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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
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第507話 閑話…ここにひとりの味方(後編)

「はい! まずは俺の話を聞いて欲しいなって思います!」


 政庁の中庭までミーネを連れて行ったネイは、そこで唐突に地面に倒れ込んでうつ伏せ――降伏状態で叫んだ。


「……へ?」


 いざ決闘、と思っていたミーネであったが、ネイが地面に体を投げだしてわめき始めたことで唖然としてしまう。


「いや、ほら、ミーネちゃんがさ、あいつら斬り殺すくらいの殺気だしてたじゃん!? こりゃちょっとまずいって思ってさ、なんとか連れだそうと一芝居したんだよ! ちなみに俺があそこにいたのは『石紙鋏(ジャンケン)』で負けてみんなの料理を取りに行っていただけなんだな! つか門巡りして疲れた俺に料理取りに行かせるとかあいつら酷いと思わねえ!?」


 しばし困惑していたミーネであったが、倒れ込んだまま説明するネイの様子にやがて毒気を抜かれ、ため息一つついたところでいつもの調子にまで戻った。


「そういうことだったの……。わかったわ。なんか面倒な役をさせちゃったわね」

「いいってことよ。同じ勇者仲間じゃねえか。まあ他の勇者連中は仲良くしてくれねえけどな! 親睦を深めようと話しかけてもなんか嫌な顔されるんだよ、切ないったらねえぜ!」


 喋りながらネイは立ち上がり、服をぺしぺし払ってから側で成り行きを見守っていたシアに笑いかける。


「シアちゃんありがとな! あいつらが付いて来たらそれこそ本当に戦わなくちゃならなくなるところだった!」

「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。面倒なことになっていましたからね、ありがとうございます」

「へへっ、シアちゃんは良い子だな」


 そうシアとネイはにこにこするのだが、ミーネにとっては一件落着とはいかなかった。


「料理をまだ一皿しか食べていなかったのに……」


 しょんぼりしてミーネが言うと、ネイは「あ」と声をあげる。


「そういや俺、料理取りに行ったんだった……」


 ぎぎぎ、と首を動かしてネイが見やった中庭の奥には、柱と屋根だけの建物――ガゼボがあり、そこではネイの仲間たちがぽかんとしてこちらを眺めていた。


「いまさら料理取りに戻るのもなぁ……」

「あ、じゃあお礼ってことで、料理は私が用意するわ」

「お、ホントか! ありがてえ!」

「そんなに種類はないけどそこは許してね」

「いいさいいさ」


 こうしてミーネが料理を用意することになり、それから三人はネイの仲間たちがいるガゼボへと向かってテーブルを囲んだ。

 ネイがことの成り行きを説明している間、ミーネはせっせとテーブルに料理を並べる。

 結果、テーブルの中央に各種揚げ物が山となった皿、そして皆の前にはそれぞれカレーライスが並べられた。


「午後を乗り切るためにもたくさん食べないと。おかわりも有るから遠慮しないで言ってね!」

「ミーネさーん、用意してもらって申し訳ないのですが、私ある程度お腹が膨れているのでこんな山になったカレーは食べられないのですがー、頑張っても半分くらいなのですがー」

