第480話 13歳(春)…美味神戦争(おいしんヴォー)
新聞に図解レシピが掲載されるようになってしばらく。
ルフィアの報告によると反応は上々。
なんか色々活躍してるっぽいおれが手がけていることに加え、実際に作ってみると美味しいということで人気らしい。
つられて新聞の売上げもあがったらしく、よければ長期掲載も視野に入れてはどうかと言われたが、そこまでやる余裕は無いのでひとまず本一冊分の掲載で終わらせてもらうことにした。
いずれはこの料理が広まっていき、おれが導名を得るための足しになるだろうか?
そんなことを考えていた日の午後、予期せぬ客がやってきた。
そのときおれはサリスに手伝ってもらいながら冒険の書の製作に勤しんでいたのだが、そこにシアがのこのこやって来て言った。
「ご主人さまー、なんかアムレードって神さまが来てるんですけどー」
「は?」
何かの冗談かと思ったが、シアはそういった雰囲気ではなく、ちょっと戸惑っているような感じだった。
「ホントに神なの?」
「んー、神っぽいです。本人曰く、食神らしいです」
元死神のこいつが言うなら、まあそうなんだろう。
「食神ってことは、食べることに関係する神なのかな?」
「じゃないですか?」
「で、その神はどこに?」
「応接間で待ってます」
「これまでにないタイプだな……」
遭遇したことのある神はだいたい突然現れ、そして勝手に消える感じだった。
ところが食神は普通に玄関で人を呼んで身分を明かし、おれに会いに来たことを説明したらしい。
普通の屋敷なら頭の不自由なのが来たと追い返されるところだろうが、変に神と関わっているおれだからそれも有り得ると判断され、ひとまずアレサが対応に、それから話を聞いたシアが見に行って確認、そしておれのところに報告に来たようだ。
「いったい何の用だ?」
「御主人様は新しい料理の普及も行っていますし、それを認めての訪問ではありませんか?」
おれが疑問に思っていたところ、サリスが言う。
「うーん、それはどうだろう」
ただ将棋をもたらしただけでは遊戯の神は祝福をくれなかった。
向こうにあったものをただごろんと転がすだけではダメで、遊びであったTRPGを実際に冒険者となったときのシミュレーターとしたことで初めて評価された。
錬金は頓挫していた薬草汁を発展(?)させた功績で、筋肉は勝手に形成されたボディビル団体に対しての評価。
となるとレシピのばらまきでは弱いような気がする。
でも善や商業については会ってもないのに祝福が増えたし、服についてはよくわからん理由でよこしてきた。
結局のところ、神の気分次第なのかもしれない。
ともかく、珍しく真っ当な訪問をしてきた神だ。
ひとまず会ってみることにして、おれは応接間へと向かった。
△◆▽
応接間で待っていた食神――アムレード。
ちょっと恰幅が良く、そして気むずかしそうなおっさんである。
現在、室内にいるのはおれと食神、それから唯一同席することを許されたシアのみだ。
おれと食神はテーブルを挟んで向かい合わせ、シアはおれの背後に立っている。
「それで、お話というのは……?」
尋ねてみると、むすっと黙りこんでいた食神が口を開く。
「食べることとは、何だ?」
訪問理由を尋ねたら突然問答が始まったが、まあ神が変わり者であることはよく知っているのでひとまず返答する。
「生きること、ではないかと」
ありきたりだが、べつに食神は大喜利しに来たわけじゃないと思うので大人しくそう答えた。
食べることと生きることは不可分であり、前後を入れ替えて二つ並べるとなんだか哲学的になる。
生きるために食べよ、食べるために生きるな。
そう言ったのは哲学者ソクラテス。
毒をイッキして昇天した人はやっぱ言うことが違うな。
「そう、食べることとは、生きることだ。言葉にすればこれだけのことであるが、実際となればどうか。まず初めに殺すことがある。目の前に未来を断たれた生命の残骸がある。自らの生を繋ぐため、他者の生を奪わなければならないという業そのものが形としてそこにある。死がそこにある」
そう言い、食神は一度黙ってから再び口を開く。
「では、料理とは?」
この質問について、おれは少し考える。
食物を加工して食べやすくしたもの――、といった答えを求めているわけではないだろう。
