術を使うよりも前に雷撃でやられたのよ。それを一気に思い出して、なんかイラッとして叩いたの」

「本当にたいしたことじゃねえな!」

「だからそう言ったじゃない」

「うんまあそうだけどね! つかそれはいいとしても、なんだよその思い出し怒りは!」

「だってー」

「だってじゃねえ。あー、まあいい。続きだ続き」

「はーい」


 釈然としないが、今は読み進める方が重要だ。

 称号についても少し考えたかったが、これは後回しにして『称号? 決定している何か。神? もっと自動的な何か?』とメモだけしておく。

 それからおれは日記を読み進めたのだが――


「アヴァンテってけっこういい人だったみたいね。あと女の子みたいだったって書かれていたけど、どんな感じだったのかしら? 花のようって言われても、どういうことかよくわからないし。うーん、あなたが女装したときみたいなのを想像すればいいのかしら?」

「あの、ミーネさんや、おれ集中したいから静かにね?」


 ミーネが思ったことをよく喋るせいで微妙に集中できない。

 一緒に映画を見るとあれこれ意見を述べて面倒なタイプだ。


「……じゃあご先祖さまの方はどんな感じだったのかしら? 自分の日記だからそのあたりが書いてないのは残念ね……」

「耳元でヒソヒソすればいいって話じゃなくてね!?」


 もうはっきりと「読み終わるまで喋らないように」と念を押し、ようやくお嬢さんは黙る。

 まあすぐに喋るようになるのだが。

 それでも頻度は減ったので、おれはかまわず日記を読み進める。

 それからの日記は魔王を倒すため――、いや、アヴァンテを止めるために母国へ向かう過程の記録となっていく。

 入ってくる情報は悪いものばかり。

 周辺国が派遣した兵は壊滅したとか、生き残りの情報では母国の首都は滅び、死体しか無かったらしいとか。

 情報のすべてを信じるわけではないが、自分一人が向かっても敵わないと考えたカルスは予定を変更して協力者を捜し始める。


「ここでシャロ様を頼るという発想にいきついたカルスの賢明さ、実に素晴らしい……」


 もうシャロ様に頼れば間違いないのだ。

 それからカルスの旅はシャロ様を捜す人捜しに切り替わり、ようやく会えたのはザッファーナ皇国でのことだった。


「ねえねえ、シャーロットが竜になった竜の王様をぼこぼこにしたって書いてあるけど……、どんなことしたのかしら?」

「いやそれをおれに聞かれても……、ぼこぼこにされた本人はまだ生きて王様やってるらしいけど、そこは触れちゃいけないところだろうしな。以降、乗り物扱いされても文句一つ言わないくらいなんだから」


 おれも気になるところであったが、まあこれは本題ではないから諦めよう。

 それからカルスはシャロ様と行動を共にするようになり、そこには勇者の一人となるベルガミアの王子も含まれている。

 竜皇はなんか乗り物扱いなのだが……、勇者とは違うのかな?