「じゃあ残して置いて。私が次のコロッケで食べるから。私、カツの次はコロッケで、それから魚のフライ、カラ揚げってふうにそれぞれでカレーを食べるから」

「ちょっとなに言ってるかわからないですねー」


 そんなミーネとシアのやりとりのなか、どうやらネイたちはカレーを食べたことがないらしく珍しそうな目で眺めている。


「これがカレーか……。ベルガミアの支援の一つ……、俺、食べたことがなかったんだよな。みんなも――ってリフィ!?」


 ふとネイが見やると、ずっと沈黙を保っていたリフィが猛烈な勢いでカレーを食べていた。


「うおぉ……、リフィが大変なことに……、そんなに旨いのか? どれ……。あ、旨いな……。うん、これ旨いわ!」


 と言ったきり、ネイもまたリフィに負けない勢いでカレーを食べ始める。

 それを見ていたレトとゼーレもカレーを食べ始め、こちらはひたすら黙々と食べ続けることになった。

 半笑いのシアが見守るなか、唐突に始まったカレーパーティーは誰も喋らないが雰囲気的には賑やかに行われた。


    △◆▽


「ベルガミアの支援は案外いいかもしれねえな! 腹が減ったら精霊門使ってカレー食べに行っていいってことだろ!?」


 ネイはカレーを三皿食べて満足した。

 リフィ、レト、ゼーレはそれぞれおかわりを一回しての二皿。

 ミーネはまだ食べている。


「ベルガミアの料理と言ったら肉料理ばかりと思っていましたが、こういうものもあるのですね。なかなか侮れません」


 レトがそう言ったところ――


「もごごご、もごんご、もごごごんごごおんご――」

「ミーネさん、いいから食べていてください。わたしが代わりに説明しますから」

「もごー」


 おそらくカレーの始まりについて話そうとしたであろうミーネに代わり、シアがそれを説明する。

 とある理由からベルガミアで大量に必要とされていたポーション。

 主のおかげでそこまで必要とされなくなったのはよかったが、不法な粗悪ポーションを売って生計を立てていた方々が生活できなくなってしまったため、主が代わりに始めさせた商売がカレー屋だったという経緯。

 それを聞いたネイはぽかんとした。


「えぇ……、いや『スナーク狩り』ってだけでも凄いことなのに、そんなことまでやってたのか?」

「どちらかと言うと、そっちの方がご主人さまの目指しているところなんですけどね」

「へぇ、そうなのか。レイヴァース卿つったら『スナーク狩り』と『冒険の書』って感じなんだよな」

「ふむふむ、世間一般ではその二つが知られているわけですか……」

「そうだな。ま、隠されている功績が知られたらこれが三つ――、いやエルトリアのことも含めると四つになるだろうけどな」

「おや……?」


 それはもしかして迷宮都市エミルスでの魔王誕生阻止、それからエルトリア王国での邪神誕生阻止なのだろうか、とシアが考えたところネイは次いで言った。


「あ、俺って親が森林連邦のお偉いさんだからさ、その辺りのことも聞かされたんだ。つかレイヴァース卿が内緒にしている功績を公表していたら勇者大会なんてやる必要なかったよな」

「公表すると余計な不安を抱かせることになってしまいますから」

「いや、そこはレイヴァース卿の存在が打ち消してくれるだろ。導名を得るためにもそっちの方がいいような気がするんだがなー」

「そうかもしれませんが、ご主人さまは不安を煽って名を広めるようなことはしたくないようなんですよ。冒険の書しかり、カレーしかり、なるべく人が喜ぶことで名を広めたいんです」

「うぉ……、どんな聖人だよ……」

「聖人と言うよりは頑固なんだと思いますよ? 変えようとしている名前はわたしたちのパーティ名にもなっている『ヴィロック』って名前なんですけど……、これはお父さまが考えた思い入れがある名前でして、ご主人さまは自分に恥じるような手段でその名前を得るわけにはいかないと考えているんです」

「今度はずいぶん健気な理由になったな……、俺の中で人物像が滅茶苦茶になってんぞ」


 ネイは眉間を揉みながら呟き、それからため息をつく。


「しっかし、他の連中はそんなレイヴァース卿と自分が張り合えると思っちまってるんだよなぁ……、いやまあ一ヶ月もすれば更生するだろうけどな。なんか瘴気領域を観光する予定もあるらしいから、否が応でも瘴気と、そんなもんの固まりみたいな瘴気獣のヤバさは理解するだろうし、その討滅がどれだけの偉業かも身にしみるだろ」

「なんかあの人たち、全部私がやったことで、あの子はそれを横取りしてるみたいに考えてるのよね、まったく」


 山盛りカレーを三皿半平らげ、やっと人心地ついたミーネがここで会話に参加した。


「凄いって話を伝え聞いただけの連中だからな、共に戦ったり、その活躍を目の当たりにした奴とはどうしても温度差が出るだろうさ。勇者って称号を妙に神聖視しているのも原因――、ん?」


