第316話 12歳(冬)…おコタの導入
日中はまだ暖かさが残るものの、曇りや雨の日、夜間は冷え込むようになってきた。
そこに登場したのがコタツ(試作品)である。
十人くらいがぐるっと並べるこの円形コタツの構造は元の世界で普及していたものとほぼ同じ。テーブルの裏側にヒーター役の魔道具がくっついていて内部を温めてくれる。温度調整は小さなレバーで弱・中・強の三段階を選ぶだけという潔さだ。
搬入されたコタツは二台。
そのうちの一台をまず子供部屋と化してきた第二和室に設置した。
恐い物見たさかなんなのか、屋敷のみんなが集まってくる。
「おふとんのあるテーブル……?」
いったいどういう物なのかわからないセレスは不思議そうだ。
何を思ったのか、ぬいぐるみたちが布団をよじ登り、テーブルの上に陣取りだしたのでとりあえず薙ぎ払っておく。
「では使い方を説明する」
と、おれはさっそく座ってもぞもぞコタツに足をいれる。
「こうやって足を入れると温かい。以上、終わり!」
すると目をぱちくりしていたクロアやセレス、それからミーネもおれにならって座り、もそもそコタツに足を入れる。
「あ、あったかい」
「あったかーい」
「お休みー」
クロアとセレスは驚いていたが、ミーネはさらなる心地よさを求めてもぞもぞとコタツにもぐり込み始めた。さすがと言うべきなのか、さっそく首まで潜ったらもっと心地いいことに思い至ったか。
でも寝るな。
「ミーネみたいに寝っ転がってもいいけど、そのまま寝ちゃうと体調を崩すから気をつけないとダメだぞー」
一応注意はしておくが……、まあ寝ちゃうのよね。
メイドたちは各自で気をつけてもらうとして、クロアやセレスについてはおれやシアが気をつけることにしよう。
△◆▽
ぬいぐるみたちと思う存分転がり回れることもあり、セレスは第二和室がお気に入りだ。
その日、ミリー姉さんはシャフリーンと撮影係のルフィアを連れて訪問してきた。第二和室に案内すると、セレスはシアに抱っこされる形でコタツに入ってうつらうつらしており、その反対側にはプチクマを抱えたクマ兄貴が陣取っている。そして空いているスペースには他のぬいぐるみがずらっと並んでいた。
「……かわわわ! さ、さあルフィアさん、お仕事です……!」
「……へい! おまかせくだせえ……!」
ミリー姉さんはセレスを起こさないようルフィアに小声で命じる。
さっそく撮影を始めるルフィアなのだが……。
「……なあルフィア、最近、記者としての仕事はどうなってんの?」
「……げへへへ、ミリメリア様のご依頼とあれば、記者なんてやってる場合じゃないんでげさ」
これがヴュゼアの嫁さんか、としみじみ思いながら、おれは撮影を大人しく見守った。
おれも写真が欲しいからである。
そんな静かな撮影会の途中、セレスは目を覚ましてミリー姉さんが居ることに喜んだ。
それから抵抗するぬいぐるみたちを引っぱりだし、皆で仲良くコタツを囲む。メンバーはおれ、シア、セレス、ミリー姉さん。それから遠慮したがミリー姉さんに勧められてのシャフリーンと、誰も勧めてないのに入ってきたルフィアの六名だ。
「いいですねぇ、これ」
セレスを抱っこしながらミリー姉さんが言う。
いつもならミーネを呼ぶところだが、ミリー姉さんもミーネが刺繍に苦戦中なのは知っているようなので、あえて呼ぶことはしない。
ミーネが部屋に引っ込んで作業を進めるのには理由がある。
最初、ミーネはここでコタツに入りながら作業していた。
ちゃんと進めていることにちょっと感心するところもあり、差し入れにおやつを作って持っていってやると……、残念、だいたい寝ている。
「なあ、ここで作業するのって能率を下げるだけじゃね?」
「うぅ……、そうかも」
故に、ミーネはコタツに入っての作業を封印したのだった。
「でもこれを用意するとなると、部屋をこういう風に作り替える必要があるんですよね?」
「んー、そうですね……」
ミリー姉さんはけっこう本気で欲しがっている感じだったので、大げさに部屋を改築しなくてもすむ方法を提案する。
導入するにあたり、まず椅子に座ったまま足をいれられる一人用のテーブルタイプを提案してみたが、ミリー姉さんは床座りにも慣れていたので広々とした低いテーブルのコタツを望んだ。
「では、一部屋を床座りに改造するのは時間がかかりますから、部屋の一角に箱かなんか並べて床にしてですね」
ならばと提案したのはこぢんまりとした、コタツを置くための小上がり和室だ。
これなら春になったら撤収できるし、床座りできる場所が欲しいならそのまま残し、コタツの布団だけ取っ払えばいい。
「なるほど……、では私の分もお願いしておいてもらえますか?」
「わかりました」
うん、こうやって徐々に広まってくれることを期待しよう。
△◆▽
コタツが導入されたことにより、屋敷で生活する者たちの行動がコタツを軸にしたものに若干変化していく。
気づけば夜になると家族で第二和室に集まるようになった。
ぐるっとコタツを囲んでの家族団欒。
余所の娘さんとか、聖女とか、犬とか、ぬいぐるみがわらわら居ることはもう気にしても仕方ない。
ミーネはコルフィーに見てもらいながら刺繍をチクチク。
当初はちょっとしたワンポイントだけのはずだった刺繍は、贈る相手のイニシャルやクェルアーク家の紋章とグレードアップしていって一枚のハンカチを完成させるのにかなり時間がかかるようになっていた。
「ここにこう草とツタを絡めるようにするとさらに良い感じに……」
だからコルフィー、それ以上はやめてやれ。
さすがのミーネも完成までの時間と、家族が到着するまでの期間を照らし合わせて顔がこわばってるからな?
