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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
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第519話 13歳(夏)…筋肉の檻の中で

「再び大闘士殿の戦いぶりを拝見できるとは、なんという僥倖であろうか……!」


 いや、それおれじゃない。

 おれだけど、おれじゃないから。

 あんなの期待されても正直困るぞ。


「よいか皆の者! 大闘士殿の戦う姿をしかとその目に焼きつけよ! そしてこの決闘を子々孫々、末代に至るまで語り継ぐのだ!」


 はい、えらいことになってまいりました。

 こんな戦いを語り継ぐよう先祖から申し付けられることになる子孫はいい迷惑、気の毒という他有るまい。


「大闘士殿、さあさあこちらへ! 皆の者は大闘士殿へ挑む勇者たちをご案内するのだ! 決して逃さぬようにな!」


 おれはウッキウキのサーヴァスに連れられ、否が応でも決闘しなければいけなくなった勇者たちはダルダンを始めとする筋肉たちに包囲されて迷宮入口広場のど真ん中へと案内されていく。

 いいかげんおれもイラッとしていたこともあり、うっかり決闘を受けてしまったせいでお祭り騒ぎになってしまったが……、まあこれは仕方ないと諦めよう。

 勇者たちのおれに対する不満はどこかで発散させてやらないといけないもの、変なところで爆発されても迷惑だ。

 こうしておれと勇者たちは広場の中央へと移動させられ、大勢に見守られる中で決闘を行うことになった。

 おれは迷宮制覇者ということでこの都市ではそこそこ有名、そんなおれが決闘するということで観衆は弥が上にも盛りあがる。


「この決闘、闘神ドルフィード様より加護を授かったこの闘士サーヴァスが見届け人となろう! 取り決めは互いに武器無し、魔術・魔法の使用も無し、己が肉体のみによっての勝負である! 勝負はどちらかが地に伏し、戦闘不能と私が判断するまで行われる! 逃亡や降参は認めない! 双方、死力を尽くし存分に戦うように!」


 あいつが見届け人やるのはべつにいいんだが……、後半言ってることっていつのまに決まったの?

 勇者たちも困惑してるんだけど……。


「もし、この規則に違反した場合は我ら闘士が処罰する! 皆の者! 速やかに戦いの場を整えるのだ!」

『オウッ!』


 サーヴァスの呼びかけに、集まっていた闘士たちがおれや勇者連中を取り囲む輪となった。

 それは筋肉の牢獄。

 もう勝つか負けるか、雌雄が決するまで出ることは叶わない。

 そんな筋肉の輪に閉じ込められたおれはやる気が激減。

 このマッスルフィールド、まさかのおれ弱体効果である。

 一方の勇者たちとなると、おれをどうにかしなければ輪から出ることが出来ないという、背水の陣に似た効果がありそうである。

 なんで筋肉どもはおれを消沈させて、勇者たちを奮起させるようなことをしやがるのか……、もうわけがわからない。

 おれは「ムキムキどもが邪魔だなー」と思っていたが、理由は違えど同じく闘士たちを邪魔と感じる者がこの広場には多くいた。

 筋肉の檻のせいで決闘の様子がよく見えないと、見物人たちから不満の声があがったのだ。


「ぬぅ、これは……」


 人々からの不満の声に、倶楽部のイメージを良く保ちたいサーヴァスは戸惑ったが、ここでダルダンが声を上げた。


「サーヴァス殿! 我が輩、名案を思いついたのである!」


 そして筋肉二人は寄り添ってヒソヒソ。

 ろくでもない予感しかしないのは何故だろう?

 やがてサーヴァスが叫んだ。


「皆の者! 手をつなげ!」


 サーヴァスの指示により、彼を始めとした筋肉たちは仲良く手を繋いでより強固な輪――筋肉の檻と化した。


「よし! では回れ! 回るのだ!」


 いったい奴は何を言ってるのか……!

