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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
8章 『砕け星屑の剣を』編
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第503話 13歳(夏)…ティアウルの選択

 一年ほど前、迷宮都市へ取材に出掛けた際、おれはそこでティアウルにもっと自分の能力を活かせる場所に行ってもいいのでないか、と勧めたことがあった。

 ティアウルが持って生まれた〈万魔知覚〉という能力。

 それは周囲に存在する全ての物を認識する、といったものだが、この能力を持つ弊害としてティアウルの視力は低く、しかしその能力を半端に使えていたが故にそれを自覚できず、周りもそれに気づけないという状態にあった。

 ティアウルにこの能力を自覚させ、伸ばす取り組みをしてもらうことで『物がよく見えない』ことに起因する失敗は減った。

 性格的なものに起因する失敗は……、まあ頑張れ。

 この能力は自分を中心としたミニマップ&レーダーとして迷宮探索などにも活躍したが、またさらに、物の内部構造を知るスキャンとしても使えそうなことがエミルス滞在時に判明した。

 これを利用すれば解体できない貴重な魔道具――魔導器などの構造を損傷させる危険を伴わず内部構造を知るようなこともできるかもしれない。

 おれの、別の場所で活かしてもいいのでは、という提案は、それこそ研究機関で活躍できる可能性を秘めていると考えたが故の勧めであったが、ティアウルはこれを断り、このままメイドでいる方がいいと言ってくれた。

 言ってくれたのだが……。

 契約期間が終わってからもうちに居てくれると思っていたのはおれの甘えだったようだ。


     △◆▽


 ティアウルがメイドを辞めたという事実はなかなか衝撃的で、その夜は第一和室で皆と一緒に眠るときもすぐには寝つけず、セレスが眠ってからちょっとそのことを話し合うことにした。


「なんでかしら、なんで行っちゃったのかしら……」


 いつもはおれより早く眠りにつくミーネもティアウルがメイドを辞めることに……、なんだろう、上手く言葉にできないが、じんわりと胸に広がる不安を覚えているらしく、なんでなんでと言っている。

 ミーネとティアウル、二人はおれが冒険の書の試遊会のため王都に来た四年ほど前からの友人だ。

 大人からすればそこまで大した期間ではないかもしれない。

 だが、物心がついてからの人生、その半分くらいの割合と考えてみるとその『長さ』がわかる。

 一方のおれは四年前の出会いがあり、そして二年前に再び王都に訪れてからの付き合いである。

 ティアウルとは仲良くやれていたと思う。

 思うのだが……。


「何か不満があったのかなぁ……」

「それは無いと思います。少なくとも、私にはティアさんが不満を抱いている様には見えませんでした」


 そう応えたのはサリス。

 ティアウルとの付き合いはミーネとほぼ同じ。

 おれやみんなと違い、三人はもともと仲良しだったのだ。


「いやー、不満があったから、それもあって大工房からの勧誘を受けたんじゃないかなって思ってね」

「不満があったとしても、それを理由に離れることはないと思いますよ。少なくとも、私はどこに誘われても受けません」


 ハッキリとサリスは言い、おれはその言葉に少し励まされた。

 突然のことに動揺しているというのもあるが、どうも自分に何らかの責任があるように感じてしまっていたのだ。


「でもダンナさー、もし不満を持っていたとしてもこれはちょっと薄情だぜ。せめて挨拶くらいさー」


 シャンセルが言うと、これにリオが応える。


「確かにそこはあんまりですね。お別れ会も出来ません。ここはちょっと反省してもらわないといけませんが、それはそれとして、私たちはついついティアさんが居なくなってしまうことを悪いことのように思ってしまってますよね。でもここはティアさんにとって良い話だったと祝福してあげるところですよ。まあそうなるとお祝いくらいさせろ、ってまたお別れ出来なかったことに戻ってしまうんですが」

「まーそーだニャ、誘われてすぐ応じたってことは、ティアにとって凄く良い話だったに違いないニャ。ならよかったニャーって言ってあげるべきニャ。一発ひっぱたいた後で」


 やはり唐突に居なくなってしまったことについては、皆も思うところがあるようだった。


「うーん、契約が終わる来年の三月までは居てもよかったと思うんですけどねー、ご主人さまもそう思いません?」

「思うけど……」

「けど?」

「必要がなくなる修学は無駄だし、遅らせればそのぶん大工房で色々覚えるのも遅れることになるだろ?」

「それはまあ……、でも、せめてあと一週間くらい……」


 歯切れ悪くシアは言う。

 退職に関して、こっちの世界はどういう感覚なのだろう?