そんな追い込まれているミーネだが、みんなで遊ぶとなるとやはり我慢は出来なかった。それが見本として届けられた冒険の書の二作目となるとなおさら。おれがGMでアレサがお手伝い、クロア、シア、コルフィー、ミーネ、そして父さん母さんの六人パーティだ。セレスはさすがに難しいので、シアに抱っこされた状態で見学になり、そのままうとうと眠ってしまう。
コタツがなかったら毎晩、家族みんなで集まって顔を合わせるような状況はなかっただろうし、そこは作ってよかったのではないかと思う。
こうしてコタツは受けいれられたが、問題も発生した。
問題1。
メイドたちが休憩に入る時間がちょっと早まり、休憩から上がる時間がちょっと遅れるようになった。
まあ支障はないし、コタツを受けいれてくれているのでしばらくは見守ろうとしたのだが……
「ダンナー、リビラが仕事しねえんだけど……」
リビラがコタツに取り憑かれた。
いや、この場合はリビラがコタツに取り憑いたのか……。
シャンセルに連れられて行くと、リビラはコタツに入り、テーブルに顎を乗せてだらけていた。
「ニャーが教えられることはシャンにすべて教えたニャ。もうニャーの出番はないニャ。あとはシャンがニャーのぶんまで二倍頑張るニャ」
「適当なこと言ってんじゃねえ、出ろコラ! コラー!」
引きずり出そうとするシャンセルと、抵抗するリビラ。
「やめるニャ。ニャーは終の棲家を見つけたニャ。ここから離れるなんて出来ないニャ」
「いいから出ろこのバカ猫!」
「いやニャー」
そんな残念な争いが繰り広げられても、我関せずといった感じでヴィルジオとジェミナがコタツに入り続けている。
二人は正規の休憩ということで堂々とコタツを堪能している。
「うーん、リビラがこれだと、ここのコタツは片付けないといけないかな……」
そう呟いたところ、のほほんとしていたヴィルジオとジェミナがクワッと表情を変えた。
「ジェミナ、妾がコタツを押さえているからリビラを引きずり出せ」
「ん」
ヴィルジオがドンと拳を置いてコタツを押さえ、ジェミナが念力で強引にリビラをコタツから引きはがす。
「な、なにするニャー!?」
「ん。仕事がんばる」
ジェミナは窓を開くと、そこからリビラを放り捨てた。
一階だから怪我とかはしないだろうが……、容赦ねえな。
「シャンセルよ、ちゃんと先輩の面倒を見ないといかんではないか」
「あたしかよ!? 普通、あっちが面倒見るもんだろ!?」
気の毒なことにシャンセルは貧乏くじ。
それからメイドたちはコタツが撤去されないようにと、リビラの行動を監視するようになった。
「ニャ、ニャーがいったい何したニャ……」
「何もしなくなりそうだったのが問題だったんだよ」
元の世界にいる頃、春になってコタツの片付けとなると住み着いていた猫が「おめえ何してくれてんの?」といった顔をした。
ここではどうなるんだろう……。
もう今から春が恐い。
問題2。
どういうわけか、ぬいぐるみ共がコタツに潜る。
問題の発覚はコタツ導入からしばらく、シアがおれを呼びに来たことで発覚した。
シアに連れられていくと、コタツの中にぬいぐるみたちがみっちり詰まって足が入れられない状態になっていた。
「なんでだよ!? おまえらコタツに入る必要ねえだろ!?」
布団を上げて出るよう促す。
「ほれ、とっとと出ろ」
するとぬいぐるみたちはもそもそと這いだしてきた。
びっくりするくらいホカホカしていた。
ぬいぐるみは順番に、列を作って一体ずつコタツから出てきたのだが、そのまま半周して反対側からもぞもぞコタツに潜り始めた。
「意味ねえし! 思いっきり見られてんのになに堂々とまた入ろうとしてんだおまえら!?」
変な習性身につけやがって。
不思議なことにセレスがいるとコタツから出ているのだが、居ないともぐり込んで詰まりやがることが判明する。
セレスに叱ってもらうことで解決した。
問題3。
オッサン・爺さんたちが第二和室を占拠してコタツ囲んで麻雀やろうとするので追い払うという仕事が増えた。
ここで怪しげな空間作りだされると、精霊が『ザワザワ、ザワザワザワ……』ってしてセレスが怯えるんだよ。
「息子よ、父もコタツに入りたいのだ」
「さんざん入ってる!」
「試作品の具合を確認するためにも……」
「好調ですから確認する必要はないです。サリス呼んできますよ」
「ジジイは冷えに弱いんじゃ……」
「厚着してください」
「ミーネが気に入っているようだし、屋敷にもひとつとどうかなと思って儂も試しにだな」
「どんだけ試せば気がすむんですか」
オッサン・爺さんたちは見苦しく言い訳してコタツから離れようとしないため、空き部屋の一つを和室に改装してそこにもう一つコタツを置くことに決めた。
まあ応接間を占拠しているのも問題だったし、これで問題をまとめて解決することが出来たと考えるべきか。
こうして屋敷に第三の和室――オッサン・爺さんがたむろする退廃的な遊戯室が誕生することになった。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/27