ふむ、あっちのクラスメイト――乱読家がなんか言っていた。
あれは確か――
「死を剥ぎ取る儀式」
「ほう」
答えたところ、食神は少しだけ感心したように唸った。
「それくらいの意識はあったか。そう、料理とは目の前の死を解体し再構築することで死を剥ぎ取るための、文明的な儀式である。言ってみればそれは捕食者側の美化の押しつけであるが、何も考えず、腹を満たすため漫然と喰らうのではただの餌、そこには殺したものへの敬意はない。食べることのできる部位をどのようにして食べやすくするか、得たものをより欲望のまま昇華することは殺してしまったものが負い続ける責務であるとも言えよう。料理とは基本的で日常的な実践活動である。そして日常的であるが故に深く向かい合い反省されることが少ない。これに取り組み続けているのはより高みを目指し日々努力を続ける料理人くらいのものではなかろうか」
あ、なんとなく食神がなんで来たのかわかってきた。
これおれへの警告だ。
「本来であれば、積み重ねた技術の結果、または閃きによって新たなる調理法、そして料理というものは誕生する。その積み重ねが食文化となるのだ。そういった正当な努力を続ける者たちがいずれ辿り着く結果をいたずらに公開し、広めることを私は快く思わない」
「つまり、調理法の公開をやめろということですか」
「そうだ。君が君自身のため、もしくは周りの狭い範囲で公開するぶんにはかまわないが、食文化を塗り替えるほどに広めることは認められない。これが君自身の才覚によって生みだしたものというのであれば私は何も言わんし、そもそも何も言えず見守るだけだ。が、別世界で育まれたものを再現してただただ広めるのはやめてもらいたい。それは辿るはずであったこの世界の食文化を歪めてしまうからだ。加えて言うなら、君が食文化の発展に並々ならぬ執念を持って臨んでいるなら一考の余地もあったのだが……、そうではないだろう?」
「まあ導名のためですからね」
納得できるところもあるため、おれはため息一つ。
「わかりました。では調理法の公開はやめましょう」
言うと、食神はちょっと驚いたような反応をする。
「ずいぶん物わかりがいいな……。ヴァンツは余計なちょっかいを掛けると反発して大惨事を引き起こすのでそのまま放って置けと言っていたが……」
あの野郎……。
「誤解があるようですね、ぼくは理不尽でなければ大人しく従いますよ」
まあ食神の上からな言いようにイラッとしていたり、食文化に対して過保護すぎるところをウザイと思ってはいるが。
おれのやっていることなんて異国との交流によって存在しなかった調理法・料理がもたらされた状況と大差ないのに、妙にこだわるのはおれが苦労して編み出したものではないということだろう。
まあこれはあれだ、自分の時代は苦労したから、若者にも同じだけ苦労しろと求める老害の発想のようなものなのだろう。
そしておれの大人しい対応はあれだ、面倒くさいのが来たから適当に従って収めるという日本における国民的処世術の発露である。
せっかく新しい神と対面しているが、こいつの恩恵なんぞいらんのでとっとと帰ってほしいのだ。
「ふむ、殊勝なことだな。この都市では君の調理法を知った者が次は私の祝福を与えられるのではないかと噂している。もしそんなつもりであったならば性根を叩き直してやらねばならんと思っていたが、その必要はなさそうだ」
「……」
いかん、早く帰ってもらわないとイライラが募る。
それを感じ取ったのだろうか、シアが後ろからおれの頭を撫で撫でしてきた。
思いのほか落ち着く。
「もし何かしら、食文化に影響を与えるようなものを生みだしたならば祝福を与えるのもやぶさかではないのだがな」
そう言い、食神は立ち上がる。
よし、お帰りだ。
このまま玄関までお見送りして「もう二度とくんな」と祈りながら笑顔でお別れしよう。
しかし応接間から出たところで――
「これどうぞ」
にこにこしたミーネがお皿にカラ揚げ盛って出待ちしていた。
「けっこうだ」
食神はにべもなく断る。
「……え、美味しいのに……」
ミーネが呟くと、食神は一つため息をついて言う。
「相手に対して相応のもてなしというものがある。私に対してそれは不適切だ」
まあそれはわかる。
「第一、その料理には真心が籠もっておらん」
……あ?