 日本では迷惑な行為と受けとられがちだった。

 自分の利のため、輪を抜け調和を乱す的な考えが根付いているからだ。

 一方、個が尊ばれる海外となると「キャリアアップできてよかったな」と祝福する傾向が強くなる。

 おれとしても海外的な方が望ましいが、やはり生まれ育った国ということもあって考えが日本的に偏ってしまう。

 組織に属した場合『その一員としてすべてを捧げるべき』というバカバカしい考え方も理解できてしまうのだ。

 そのため、本来であればティアウルのヴァイロ大工房就職は応援してやるべきなのに「なんで辞めるんだよー」という浅ましい気持ちが心の痼りとなっている。


「はぁ……」


 ため息を一つ。

 今夜はなかなか眠れないな。

 眠って目を覚ましたら、戻って来てくれている。

 本当に久しぶりに、そんなことを期待しておれは眠りにつこうと目を瞑った。


    △◆▽


 翌日――。

 浅い眠りから目覚めても、おれはまだティアウルが居ないという事実にいまいち現実味を感じられないままでいた。

 いつもは起こすのに手こずるミーネも、眠りが浅かったせいかわりとすんなり起床。

 その様子は寝ぼけていると言うより怠そうである。


「ティアウルは行っちゃうし、私は面倒な手続きがあるし……」


 気がかりなことと、憂鬱なことが重なっての状態のようだ。

 皆にミーネの準備の手伝いをお願いし、おれは自分の準備を始める。

 今日は最初にミーネを認定勇者の手続きが行われる聖都へと送り届け、帰りにシャロ様の像にお参りに行き、それからクォルズに詳しい事情を聞きに行く予定になっている。

 準備を整えて朝食をとり、金銀赤黒の四人で屋敷を出る。

 まずはエイリシェの精霊門から聖都側へと移動。

 門から出て即バイバイというのはミーネが可哀想な気がするので、おれたちは集合場所になっている善神の神殿へと向かった。

 善神像の間にはすでに他の勇者たちが集まっており、委員会の者が来て今日の説明を始めるのを待っている。

 今日、ミーネを始めとした認定勇者たちは説明を受けた後、聖都の支援である精霊門許可を活用するための準備として世界中の精霊門巡りをすることになる。

 弾丸旅行なんて目じゃない、情緒も風情もない大陸巡りだ。


「それじゃあおれたちは行くな」

「むぅ、ティアウルのことよろしくね」


 本当はこっちに同行したそうだが、ミーネはそれを言いださない。

 寝不足と心配事と面倒くささと――。

 今のミーネには覇気が無く、そのせいで普通のお嬢さんのようだ。

 いや、色々と規格外なのでつい忘れるが、ミーネはまだ保護者同伴で行動していてもまったくおかしくない年齢のお嬢さんか。

 周りからは他の認定勇者たちが奇異なものを見るような視線をぶつけてくるし、ここに調子が狂ってしまったミーネ一人残していくのはなぁ……。


「……シア、悪いんだけどさ」

「いいですよ、わたしもこっちに居ますね」

「んお?」


 用件を言いきる前にシアが承諾してきた。


「わたしもミーネさん一人残していくのはあれかなーと思って、ちょうど切り出すところだったんですよ」


 そうなると今度はミーネが精霊門巡りをしている間、同行できないシアは聖都でぽつんと待ちぼうけの時間ばかりになるのだが、やはりミーネが帰還したときそこに誰か居た方がいいだろうし……。