 脳筋の思考などもはやおれの理解など及ぶものではなく、筋肉たちはおれたちを囲む輪となったまま回り始めた。

 観衆からすればむしろ見づらくなっただけだが、筋肉たちはそれでも回るのを止めず、徐々に徐々に加速、やがて誰が誰か区別することも困難になるほど高速となり、そこからさらに加速した結果、回転する筋肉の輪は残像となって向こうとこちらが透けて見えるようになった。


「バカな……!? いやもうバカだ!」


 筋肉たちの超高速マイムマイム。

 風に踊るステップ。

 触れたら木っ端微塵のスキップ。

 この対応に見物人たちはにっこりだったが、もちろんおれはげんなりした。

 もうこのままバターになるか、浮力を得て星にでもなってくんねえかな、こいつら……。


「ご主人さまー! ご主人さまー!」


 するとそこで高速回転する筋肉たちの向こうから、シアが少し必死な声音でおれに呼びかけてきた。

 何かあったのか?


「どうしたー!」

「これがかの有名な『質量を持った残像』ってやつでーす!」

「おまえちょっと黙ってろ!」


 あれただ言いたかっただけだ。

 心配したおれがバカだった。


『では! これより決闘を開始する!』


 高速回転するせいで妙な具合に聞こえるサーヴァス声。

 この合図により、おれと勇者たちの戦いの火ぶたが切られた。

 勇者たちはおれを囲んだままなかなか襲ってこなかったのだが、やがて意を決したのが居たようで、そいつは背後からご丁寧に雄叫びを上げて突っこんできた。

 もちろん避ける。

 避けざまに足を引っ掛けたら、腕をバタバタさせながら壁になっていた別の勇者を巻き込んで転倒。追い打ちすべきところだが、なんかそれは過剰――弱いものイジメなようで気がひけた。

 ってか、もうちょっと張りきってもわらないと、こちらもやる気になれない。

 これでは怒ったシアに応戦している時の方が遙かに緊張感がある。


「あー、一応言っておくと、おれはあのゴブリン一体よりは強いからな? まあたぶんだけど」


 もうちょっと頑張ってもいいのよ、と暗に伝えてやると、それをバカにしていると思ったのか、勇者たちの士気がちょっと上がる。

 ボコボコにしてやるぜー、といった顔つきになり、攻撃的な姿勢でおれを取り囲む。


「ご主人さまー! 一度に四人です! 同時に四方の敵を倒せればもう数なんて問題ではなくなります! 地上最強の生物さんがそう言ってました!」

「だから黙ってろっての!」


 シアなら可能かもしれんが、おれはそんな芸当無理である。

 出来るのは地味な――、本当に地味な護身程度。

 父さんの訓練も、どちらかと言えば攻めではなく受けとして学んでいた。まあ父さんにしろ、ミーネにしろシアにしろ、おれより強いので相手をするとどうしても受けに回らざるを得ず、結果として勝手にそうなったというのもあるのだが。

 ともかくおれの基本は守りであり、最初に設定した〈雷花〉もスタンガンの代わりという実に平和的で慈愛にあふれたものだ。

 勇者連中に襲いかかって蹂躙なんてできたら話は早いが、変に自分のスタンスに合わないことをやってボコボコにされたら目も当てられないのでここはマイペースで行くことにする。

 さすがに数はいるからな。

 それからおれは襲ってくる勇者たちをひょいひょい避けたり、誘導して同士討ちさせたり、なるべく体力を使わない方向で対処した。

 関節を外すとか、骨をへし折ってやれば勇者たちはそこでリタイヤになるのだろうが、それはちょいやり過ぎかと思い、体力を使わせてバテさせる作戦だ。

 気分は闘牛士だったが、相手は猛牛ではなくせいぜい羊。

 たまに根性を見せておれの衣服を掴む者もいたが、そこからの動作が遅いので逆にその手を取って、幼少期の過酷な訓練のなかで何となく覚えた合気的な小技で地面に転がしてやる。

 実家に居た頃、シアが住みついてからの練習試合はシアとやることが多くなった。

 おれは気づいたら目の前に居て、あ、と思った瞬間には訳もわからず宙を舞っていたり、地面に叩きつけられたりするような奴を相手にしていたのだ。

 あの理不尽な速さ――、意識を加速していてもついて行けないからと身体強化までやることになったシアに比べれば、戦い慣れしていない勇者たちに捕まえられたとしても、何か次の行動を起こされる前にどうとでもできるのだ。

 うーん、こいつら相手とは言え、この人数をあしらえていることはシアに感謝すべきなのだろうか?


