第314話 12歳(冬)…襲来
家族が集合した翌日の早朝、目覚めてみると並んで寝ていた皆はシャッフルされたみたいに入り乱れていた。
妖怪の仕業だろうか?
この屋敷にはやたら居るからな。
「……わふ? へっへっへ……!」
「……バスカー、静かに。みんな寝てるから……」
体を起こしたところバスカーが反応したので、はしゃがないようにと注意する。
と――
「……はれ、ごしゅじんさま……? なんで……?」
シアはうっすら目を開いているが、まだちょっと寝ぼけているようで状況が把握しきれていない。
「昨日はみんなで一緒に寝ただろ? おれは朝のお参りに行くけど、おまえはもうしばらく寝てていいよ」
「……ああ、そうでした、セレスちゃんセレスちゃん……、あれ? あ、いた、あんな遠くに……」
シアはもそもそと四つん這いで、途中、数体のぬいぐるみを轢き殺しながらすやすや眠るセレスに近寄ると、親猫が子猫を抱きしめるみたいにむぎゅっと抱えて再び眠りについた。
おれがバスカーを抱えて部屋を抜けだすと、メイドの皆はこれから朝の準備を始めるところだった。
シャロ様像が引っ越してきた関係で、今ではおれの方がちょっと遅いくらいの起床時間になっている。
「あ、御主人様、おはようございます」
「おはよう」
やってきたサリスと挨拶を交わし、それから第二和室のみんなはもう少し寝せといてあげてと伝える。クロアとセレスは長旅をしてきたうえに大はしゃぎだったからな、きっと疲れている。
「今日くらい好きなだけ寝させてあげたいんだけど……」
「ミリメリア様がいらっしゃいますからね」
そう、今日はミリー姉さんが来る。
べつにミリー姉さんならみんなが寝ている姿を眺めるだけで大満足してもらえるような気もするが、さすがに最初くらいはちゃんと対面させた方がいいかなーと思うのだ。
△◆▽
そしてミリー姉さんはやって来た。
そのときクロアとセレスは訓練場でバスカーを追っかけたり、逆に追っかけられたりしながら遊んでいた。家が森の中だったせいで自由に駆け回ることが出来なかった二人は、バスカーと一緒になって走り回るだけで楽しくて仕方ないらしい。
ミリー姉さんが乗る馬車は敷地の門をくぐると、そのまま玄関前まで向かおうとしていたが、途中でバーンと扉が開かれ不意に誰かが飛びだした。
ミリー姉さんだった。
普段の上等だがシンプルな服装ではなく、どこかの晩餐会に出席してもおかしくないような気合いの入ったドレス姿で、スカートをひらめかせながらザンッと地面に着地する。
「ああもう、ミリメリア様!」
御付きのシャフリーンが怒鳴るがミリー姉さんはお構いなし。
何事かとびっくりしているクロアとセレスの元へしずしずと歩いていく。
「こんにちは。私はミリメリア・ザナーサリー。この国のお姫さまをしています」
そう言ってミリー姉さんはにっこりと微笑む。
クロアとセレスは突然のことにぽかんとしていたが――
「おひめさま!?」
まずセレスが我に返って言う。
「ええ、お姫さまですね」
「おひめさまー!」
読み聞かされたお話によってセレスは姫というものに補正があったのだろう、なにやら大感激してひしっとミリー姉さんの腰に抱きついた。
妹よ、何気に恐い物知らずだな。
「――――ッ!」
一方、抱きつかれたミリー姉さんが「くっ」と天を仰ぐ。
変に声をあげて大はしゃぎしないのが、逆にその感激の大きさと言うか、業の深さと言うか、そういうのを感じさせる。
「レイヴァース卿、お騒がせして申し訳ございません……」
「ああいや、シャフリーンが謝ることはないよ」
ミリー姉さんが途中下車した馬車は玄関前で止まり、やや申し訳なさそうな顔をしたシャフリーンが下りてきたので、ひとまず一緒にセレスにしがみつくままにさせているミリー姉さん、そして困惑顔で固まっているクロアの所に向かう。
「こらこらセレスー、まずはご挨拶しないといけないだろ?」
「あ! ごめんなさい……。えっと、セレスは――、じゃなくて、はじめまちて、わたしはセレス・レイヴァースです。おひめさまにおあいできて、こうえいです」
「――――ッ」
セレスが離れてちょっとたどたどしく挨拶した途端、ミリー姉さんはぶるっと身震いすると、たまらずしゃがみ込むようにしてセレスに抱きついた。
セレスも迎え撃つようにしがみつく。
「こ、これは……どうしましょう。セレス様がミリメリア様に懐いてしまっていますが……」
「うーん、想定外に噛みあっちゃってるな……」
ミリー姉さんに真っ向から甘えられるのはミーネくらいしか居なかったが、どうやらセレスはその後に続いてしまうようだ。
「……兄さん、お姫さまって姉さんに似てるね」
ほったらかしになっているクロアがこそっとおれに言ってくる。
確かにセレスに対してはシアに似ているかも知れないが……、シアをお姉ちゃん亜種とするなら、ミリー姉さんはお姉ちゃん王種、もっと恐ろしく危険な存在だ。
どうしたものかと思っていると、ミリー姉さんはセレスに抱きついたままキリッと表情を改めておれを見た。
「レイヴァース卿、セレスちゃんを私付きのメイドにしたいと思うのですが」