 ネイが喋っていたところ、リフィがちょいちょいと彼の服を引っぱった。


「…………」

「んなの自分で聞けよ。あー、えっとな、リフィが二人はどうやってレイヴァース卿に会ったのか知りたいんだってさ。シアちゃんは妹って話だけど、実の妹ってわけじゃないよな?」

「わたしは訳あって奴隷やってまして、そのときの奴隷商をご主人さまが助けたので、そのお礼として贈られることになったんです」

「なんかごめん……」

「いやいや、謝ることはありませんよ。奴隷であったことはそう気にしてませんから」

「私は小さい頃、お爺さまに連れられてレイヴァース男爵領に行ったのが最初ね。今から……、七年くらい前の話かしら? あの子のお母さまが有名な魔導師だったから、孫が魔法を使えるようにしてくれって一ヶ月くらい預けられたの」

「そこでミーネさんは、ご主人さまと出会って早々に決闘したんですよね?」


 シアは主や両親にミーネがやってきた当時の話を聞いてはいたが、ミーネの口から聞くのはこれが初めてだったため、せっかくなので引き出せるだけ情報を引き出してやろうとそれとなく話を促した。


「うん、そうそう。あの子の弟はクロアっていってね、まだ小さくてとっても可愛かったの。私は一番下だから弟とか妹が欲しくて、それでクロアを欲しがったら決闘になったのよ。クロアが欲しいならおれを倒してみろ、みたいな感じで」

「なにその可愛い決闘」


 ネイはちょっと驚きながらも笑っている。


「それで決闘して私は負けたわ。地力は私の方が上だったんだけど、してやられたの。でも……、今思えば負けられないところでは必ず勝つのは、その頃から同じだったのかしら? 負けてもいいところだとわりとあっさり負けるのよね、あの子」

「ですねー」

「まあ私は負けたけど、それであの子に興味を持ったのよね。私ってそれまで同じくらいの子には負け無しだったから。それからレイヴァース家での生活が始まったんだけど、あの子って私と戦えるだけじゃなくて、色んなオモチャとか、料理とか、お菓子とか、お話とかもうなんでもできてびっくりしたのを覚えているわ。こんな子がいるんだって本当にびっくりしたの」

「へぇー、もうそのくらいの頃から片鱗はあったのか」

「片鱗って言うか、もうほとんどそのままよ? 後で知ったんだけど、冒険の書って私が冒険者になったら危なっかしいからって、遊びながら学べるようにってそのとき考えたものだったみたい」

「はあ!?」

「……すごく興味深い……!」


 知らされた事実にネイは驚き半分、呆れ半分のような声をあげることになり、リフィは興奮して周りに聞こえるくらいの声を出した。


「でもいざ冒険者になってみても、冒険者らしいことはほとんどしてないのよね……。なのにランクはAになってるし……」

「レイヴァース卿と一緒に居るとそうなるわけか。ミーネちゃんはいつも一緒にいるの?」

「普段はなるべくね。どこかに行く時にはちゃんと付いていくわ」

「じゃあ普段は冒険者の仕事をしてもいいんじゃね?」

「私は私でやることがあるの。色々あるけど、私が出来る一番のことは戦うことだから、訓練は欠かせないわ」

「これからも一緒に活動するためにか」

「ええ、一緒に居ることが私のお返しだから。あの勇者たちみたいに勘違いした人たちから嫌われてても、何かの行き違いでみんなが敵になっちゃっても――」


 と、ミーネは何気ないように話す。

 だが――


「ちゃんと、ここにひとり味方がいるよって」


 シアにはそれがミーネの根幹であるとわかった。

 一方、ネイたちは「なにこのべたぼれ……」とちょっと戸惑った。

 ただ、これは当の本人はまだよくわかっていないこと。

 友情と愛情と愛着、親愛と信愛、色々な感情が一緒くたになっている状態だ。

 これはここでいらぬことを言って変に傾けてもまずい、そう考えたネイたちは黙り込むことになったのだが、リフィとレトはうっかり余計なことを言いそうなネイを左右からあらかじめ殴って気をそらしておくことにした。


「あれ!? 俺なんで攻撃されてんの!?」


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/03/20


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