「ご主人さまー! あまい、あまいですよー! 本気で勝つ気なら倒れてる勇者さんの頭を踏みつぶすくらいのことしなきゃダメです! ほらさあ、ご主人さまの中に棲んでいる獣を解き放って! 急に恐い顔になって『私は嘘つきだ(メンチローゾ)』とか言って! ほら!」

「もうなんのネタかわかんねえよ!」


 つか解き放たれた『獣』で大惨事なんだよおれは!

 おれはシアに感謝しないことを心の中で誓い、引き続き勇者たちの相手をする。

 途中、うっかり勇者の突撃をいなす方向を間違え、高速回転する筋肉の壁にぶつけてしまい、弾き飛ばされた勇者が即座に戦闘不能となるという一幕もあったが、おれは順調に勇者たちを疲弊させていった。

 偉そうに力の差なんて言いたくないが、勇者たちが思うほどおれは貧弱なお子さんではないこと――、それはこの人数で何度挑んでも敵わず、疲れて動けなくなるまでに至ればいくらなんでも理解することだろう。

 やがて勇者たちの多くがへろへろになり、中には座り込んで立ち上がろうとしなくなる者も現れ始めた。

 もうこれおれの勝ちでいいんじゃないかな?

 ちょっとしんどい所もあったが、こうして三十四人という大人数を相手にできたのだ、おれもなかなかのものではないだろうか?

 まあ勇者たちが『死に戻り』で疲弊しているというのもあるだろうが、それでもこの戦績は立派なものであると思う。

 できればこの勇姿をクロアやセレスに見てもらいたかったが、あまり教育によろしくないものが周りでぐるぐる回っているため、もし二人を呼べたとしてもこれは諦めるしかなかっただろう。


『そこまでぇーい!』


 そこでサーヴァスの声が上がる。

 その声をきっかけに回っていた闘士たちの回転速度が落ち、やがて足を止めると互いに繋いでいた手を離した。

 サーヴァスとダルダンは筋肉の輪からはずれ、おれの方へとしっかりとした歩みで近寄ってくる。

 いや、目くらい回そうぜ、人類なら。


「少年、頑張ったであるな!」


 ダルダンはひょいっとおれを担ぎ上げて肩に座らせ、それを見たサーヴァス一つ頷き、それから観衆に向けて宣言をする。


「この決闘! 我らが大闘士――レイヴァース卿の勝利とあいなった! さあ! 歓声を上げよ! 称えよ! 勇者たちを打ち破りしは我らが大闘士、いや、今この時を以て勇者王と呼ぶが相応しい!」


 サーヴァスの言葉に応えるように、観衆は大声で「勇者王、勇者王」とおれの勝利を祝福し褒め称え始めた。

 きっとおれの様なお子さんが、大人たちをばたばた倒していくのが痛快で楽しかったのだろう。

 でもその勇者王とかいうのはやめてくれませんかね?

 なんかシアとミーネはお腹押さえて笑ってるし、歓声に紛れて聞こえないけど様子からしてアレサは勇者王叫んでるみたいだし……。

 だがそんな祝福の中――


「うがぁぁぁ――――――ッ!!」


 絶叫のような声をあげ、勇者の一人……、ブレッドだったか? ――が立ち上がった。


「何が……、何が勇者王か! 勇者の称号も無い子供を……、いったい勇者を何だと思っている! 勇者とは勇者の称号を持つ者であると何故わからん! これ以上、勇者を汚させるわけにはいかない!」


 一人で盛りあがるブレッドは、何やら小瓶を取りだした。


「不本意ではある……、が! このままでは悪に世界が呑み込まれてしまう! それは――、それは何としても止めねば! 例えこの身が滅びることになろうとも! それだけは止める! 何故なら、俺が勇者だからだ!」


 そう叫ぶと、ブレッドは小瓶の中身を一気に煽った。

 すると――


「ぐ、うぐっ、うおおぉぉ――――ッ!」


 ブレッドの体に変化があった。

 まるで空気でも入れられたように筋肉が膨れあがり、それは服がぱつんぱつんになって裂けてしまうほど。

 ずん、と踏ん張った足は石畳を踏み砕く。

 そんな筋肉ダルマと化したブレッドに触発されたのか、他の勇者たちも小瓶を取りだして一気に煽る。

 あー、嫌な予感、これは嫌な予感しかしませんよぉ……!


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/27

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/10

※さらに文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/30


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[一言] 自分も「修羅の門」ネタは好きです。
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