第221話 12歳(夏)…決勝戦
リビラの登場に観客が沸き始めるなか、シャンセルがユーニスに支えてもらいながら戻ってきた。
「……、は、はあ、間に合ったぜ……」
「あれ、大丈夫なのか!?」
「あんまり動かなけりゃ平気だよ。ちょっとくらっとしてるけど」
シャンセルはそう言いながら座り、支えてきてくれたユーニスの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「ここまで来て、これを見逃すことなんてできねえし」
「――そっか。そうだな」
確かにシャンセルはこの試合を見届けるべきだろう。
「さて、いよいよだぞ」
妹の状態が深刻ではないとわかったからか、リクシーは少し微笑んでからそう言った。
そう、いよいよこの時は訪れた。
ベルガミア大武闘祭・決勝戦――。
英雄アズアーフに対するは息女のリビラ。
この父と娘の対決に秘められた意味、これはシャンセルとリビラの戦いによって観客にも理解されている。
もはや両者には、開始の掛け声も必要なかった。
まずリビラは獣剣を引きずりながら進み――、アズアーフとの距離を半分ほど詰めたところで立ち止まる。
ハンマー投げのように体を使って獣剣を浮かせ、重さを感じさせないほど軽やかに担ぐ。
アズアーフと戦う際、一撃にかけろとミーネにアドバイスしたのはリビラだ。
やはり自分も一撃にすべてを込めるか。
ミーネは強打系の『魂砕き』に対抗したが、リビラは距離を開けていることから、放出系の『魂狩り』に対抗するつもりなのだろうか。
それとも、距離を詰めてきたアズアーフを迎え撃つため?
リビラが勝利することはさすがに無理だろう。
では、リビラの思い描く決着はどのようなものか。
己が覚悟を示すため、どこまでの善戦を望んでいるか。
そのための作戦、駆け引きはどのようなものか。
「勇者の誓い!」
そこでリビラは自己強化――その体に光を纏う。
リビラが臨戦態勢に入ったところでアズアーフも動いた。
足を開き、腰を捻り、両手で握った剣を右水平に。
おそらくは『魂狩り』を放つのだろう。
アズアーフにとってはつい今し方、放ったばかりの強力な魔技をさらに使用することになるのだが――、肉体や精神的な疲労など、そのあたりを気にするのは無駄だ。
なにしろアズアーフは黒騎士の団長。
何日もの間、バンダースナッチと戦い続ける体力と精神力を持つ英雄だ。
逆に、リビラが不利なのではないだろうか。
アズアーフとアロヴの戦いはわずかな時間で決着がついた。
ろくに休息を取れなかったはずだ。
シャンセルとの試合、リビラは予想外に消耗したと思われる。
獣剣をまともに振るうための、渾身の身体強化。
シャンセルとの戦いで使用したのはリビラにとっては予定外のことだったのではないだろうか。
乱用しないことからも、やはり消耗が激しいなどのリスクがあるのだろう。
だが、それでもリビラは現れた。
気がはやったのか――、それとも、とうとう暴露せざるを得なかった覚悟、それを叫んだときの気迫を眠らせまいと間を惜しんだ?
どちらであろうと、どちらでもなかろうと、とにかくリビラはこうして姿を現した。
アズアーフが構えるのに遅れ、リビラも父と同じように獣剣の柄を両手でにぎり、腰を捻って後ろへと置く。
これで決まる。
武闘祭の勝者が。
一人の少女の覚悟、その行く末が。
観客は一瞬を見逃すまいと、ぴたりと口を閉ざして二人の姿をその目に映すことに集中し始める。
静寂のなか、静止する父と娘。
まるで時が止まったようだったが――
「魂狩りッ!」
アズアーフが叫び、技を放つ。
「ニャアアアアァ――――ッ!」
対しリビラ。
アズアーフが動くとほぼ同時。
叫びながらぐるりと一回転、ただ振るのではなく遠心力をくわえての――
「牙砕きッ!」
渾身の一撃。
アズアーフから放たれた光の波紋――威圧の波動に叩き込む。
それは果たして視認できていたのか、リビラの一撃が波紋に接触したとき、飛び散る細かな火花のようなものが見えたような気がした。
そしてその瞬間、リビラはアズアーフ目掛け飛んだ。
獣剣を手放し――、いや、遠心力をくわえた振り、その勢いを奪い、自分自身が放られるように加速度をつけて飛び込んだ。
アズアーフはまだ剣を振りきった体勢だ。
渾身の一撃であればあるほど、その終わりには隙が生まれる。
それが、それこそがリビラの狙い。
最初に詰めた距離は飛びだした勢いそのままに駆け抜けられる最大距離。
腰のナイフを抜き放ち、リビラは駆けた。
駆けた、が――
「あっ」
ミーネが発した。
あとわずか。
「あぁ」
シアが言った
速度が急激に落ちた。
「んん……!」
シャンセルが唸った。
一瞬転倒しそうになるのを堪えたところで、さらにリビラの速度が落ちた。
アズアーフを目の前に、リビラはもはや歩くような速度に。
それでもリビラは進み――、そして、父の胸に倒れこむようにして意識を失った。
『……………………』
観客はただ黙って成り行きを見守っていた。
アズアーフは倒れこんできたリビラを左腕で掻き抱くように、胸に押しあてて支える。
しかしそれでは足りぬと右手の剣を地面に突き立て、もっとしっかりリビラを抱き留め――、天を仰いだ。
「はぁー……」
深々とため息をついたのはリクシー王子だ。
見れば頭に手をやってわしわしと掻いている。
「再会の抱擁、そのためにここまでの舞台が必要になるのはあの親子だけだろう」
ちょっとあきれたようではあったが、リクシーは微笑んでいる。
やがてパチパチとまばらに拍手が起こり始め、それは次第に数を増し、やがては割れんばかりに、そして両者を讃える歓声が。
激しい試合の末、自国の英雄が勝利するというプロパガンダ的な決勝戦にはならなかった。
けれど観客は新たなる世代の決意を聞き、そしてその意地が現世代最強に辿り着くところを確かに見た。
希望を演出する、という目的について言えば、この祭りは成功だったのではないか。
だが――
『――――ッ!?』
ゴンゴォン、ゴンゴォン、ゴンゴォン、ゴンゴォン――
時報鐘楼が狂ったように鳴り始め、突然のことに誰もが驚いた。
しかしその驚きもすぐに動揺に変わり、観客たちはひどくざわめき始める。
「殿下……、この鐘は?」
半ば、答えは予想していた。
だからそうであって欲しくないと思いながら尋ねた。
「スナークの襲来を知らせる鐘だ」
リクシーは険しい表情で答える。
それを聞き、ユーニスが愕然とした表情で呟く。
「……これが、そうなんですか……」
前の暴争となるとユーニスはまだ物心がついていないくらいだから、ほとんど初めてのようなものだろう。
「スナーク……」
ミーネが呟く。
絶対に余計な行動を取らせないようにしなければ!
「来てしまったものはどうにもならないんでしょうけど……、タイミングが悪いですね」
シアは試合場に目を向けながら呟いた。
ああそうだ。
黒騎士たちはこれよりスナークの暴争を食い止める防衛戦へと出発する。
試合場ではアズアーフが胸に掻き抱くリビラを愛おしむようにうつむいて顔を寄せたあと、審判に預けた。
「――――ッ!」
リビラに今すぐ目を覚ませ、とは言えない。
アズアーフにまだ今は行くな、とも言えない。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/06
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/07/04