瞬間、シアがサッとおれを見た。
何を心配しているんですかね、おれはクールですよ。
とてもクールです。
食神はミーネをおいて廊下を進み始めたので、おれはその背を追うことに。
シアはしょんぼりして「美味しいのに……」とカラ揚げを囓り始めたミーネを気にしていたが、結局はこっちに付いて来た。
そしていよいよ玄関に辿り着き、お見送りとなったところでおれは満面の笑みを浮かべて言う。
「先ほどはうちの者が失礼しました。そこで……どうでしょう、よろしければ一週間後にもう一度こちらへ来てはいただけませんか? とびきりの料理をご馳走しますよ」
「ほう、そこまで言うなら、試しに来てみようか」
「ええ、どうぞいらしてください」
そして食神が姿を消したのち、おれは笑顔のまま隠れて様子を窺っていたメイドたちに考え事をするので一人にしてほしいと告げて部屋に戻った。
仕事は途中だが、これはもう後回しだ。
さて、どうしてくれようか。
おまけの閑話…経験者は語る
神域の闇に浮かぶ幾つもの球形――神の座。
そのうちの一つ、食神アムレードの座に訪問したのは装衣の神ヴァンツであった。
しかしアムレードは訪問者など気にも止めず、座の内部に浮かぶ島々の一つ、広大な調理場で料理を続けていた。
自分の舌を楽しませるための料理を。
「おい! 誰が喧嘩をふっかけろなどと言った!」
アムレードの姿を見つけるやいなやヴァンツは怒鳴った。
が、アムレードは振り向きもせず、料理を続けながら呟く。
「これは私の問題だ。口出しは控えてもらおうか」
「そういうわけにもいかん。あいつは神に対しての畏敬が無い。それがどういうことかわかっているか?」
「わかっているとも。だからこそちょうど良いのだろうな」
「自分は関係ないような顔をするな。わからんのか、あいつは気に入らなければ神にでも噛みつく狂犬なんだぞ」
「私を噛むと? どう噛むのだ」
「まあそう思うのが普通だろう。だがあいつの思考は神まで地続きなんだ。やれるとなれば、とんでもないことをやってくる。悪いことは言わん。今からでも適当に和解してこい」
ヴァンツがそう言ったところで、アムレードはようやく反応らしい反応を示した。
ため息まじりに首を振ったのである。
「馬鹿馬鹿しい」
まったく取り合おうとしないアムレードに苛立ちを募らせるヴァンツであったが、正論を言っているのはアムレードの方であるとわかってはいた。
これはアレとアムレードの問題であり、多少の口出しは出来てもその行動を強制することは出来ないのだ。
それをわかっていながらヴァンツが絡むのは、それとなくアレと関われる状況になっていることを示唆した責任を感じての、そして、色々と苦労させられている先輩としての老婆心からの行動であった。
「ならば、せめてあいつが何をおっ始めるかよく見張っておけ」
行動を起こさせることが無理ならば、せめて注意を喚起するしかないとヴァンツが言うが、アムレードは無感動に言う。
「何故そんなことをせねばならん。一週間後に出向き、それで最終的な判断を下せばよいのだろう?」
何もするつもりはない――、暗にそう告げるアムレードに対し、いいかげんヴァンツもうんざりし、これ以上なにを言っても無駄と話を打ち切ることにした。
「ああそうか、勝手にしろ。貴様がどんな面で戻って来るか楽しみにしているよ」
ヴァンツは踵を返したが、そこで肩越しにふり返る。
「お前はつまらなそうに料理をするな」
最後にそう言い残し、ヴァンツは食神アムレードの神域より立ち去った。
アムレードは一人、淡々と調理を続ける。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/08
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/19




