第222話 12歳(夏)…黒騎士のパレード
ベルガミア大武闘祭最終日、その夕方――。
黒騎士の出撃準備はすみやかに整えられ、黒一色の騎士たちが精霊門のある王都郊外へと行進を始めた。その後ろには各国から派遣されてきた武官とその部下、そして緊急召集されたランクB以上の冒険者たちが続き、長い列となって大通りを埋める。
騎士団の本隊はすでに精霊門の向こうにある峡谷にてスナークを迎え撃つための準備を整えているらしい。
急を要する状況にあって、わざわざ隊を分け、パレードを行う理由は市民の不安を少しでもやわらげるための配慮。市民はおれの訪問を歓迎したときのように大通り左右に分かれ、歓声を上げているが、それは祈りを込めたような、悲壮感すら感じさせるもの。
王都ピアルクの風景を楽しんでもらおうという目的だったのだろう、おれのためにと用意された部屋からはその光景がよく見えた。
国内外への示威を目的とした軍事パレードではない、本当の戦いに赴く者たちの行進――。
おれはただ王都がただならぬ雰囲気に包まれ、楽隊によって奏でられる音楽と共に進んでゆく者たちの姿を眺めている。
ぼんやりとイメージされたのはあまり縁起のよくないもの。
ネズミ、そして子供。
その物語においてネズミは死に、子供は消える。
「私たちってもう帰されちゃうのかしら?」
窓際、おれの隣で黒騎士の行進を眺めていたミーネが尋ねた。
大人しく待機するしかない状況のなか、金銀はおれの部屋にやってきて何をするでもなく、ただただ時間を潰していた。
「すぐに帰されることは……、ないだろうな」
答え、おれは窓際から離れるとシアのいるテーブルに。
するとミーネもおれに遅れてテーブルについた。
この部屋に戻ってきてからというもの、ミーネは何やらおれの行動を真似する遊びでもしているように側にいる。
「まずは防衛の準備が優先されるだろう。黒騎士たちが砦へと向かったあとも、物資の補給や情報伝達のために精霊門は使用され続けるだろうし。となると当然、おれたちのお別れ会は後回しだ」
「そっかー、じゃあしばらくここで待ってないといけないのね」
もしかしたら、ねじ込むようにおれたちを返そうとしてくれるかもしれないが……、おれはまだザナーサリーに戻るつもりはなかった。
できればこの騒動に決着がつくまで留まりたい、そう思っている。
これは最悪を想定しての判断で、もしその状況に陥った場合、シアには問答無用で付きあわせるつもりなのだが……、ミーネは、となるとそうもいかない。
いかないのだが……、しかし、おれとしてはミーネにも付きあってもらいたかった。
その話しをする前に、おれはまず一つミーネに釘を刺しておこうとしたのだが――
「え? スナーク? うん、見てみたいわ。でもこっちに来る前にお爺さまに言われたの。絶対に関わらなければならない状況でなければ関わるなって」
なんと、バートランの爺さんはこの状況すらも想定してミーネを諭しておいてくれたらしい。
「お父さまみたいに長い話をされたもの。軽い気持ちでスナークに関わっちゃ駄目だって。曖昧な気持ちで戦っちゃいけないものなんだって。自分のなかで絶対に譲れないもの、それを剣に乗せられない状態で戦っちゃいけない相手なんだって」
なんかすごくミーネの物わかりがいい。
これは相当諭されたんだろうな。
「となると……、ご主人さま、精霊門が使えるようになったらすぐに帰るってことでいいんですよね?」
「あー、それなんだが……、ちょっと聞いて欲しい。特にミーネは」
「うん?」
ミーネがこてんを首をかしげる。
しかしそこで突然の訪問者があり――、話は中断された。
なにしろやって来たのは国王だ、後にしてくれとは言えない。
国王はおれが椅子から立とうとするのを手で制し、自分は立ちっぱなしのまま現在の状況と、これからのおれたちの扱いを説明した。
