<日記指導>
<日記指導>
国語の指導課程の枠を超えて、児童理解のための『子供の日記やアンケート』を活用している先生がいらっしゃいます。私も真似をしてみたことがありましたが、指導の目的をシッカリと持つことが、指導者の心得として必要だと感じさせられました。恥ずかしながら、この頃は無我夢中で、色々と試しては三日坊主で終わるなんて事も多かったように思います。
子供達の日記に対して、朱書きを入れることが易しいようで難しく、結局、指導者である教師の作文能力が問われることになってしまいました。でも、一人一人の日記を全部読み終わり、それなりの朱書きを書き終わった時、子供達の生活や心情に近づく事ができたという感じを受けました。
中には『放課後、○○君の家へ遊びに行きました。宿題をやっていて遊べなかったので、○○子さんの家に行きました。塾に行っていて遊べなかったので、一人で土手に行って駆け足をしました。』このように純朴ではありますが、子供を取り巻く環境や、その中で生きる子供達の気持ちが、日記によって分かりかけてきました。
先生の仕事は多忙です。その中の時間を遣り繰りして、日記指導にあたるとなると大変です。当時、クラス40人以上の日記帳が、教卓の上に、山のように積み上げられます。それを子供の下校時間までに眼を通し、朱書きをして返すのです。
『半分の子供が忘れるといいな。』
等と本気で考えたことも有ります。
日記指導をしている教師は、全体からすればほんの一部でしたが、その努力には感服して、私も真似をしたのです。そのうちに、児童理解が必要と思われる時期だけ日記を書かせたり、1ヶ月だけとか、日を決めて書かせるとか、要領よく(ずるく?)なって来ました。自分の記念誌である『青空一杯の二年生』の執筆には、この子供の日記やアンケートも大いに役に立ってくれました。子どもの考え方や発想を知る上にも、友達の付き合い方や、感情、感性が手に取るように判るようになり、生活指導や児童指導にも欠かせない資料になりました。
子供の日記には、私の心を鷲掴みにし、子供の世界に飛び込ませるような、純粋な魅力にあふれるものが幾つも有ったのです。




