第518話 13歳(夏)…勇者たちの落日
迷宮都市エミルス、夏の『死に戻り』祭り二日目。
嘆きの門から次々と排出されてくるのは、おぞましいうめき声を上げる勇者たちである。
なんと悲惨な惨状であろうか。
この迷宮の繁忙期が突然やってきたような状況に回収係の皆さんは昨日に続き大忙しである。
しかし今日は道具が多く用意され、ちょうどいいことに力仕事バッチコイの筋肉集団が無償ボランティアとして待機していたため、ぬるぬる勇者たちの回収作業は昨日よりも速やかに行われていた。
そして、そんな様子を見守る都市の人々。
昨日の出来事が広まったのか、今日はずいぶんと見物人が集まっている。
実に悪趣――、いや、物好きなことである。
回収された勇者たちのぬるぬるが除去される間、おれは臨時本部となっている天幕にて迷宮内で起きたことの報告を行った。
内容は階層主の間でゴブリンが大量湧きしたこと、魔剣を手にしたゴブリンが妙な行動をとったこと、そして魔剣が迷宮に呑み込まれたことなどである。
「なるほど……、これは迷宮に何か変化が起きているということでしょうか?」
「どうでしょう、現状ではなんとも……」
委員会の人に尋ねられたが、おれとて答えられる問題ではない。
まあ答えられる奴は知っているが、そいつをここに呼ぶわけにもいかないのでこの場は不思議そうな顔をしておく。
「魔剣が失われてしまったわけですが、こうなると今回の試みは中止せざるを得ないのでは?」
大工房から来ているドワーフに話を振ると、彼らは唸りながらヒゲをわしわし、それから顔を見合わせて言う。
「魔剣を失ったのは痛いが、まあランクC――一番下のものじゃからな、そこまでの痛手ではない。じゃが、勇者たちの武器は放置されたにもかかわらず、あの魔剣がああして迷宮に取り込まれたということは、次を用意してもまた呑まれてしまう危険があるということじゃ」
「ランクCとはいえ、いくらでも用意できる物じゃないからのう」
「これは儂らだけで判断してよいことじゃないな。また一度オーレイに戻り、報告をしての判断待ちになるじゃろう」
これは迷宮での訓練は中止になるのでは――、と思っていたところ、何やら外が騒がしくなった。
なんだろうと出てみると、さっぱりした勇者連中が臨時本部前に集結し、うちの面々とネイたちに詰め寄って騒いでいた。
「いやだからさー、魔剣は迷宮に呑み込まれちまったんだって言ってんじゃん」
「そんなわけがあるか! 迷宮内では残して行った物はそのまま残っているという話だ!」
いきり立つ勇者たちに対応しているのはネイである。
他の面々はあきれ果てて何か言うのも面倒といった表情でネイと勇者たちを眺めていた。
ひとまずシアから事情を聞いてみる。
「もうなんとなく流れはわかったが……、どうしたんだ?」
「勇者さんたちがですね、魔剣はどこだって聞いてきてですね、迷宮に呑まれちゃったって説明したらこの有様ですねー」
「うん、そのまんまだな」
ネイは丁寧に説明したようだが、どういうわけか勇者連中はそれを信じようとせず、魔剣を返せと食って掛かってきたらしい。
そもそもおまえらの物じゃねえだろうに。
「むぅ! さてはあれだな! 誰も居なくなったことをいいことに我らの魔剣を盗んだのだろう!」
「なるほど、魔導袋持ちがいることだしな! 貴様らはその分け前を貰えることにでもなっているんじゃないか!」
「はあぁぁー?」
うんざりしたようなネイの声。
もうそろそろネイも限界なのではなかろうか。
「残ってたのは俺らだけじゃねえっつーの。案内してくれた探索者、それから大工房の奴らも魔剣が迷宮に呑まれるのを見てたよ」
「だがそれを証明する者は居ないだろう!」
「そうだ、口裏を合わせることは出来る!」
「んなことしてどうすんだよ。みんなにも分け前があるって?」
「いや、そこは黙らせたのだろう、そこに居るレイヴァースが!」
「我らの魔剣を欲し、その権力でもって圧力をかけたのだ!」
「…………」
ネイはもう何も言えず、ただ手で顔を押さえて項垂れた。
こいつらの中でおれはどんな巨悪になってるんだ?