「と言うわけで、すまんな。出来ればすぐにでも帰国させたいところなのだが、しばらく精霊門は埋まってしまう。ひとまず今日の所は休んでもらい、明日の昼以降になると思うのだが、落ち着いた頃に帰国してもらおうと思っている」
国王の話はおおむね予想通りだった。
賓客と言えど、この国の一大事に最優先で帰国させる、というわけにはいかないだろう。
「不安だろう、だが、どうか堪えてもらいたい。もし危機的な状況になったとしても、精霊門を通じ、強固な同盟関係にある五カ国から、そして諸国から応援が送られる手筈になっている。心配ない、とまでは言わんが、無用に怯えることもないぞ」
おれたちを安心させようと国王は言う。
なるべく早めに帰してやろうと気遣ってくれているのだろうが、おれとしては帰国させられても困るのだ。
「あの、陛下、一つお願いがあるのですが」
「ん? 聞こう」
「ぼくたちがこの国に留まることを許可してもらえませんか?」
「……なに?」
王は驚いた顔をし、意外と思ったのだろう、シアも「ふわっ!?」と変な声をあげていた。
「それはかまわないが……、ザナーサリーへ戻る方が安心できるだろう? どういうことだ?」
「これは失礼な話になるのですが……」
と、おれはミーネに話す予定だったことを告げる。
もし防衛線が破られた場合どうなるか?
いずれ、の話しだが、この王都ピアルク周辺にまでスナークが姿を見せる事態にもなるだろう。
防衛の砦は砂時計のくびれのようなもの。
そこを通過させてしまったら、あとは不規則に散っていく。
確かに、ザナーサリーへ戻ればおれの身の安全は確保される。
しかし――、だ。
このベルガミアとザナーサリーの中間にはおれの家がある。
両親と弟妹がいるのだ。
「ぼくは、家族よりも後方に行くわけにはいきません。もしもの時にはここからレイヴァース領へと後退する必要があるんです」
場合によってはザナーサリーからレイヴァース領へと向かった方が早いかもしれないが、それでは状況がわからない。
戻るなら背中を炙られながらだ。
「……、わかった。許可しよう」
国王は驚いた顔でおれを見つめていたが、やがてうなずく。
「その歳で……、この状況にあってそこまで考えるか……」
国王は感心しているようだったが……、まあ中身はおっさんな年齢なもので。
「あとそれに……、リビラはここに残ろうとするでしょう。ですからぼくもそれに付きあおうと思うんです。レーデント家の問題にちゃんと決着が付くのを見届けたいんです」
「そうだな。卿にはその資格がある」
国王は少し微笑み、それからすぐに退出していった。
本当はこんなところで時間を浪費している場合じゃないだろうに、わざわざ自ら来てくれるとは……、親切な王さまである。
王が居なくなってから、おれは金銀に中断した話をしようとしたのだが、もうほとんど言ってしまったのであとは意思確認だけだった。
「ってなわけでおれは残る。シア、おまえは残れ」
「いやー、意外なこと言うなーと思いましたが、そうですね、それは残らないわけにはいきませんね」
「で、ミーネ」
「私も残るわよ!? 私たちパーティでしょ!?」
「お、そうか……。ありがとう」
「ふえ!?」
なんかミーネが驚いた。
「どうした?」
「え、だって……、てっきり私は帰れーって言うのかと思って……」
「あー、それなー……」
おれは一つため息。
「コボルトの時とは違って、避けようと思えば避けることのできる状況だ。さらに言うならレイヴァース家の問題なわけで、おまえまで危険な目に遭わせるのは正直どうかと思う。これはおれの家族の安全を確保するために、おまえの安全を放棄させるような、恥知らずな話なわけだが……、それを承知で頼みたい。そのときは力を貸してくれ」
「…………」
そんな話をしたところ、ミーネはしばし目をぱちくりしていたが――
「まかせて!」
輝くような笑顔で言い放つ。
こういうときは本当に頼もしいお嬢さんである。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/15