 小さな疑問は幾つも生まれるが、そこを気にしていても仕方ないのでメモだけして読み進める。

 だが、中には無視できないものもあった。


『彼女は自分の名を忌避している。

 それは私が日記に書きこむことも許可しないほどにだ。

 いったい彼女の名前はなんなのだろう。大魔導師である彼女の力をもってしても、変えることのできない名前』


 全おれが泣いた。


「シャ、シャロ様……、シャロ様……!」

「はいはい、そろそろ次いきましょ、次」


 めそめそしていたらミーネにうっとうしがられた。

 それからも活動は続き、やがて勇者カルスは魔王ガーリィ、いや、かつての友である変わり果てたアヴァンテの元へと辿り着く。

 そして偉大なるシャロ様の活躍によって魔王アヴァンテは倒された。

 倒されたのだが……、そこにカルスの喜びは無い。

 世界を救ったとか、最高の栄誉を得たとか、そんなものはいっさい無く、シャロ様に殺してもらうことでしか友を止められなかった自分の不甲斐なさを嘆いている。


「ふあー……」


 ご先祖の魔王殺しの物語を読み終えたミーネは放心。

 魔王を倒した勇者は王から領地を与えられた。

 こう聞くだけならばサクセスストーリーだが、実際はそうではなかったようだ。

 あー、面白かった、とはいかない、ハッピーともバッドとも言えない結末はミーネにとって衝撃だったのかもしれない。

 そしておれはというと、この『日記』に対して根本的な疑惑を抱くことになっていた。


    △◆▽


 その夜、クェルアーク家から戻ったおれは仕事部屋にてバートランの爺さんが渡してくれた、勇者と魔王についての記述を書き写した紙の束に目を通していた。

 信用度においては日記に劣るものの、なかには勇者御一行と関わった人々の証言もあり、そこには日記には存在しなかった情報も含まれているためバカにはできなかった。

 日記で勇者とはっきり記述されていたのは当人であるカルス、シャロ様、それからベルガミアの王子の三名だったが、世間的には竜皇ドラスヴォートも勇者の一人となっている。

 それからあと二人。

 不思議な力を持つ女性と、凄腕の剣士が居たとか居ないとか。

 たぶん女性はロールシャッハなんだろうな、と予想がついたが、もう一人の剣士についてはまったくの謎である。

 魔王討伐後は記録が無くなるため、途中で別れたか、それとも命を落としたか、それくらいの想像しかできない。

 すべてを読み終えたおれは、それからしばし物思いにふける。

 そこにシアが「そろそろ寝ましょー」と迎えに来た。


「んー? なんか気になることでもあったんですかー?」


 考え込むおれの様子を見たシアが尋ねてくる。


「気になると言うか……、まあその通りなんだが、今日読ませてもらった日記がな……」

「内容におかしなところでも?」

「いや、内容はおかしくない。ただ、出来すぎていると思った」

「出来すぎ……? 盛りまくった作り話ってことですか?」

「あ、いや、そうじゃなくて……、その作りがってことで……、要は読みやすすぎたってことなんだ」

「読みやすすぎた?」

「ああ、三百年前つったらシャロ様でも手を焼いていた結構な暗黒時代だ。そんな時代に生まれた下級貴族の者が、あんなに読みやすい話を書けるものか?」


 話の始まりに目的とその目的を抱く理由、退屈な旅の様子は必要な情報だけに搾り、逆に過去のエピソードは読む者を飽きさせないようとするよう多めに挿入されている。開示されていく情報。そして魔王の元に辿り着く直前、過去の記述では袂を分かつことになったそのエピソードに触れているなど、ちょっとタイミングが的確すぎる。

 なんだか『勇者の日記を模した創作物』のように感じたのだ。


「でも作り話ではないんですよね?」

「ああ。おそらく日記はちゃんと記していたんだろう。だが今日おれが読んだ日記は、その日記を再構築して日記風の物語に仕立てたものなんじゃないかと思うんだ。となると、あんな現代的な構成を指導できた人なんてシャロ様しかいない。なら何か意味があるとは思うんだが……、それがさっぱりわからん」

「そんなことを考えていたんですか。もしそうだとして、そんなのよく気づきましたね」

「やたらと文章を書く仕事をしてるもんでね」

「あ、これはうっかり、つまらないことを言いました」


 たぶん冒険の書に取り組んでなければ気づけなかったことだろう。

 まあ気づけたからどうだ、という状態なのだが。


「あれは本当に真実を伝えるために書かれたものなのかな……」

「じゃあなんのためのものなんです?」

「それはわからんが……、思いつくのは、もっともらしい記録を残しておくことで、事実を隠蔽するため……とか?」

「当主にしか読ませないようにしたのは、創作物と気づく者を減らすためってわけですか」

「ああ。だがまあ……、悪巧みとかではないだろう」

「どうしてです?」

「シャロ様が関わるなら、それが悪いことのわけがない」

「……」


 自信を持って言ったところシアが黙った。

 そしてため息を一つ。


「はい、寝ますよ。もう皆さん集まってますから。ほらほら」

「いやおまっ、担がなくてもいいから、歩くから」


 おれはシアにぞんざいに担がれ、皆の待つ第一和室へと運搬されることになった。


※誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/03

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/29

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/18


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