ティアウルと面会すら出来ないおれにそんな権力あるわけねえだろうに……。
まあ何を言おうと信じないなら、無理にでも納得してもらうしかない。
おれはネイの前に出て言う。
「あのですね、ぼくらが魔剣を回収していたとしてですよ、そもそも迷宮内において拾得物は拾得者のものになるんです。なのでわざわざ嘘をついて隠す必要なんてないんですよ。それにあの魔剣は温情で大工房側から貸し与えられた物であり、あなた方に与えられたわけではありませんし、もし与えられた物であったとしても魔剣を残して死に戻りした時点であなた方はもう所有者としての権利を失っているんです」
どう足掻こうと魔剣は勇者たちの手には戻らない、そう説明した後に個人的なことも追加で言う。
「あとですね、なんでもかんでもぼくを悪くしたとして、それであなた方が本当の勇者になれるわけではないんですよ?」
すると勇者たちはぽかんとしたのち、なにやらブルブル震えだし、表情を厳ついものにした。
「も……、もう我慢ならん! 勝負だ、勝負しろ! 決闘だ!」
勇者の一人が言うと、他の奴らも決闘決闘と言い始める。
決闘かぁ……、昔やったなぁ、懐かしい。
あのとき戦ったレグリントは元気だろうか?
妹がしょっちゅう屋敷に湧くのをなんとかしてほしいんだが。
「これまでは子供だと見逃していたが……、ここではっきりさせてやろう! 生まれの地位に胡座をかき、好意につけこんで婦女をこき使いその功績をかすめ取る悪童め!」
ビシッとおれを指さす勇者の一人。
するとアレサはそっとおれの横に。
「猊下、ここは私が――」
「あー、アレサさん、ここはぼくが対処しないと意味ないので」
「しかし――」
「大丈夫、大丈夫ですから」
どうどう、と頭を撫で、アレサには下がってもらう。
金銀はどうなっているのかと見やれば、二人はわくわくと完全に見物人の目になっており、口出しせず成り行きを見守るつもりでいるようだった。
「で、決闘ということですが……、あなたがやるので?」
「そんなもの、無論我々全員でだ!」
「……は?」
「武器は無しの素手! 魔術・魔法もいっさい無し! 使用した時点で負けだぞ! 正々堂々、己の腕力のみでの勝負だ!」
「あー……、まあ武器や魔術・魔法無しはいいとしてですね、つまりぼく一人対、あなた方――三十四人ということですか? それを正々堂々と言うので?」
「ははっ、臆したか!」
「聞けよ」
なりふり構わないというのも勇気がいることだが、これはちょっと違うと思う。
「猊下……、やはり私が。この不届き者どもを木っ端微塵に……」
「あ、大丈夫ですから。はい、落ち着いて落ち着いて」
さらに撫で撫でしてアレサには下がってもら――、下がらねえ。
ならばと追加で撫で撫でしてギュッとしたら下がってくれた。
「まったく余裕ではないか! それとも戦うつもりなどないのか? ハッ、まあここで謝罪するならば、取りやめることも――」
「いいですよ。やりましょうか」
「んん!?」
おれがすんなり了承すると、どういうわけか勇者たちは動揺した。
「まあうちの女性陣に比べたらぼくなんて大したものではないことは確かなんですけどね、それでも一般的な尺度からすればそれなりのものだと思いますよ?」
例え相手が金銀でも、おれの作った服を着ていなければやりようもあるのだ。
雷撃が使用できる状況――通用するのならばどんな相手も勝てる……、とまでは言わないが、あっさり負けることはない。
もしかしたら一軍を相手にすることだって出来るかもしれない。
ただこの決闘、魔術の使用は禁じられている。
雷撃は目立つが、こいつらなら身体強化――〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉を使ったとしてもバレないだろう。
バレなければそれは不正ではない――、と言いたいところだが、こいつら相手にそんな引け目を折り込んで戦うのは御免である。
なので今回は普通に、体術のみでの決闘だ。
「ほ、本当に決闘しようというのか、我々全員とだぞ!?」
「なんで驚いてんだよ……」
もしかしてこれ、おれに「ごめんなさい」言わせるためだけの脅しだったのだろうか?
しかし、勇者たちは運がなかった。
もしおれたちだけなら「子供相手に決闘などできぬ」とか都合の良いことを言ってうやむやにも出来たのだろう。
だが、この話をボランティアに来ていたサーヴァスが聞いていた。
「なんと……、なんと! 大闘士殿が決闘を行われるぞ!」
サーヴァスが叫んだところ「うおー」と一緒に来ていた筋肉たちが歓声を上げる。
それが集まっていた市民や探索者――見物人たちの興味を惹くことになり、事情は瞬く間に伝播、突発的なお祭りにでも遭遇したように人々は盛り上がり始めた。
もう勇者たちは後に引けなくなった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/25