「いや、あの、セレスはメイド姿ですけど、メイドというわけではないので雇ってもらうわけにはいきませんから」
「なるほど……、ではいったいどれくらいお支払いすればよいのでしょうか?」
話聞けよ。聞いてくれよ。
「ですから、まだメイドではないので――」
「はい、それはわかりました。ですから、それを踏まえていくらお支払いすれば――」
とミリー姉さんが言うところで、
「ふん!」
「おごっ!?」
シャフリーンが屈んでいるミリー姉さんの首に手刀を突き刺す。
「ミリメリア様、あまり無茶を言いますと、出入り禁止にされてしまいますよ?」
「そ、それは困りますね、困ります」
やや我に返ったらしく、ミリー姉さんはやっとセレスを解放してくれた。
「ごめんなさいね、可愛らしくてつい。貴方がクロアくんね?」
そう言いつつ、ミリー姉さんがクロアに向きなおる。
「あ、はい。クロア・レイヴァースです。初めまして」
「初めまして。これからちょくちょくここにお邪魔することになると思います。仲良くしてくださいね」
にっこり笑ってミリー姉さんが言う。
普通だ。
ちゃんと正気に戻ったらしい。
「レイヴァース卿、実は提案があるのですが」
「セレスはあげませんよ?」
「ああいえ、それはいずれでいいのです。ではなくてですね――」
「後になってもあげませんよ!?」
何さらっと後でもらうみたいな風に話まとめようとしてんだ。
「うぅ……、違うのです、今のはつい本音がこぼれてしまっただけで悪気があったわけではないのです」
「いやむしろ悪気がない方が恐いんですが……」
「むぅ、今日のレイヴァース卿は厳しいですね。いつもは気前よくシアちゃんを貸してくれるのに……」
「まあシアなら持っていっていいですから」
「えぇ、シアねーさまを……? ならセレスもいきます」
「それはつまり……!?」
カッと表情を変化させたミリー姉さん。
「ふん!」
「おぶっ!?」
その脇に突き刺さるシャフリーンの手刀。
「ミリメリア様、いい加減にしませんと、本当に追いだされてしまいますよ?」
「わ、わかっています。わかってはいるのです。自重しようとしているのですが出来ないのです。姫とて所詮は人なのです」
めそめそするミリー姉さんにシャフリーンは小さくため息をつく。
「……これさえなければけっこう立派なのですが……」
なかなか話が進まなかった。
△◆▽
無駄に時間はかかったが、ミリー姉さんが何を言いたかったかというと、自分が乗ってきた馬車で今日は王都を観光しませんか、ということだった。
「ふわぁ、いきたいです!」
セレスの大賛成にミリー姉さんはにっこり。
馬車は立派なので、頑張れば前後向かい合わせの席で合計八人乗ることが出来る。
しかし、おれ、クロア、セレス、コルフィー、それから金銀、さらに走ってでもおれに付いていくと気合いを入れてしまっているアレサも含めると、これだけで七人になってしまう。
さて、どうするかと思っていたところシャフリーンが言う。
「私は御者の方に座りますので」
となると……、馬車内はなんとか八人に収まるか。
前側の席は中央におれとアレサ、窓から景色が眺められる左右にクロアとミーネ、後ろ側の席は真ん中にシア、左右にミリー姉さんとコルフィーが並ぶ。
そしてセレスはと言うとミリー姉さんが膝に乗せて抱え、しっかり確保していた。
シャフリーンが御者の方へ行った意味がねえ。
セレスはミリー姉さんに抱えられてにこにこ。
ミリー姉さんはセレスを抱えてご満悦。
そんな二人の隣にいるシアは切なげな表情をおれに向けてくるのだが、そんな目で訴えられてもおれにはどうにも出来んのだ。
こうして皆が乗りこんだ馬車は王都巡りに出発。
セレスはミリー姉さんの説明を聞きながらきゃっきゃとはしゃぐ。
クロアはおれの右隣で窓に顔を押しつけるようにして王都の様子を眺めていた。
「兄さん、人がすごく多いね!」
クロアはクロアで楽しんでいた。
途中、立派なお店で昼食を奢ってもらい、さらに王都の名所を巡ったのち最後に王宮に到着、そしてそのままお城の観光に移行する。
ミーネは勝手知ったると慣れたもの、シアはそこそこ、クロアは好奇心が勝って喜んでおり、セレスは大はしゃぎだ。
そんななか――
「はわわわ……」
初めてお城に来ることになったコルフィーが動揺していた。
まあおれもこれで三回目でしかないし、気持ちはわかる。
ひとまずコルフィーを落ち着かせながら、お城を観光し、夕方近くになって屋敷まで送ってもらう。
出会い頭はアレであったが、ミリー姉さんはクロアとセレスに楽しんでもらおうと観光の企画をしてくれた、そこは素直に感謝である。
しかし――
「……うぅ、ご主人さま、どーしますか、このままではセレスちゃんとられちゃいますよぉ……」
なんかシアがめそめそしながら愚痴りに来た。
「いや大丈夫だから、セレスはおまえが一番みたいだから。つかおまえな、実家ではおれがそんな感じだったんだぞ」
結局、その日はシアがセレスに後ろから抱きついて離れなくなってしまったが、セレスはまんざらでもないようだったのでそっとしておいた。
 