「じゃあ……、すまんが頼む」

「はーい」


 こうしてシアが聖都側に残ってくれることになり、ミーネはちょっと表情が明るくなった。

 やっぱり一人ぼっちは心細いか。


「じゃあ、お勤め頑張ってな」

「うん、頑張る」

「なるべく早めに戻ってくださいねー」


 こうして金銀と別れ、おれとアレサは精霊門に引き返すと、エイリシェ側へと帰還。

 それから日課のシャロ様像へのお参りを済ませ、さっそくティアウルの実家になる鍛冶屋『のんだくれ』へとお邪魔した。


    △◆▽


 鍛冶屋『のんだくれ』は通りに面した来客用の店舗があり、その奥には工房が、さらに奥に外の作業場、一番奥には宿舎兼食堂という構造になっている。

 訪問したおれたちが案内されていくと、クォルズは外の作業場の柱に縄でぐるぐる巻きにされていた。


「え、えーっと……?」

「おう……、坊主か……、ちょっと縄を――」


 と、くたびれた表情のクォルズが喋り始めたとき、食堂の扉がバーンッと開かれ、ティアウルのお母さんが姿を現し、肩を怒らせながらずんずんこちらへとやって来た。


「ティアのことを聞きにきたんだね? わかってるよ。でもあたしも詳しくは知らなくてね、話を聞こうとしたんだけど、この人なかなか口を割らなくて困ってるのよ」

「……え? もしかしてクォルズさん、ティアウルがヴァイロへ行ってからずっとこのままなんですか?」

「そうだね。でもまだまる一日程度の話さ。昔は一ヶ月ぶっ続けで鉄を叩いたって人だから、これくらいなんでもないよ」


 でも、だいぶ疲労しているように見えますが……。


「……そ、それは若い頃に見栄で盛った話なんじゃ……、本当は十日じゃ……」


 三倍か、ずいぶん盛ったな。

 まあ十日でも充分凄いのだが。


「さあ、そろそろ吐いちまいな。楽しそうにやっていたティアがわざわざ大工房なんて面倒そうなところに行ったのは、あんたが余計なことを言ったからなんじゃないのかい。あの――、なんて言ったかね、大工房のお偉いさんが来て、そこの小屋に籠もって何か悪巧みでもしてたんだろう。あの子をそんなのに巻き込んでどうするんだい」

「それは誤解じゃ、悪巧みなんぞしておらん。それにティアもちゃんと納得して行ったんじゃ。あの子にはやることがあるんじゃ」

「ああもう、ずっとそればっかじゃないかい」


 奥さんは憤慨し、それからアレサを見た。


「聖女さんだね? ちょっとこの頑固な口を割らせてもらえないかい? 大丈夫だよ、いつも鉄を叩いてるんだ、たまには鉄で叩いてやるのが平等ってもんだよ」

「お前……!?」


 奥さんがとんでもないことを言いだし、クォルズも思わず愕然とした表情になった。

 これにはさすがにアレサも困った表情に。


「あ、あの……、そういうのはちょっと……。それにクォルズさんは嘘はついていませんので……」

「そうかい? まあいいよ、あんたたちなら話すこともあるだろうし、あたしはまたあとで時間をかけて聞きだすことにするよ」


 そう言い残し、奥さんは食堂へと戻っていった。


「……坊主、今の内に縄を……」

「あー……、すいません、ちょっと無理です。恐いので」

「……坊主も駄目か……」


 鍛冶屋に居る人に片っ端からお願いしたんだろうな、これ。


「それでティアウルのことなんですが……、なんでまたこんな唐突にお誘いが? 実は前から打診されていたとか?」

「ふむ……、経緯としてはな、ティアは坊主と一緒にエミルスに行っただろう? あのとき大工房から職人が来ていたようでな」

「あ、居ましたね」


 迷宮都市エミルスのダンジョンを制覇するため、おれとシアで特別に設計したリヤカー。

 それを実際に製作してもらったリヤカー工房に居た。


「そこでティアがちょっと特別だと知ったようでな、それが大工房に伝わって今回の勧誘となったようなんじゃ」

「…………」


 じゃあ今回のことって、おれがティアウルを迷宮都市に連れて行ったのがきっかけなの?


「それでティアウルは勧誘されて……、大工房では何をするんです?」

「すまんが詳しいことは言えんのだ。ただ信じて欲しいのは、儂は別に無理に勧めたわけではないし、むしろやめておけと言ったんじゃ。じゃがティアにとっては……、まあ……、行くに値する理由があったんじゃろうな……」


 アレサが何も言わないことから、これは嘘ではないようだ。

 話すつもりが無いとなれば、クォルズからはこれ以上は聞けないか。


「まあ、ティアに直接会って話を聞いてみてもいいんじゃないかの。あれもちゃんとお別れをする猶予が与えられなかったわけじゃし」

「直接ですか……、そうですね」


    △◆▽


 鍛冶屋を後にし、ひとまず屋敷へ戻ることに。

 にしてもお別れする猶予が与えられなかったとかどういうことか。

 そんなに急ぐ必要があったとは思えないのだが……。

 まあそれは、おれがエイリシェに居なかったというのもあるか。


「ん……?」


 ふと、引っかかるものがあった。

 大会中、世話になった宿で受けた警告――メッセージ。

 あれは脅しかと思っていたが、『ここから立ち去れ』という意味合いではなく『早く戻れ』ともとることができる。

 エイリシェの屋敷で何か、おれが戻らないといけないようなことが起きる――、起きていることを知らせるためのものという可能性は無いだろうか?


「アレサさん、予定変更です。すいませんが午後からはヴァイロへ連れて行ってもらえませんか?」

「かしこまりました。猊下が望むのであれば何処へでも」


※誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/16

※さらに誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/26

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/29


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