<金盞花>
<金盞花>
3学期の半ば頃、子供達に言いました。
「『発つ鳥跡を濁さず』という諺がある。皆は卒業していくのだから、6年間お世話になった最後の教室くらいは、感謝の心を込めてきれいに掃除していこうよ。」
そう呼びかけると、皆で分担して片づけや掃除をする事にしました。
一番見苦しいのが、ベランダに放置された植木鉢20個位と大きなプランター1個です。カチカチになった土が詰まり、枯れ草が申し訳なさそうに首を出しています。寒風に吹きさらされながら、見る影も無く転がっていると言った有様です。
思い起こしてみれば、クラスの子供達が季節ごとに、赤や黄色の美しい花を咲かせて、次々と持って来た物です。それに、当番が毎日のように水をやり、育ててきました。秋から冬にかけて、大半が枯れてしまったものの、私や子供達の目を楽しませ、心に潤いを与えてくれた草花です。
枯れた茎や草花を、土ごと大きなプランターに移し変え、
『これは、○○の花だった』
『これは、誰々が持ってきた。』
等と、思い出すままに話しをしながら、片づけをしました。
子供達の心にも、一つ一つの鉢の思い出が蘇ってきたのだと思います。真夏の暑い太陽の下で真っ赤に燃えた花や、秋風にそよぐコスモスの花、グラジオラスの花言葉は、なんておしゃまな事をいう女子も居ます。枯れた草花や植木鉢にも、子供の思い出は一杯詰まっているのです。
植木鉢は綺麗に洗い、それぞれ持ち主に返し、学校の鉢は、学校の用具室へと戻しました。最後に、大きな枯れ草が残りました。
「これは何の花かな?」
「金盞花だよ。」
私も思い出したのです。最初は小さな植木鉢でしたが、だんだん大きくなって倒れるようになってしまったので、大きな植木鉢に移し変えてやったのです。30センチにもなる頃は、横にも枝らしきものが伸びて広がり、橙色の美しい花を一杯に咲かせたものでした。
枯れ枝を細かく折り、千切り、プランターに埋めました。残った小鉢の土をかぶせて、表面を平らにします。プランターの汚れも洗ってあげたので、何も無いプランターでも、見た目は綺麗に見えます。ベランダの床も壁も水洗いしました。
「この大きなプランターは、先生が新担任になったときに、何か種を播いて育ててよ。」
と言う子供の声で、私への贈り物となりました。
と言えば格好はいいのですが、処理に困ったごみの山の贈り物ですから、それほど喜んでいいとも思えません。ともあれ、これでベランダの片付けと掃除は終了です。
卒業式が終わり、子供達は様々な思い出を胸に残して旅立っていきました。4月からは中学校で新しい先生や仲間たちに囲まれ、学業やスポーツに励む毎日を送ることでしょう。そうして、大人へと近づく新しい人格を身に付けて行くことでしょう。残された者にはちょっと寂しいですが、これが人生の門出です。
そんな感傷に浸っていると、突然、私にも異動の辞令が下りました。時間も無い中、慌しく荷物を整理して、4月1日に異動したのです。プランターのごみの贈り物のことなど、すっかり忘れていました。
新しい学校に慣れたか慣れなかったかという頃、元の田水小学校の囲碁仲間から電話を貰いました。
「今度、園芸係になりました。一人先生は、元の教室のベランダで金盞花の苗を育てていましたね。あまり見事なので、学校の各クラスの花壇に植えたいのですが、よろしいでしょうか?」
と言うのです。
私は突然のことに驚いて、答えます。
「いやぁー、私はそんな種を播いた覚えはありませんよ。」
「いやいや、そんな筈はありませんよ。実に見事に生えています。学校の花壇に全部植えても、植え切れないほどありますよ。」
『もしや、あの枯れ草が芽を出したのかもしれない・・・』と思い、
「分かりました。どうぞ、存分にお使いください。それから、植え終わったら、プランターは処分して頂いて結構ですよ。」
もともと、草花の好きな先生で、暇を見つけては学校の植木や生垣の手入れをしていた人です。個人的に、本格的な鋏を何種類も持っており、学校では専門の植木職人に頼まなくても済むくらいでした。園芸係は、最適な人事でもあり、本人にとっても遣り甲斐のある係だろうなと思います。
それから半月ほど経って、研修会のために田水小学校に出張することになりました。旧知の先生方との旧交を温めながら、休憩時間にあのベランダに行ってみました。4クラスがひと続きになった長いベランダには、あのプランターが一つ置かれているだけでした。
傍によって驚きました。プランターの中は、田植え機で植える稲の苗のようにびっしりと、青々とした金盞花の芽が15センチ位に伸びているのです。端から5分の1位が掘り取られており、既に植え替えられたのかもしれません。
夏休みの直前に、再び研修会で田水小学校を訪れます。
学校の校門を潜って驚きました。
校舎の前や校庭の周囲の花壇に、橙色の金盞花が燃え上がるように咲き乱れ、夏の日差しを浴びて輝いて見えるのです。園芸係の先生の仕事ぶりに感心させられましたが、同時に、植木鉢を片付けた卒業生の笑顔が、花の上に浮かんで見えました。
『金盞花、万歳!』
金盞花の花に浮かぶ卒業生たちの笑顔は、私の心に今も残っています。




