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赤木の森の下影に  作者: 一人雅伸
水田の街と金盞花
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 <シャボン玉の教室>

<シャボン玉の教室>


 まだ、鉄筋校舎になる前の『木造校舎』で勉強していた頃のお話。

 今のアルミサッシや機密性の高い外壁材などは使われていないので、強い風が吹けば隙間風が教室中に入り込み、横殴りの雨が窓に当たれば、窓枠や桟等から水が染み込むといったことは当たり前でした。


 その日は、台風が接近し前夜から暴風雨に見舞われ、外は電線の鳴る音や時折の雷に、子供たちも不安と恐ろしげな気分で午前中の授業を受けていました。予報では、午後にはこの地域を通り過ぎるとの事でしたが、朝から強い風と雨がひっきりなしに窓ガラスに当たり、外で遊べない子供たちはつまらなそうです。廊下側の出入り口や窓からも絶えず隙間風が吹き込むので、寒さを感じているのも一因かもしれません。


 異変は、午後の授業が始まって間もなく起こりました。


 黒板に向かって板書していると、後ろから子供たちがざわざわとし始めました。窓際の子供たちが何か囁き合っています。

 子供達のほうへ振り向き、

「どうした、何を騒いでいるんだ。」

と言うと、窓際に座っている一人の子供が、

「先生、窓・・・」

「ん、窓がどうした。雨の音くらい気にしないでいいだろう。」

「音じゃなくて、窓から・・・。」

と言って、窓の下の部分を指差します。


 窓から何か入り込んだのかな、と思い、教卓から降りて歩きながら窓の下部分を見ると、その子供が指差した先には、『泡の塊』が有ったのです。窓枠のレールの部分、窓の下から『泡の塊』が突然湧いて出たのです。近づいてよく確認して見ましたが、普通の、洗濯や手を洗う『石鹸の泡の塊』にしか見えません。


 しかし、何故こんな所に『石鹸の泡の塊』があるのか理解が出来ず、思わず口から出た言葉は『なんだ、これは?!』だけでした。反対側の子供たちも騒ぎ出し、「なに?なに?」と言いながら窓際に見に来る有様になってしまったのです。


 その時、外の風雨が一段と強くなり、「びゅ~・・・」という音と共に、窓枠などから湿気を含んだ重い隙間風が入り込み、私の頬にも感じられました。その瞬間、その『石鹸の泡の塊』が大きくなり、他の窓からも『石鹸の泡の塊』が『ぶくぶくっ』と音を立てたようにして出現したのです。


 それを見て、大体の事が理解できました。


「はいはい、静かに。みんな席に戻りなさい。」

そう言って全員を席に着かせ、教卓から教室中を見回して、静かにさせ、


「誰だ、こんな事をしたのは。」

と、落ち着いた声で質問をしました。


すると、元気よく明るい声で、

「ハイ、僕です。」

と返事をして手が上がり、立ち上がった子供がいます。


K君でした。K君は成績が良い方ですし、ユーモアと行動力に溢れ、クラスのリーダー的存在です。時々、変わった発言や悪戯をしては、クラス中を明るくしてくれる存在でもあります。ニコニコとしながら、悪びれる様子もなく名乗り出たK君に、私は「叱る」タイミングを外されてしまったのです。


「そうか、K君、じゃぁ、この後どうすればいいか分かるか?」

と訊くと、K君は

「はい。」

と返事をすると、ちょっとかがんで自分の机の横からバケツを持ち上げ、見せてくれました。


 どこから持ってきたのか、バケツの縁には何枚かの雑巾が掛けてあります。その雑巾を手にして窓際に近づくと、『石鹸の泡の塊』が出てきたところに1枚ずつ被せていきました。全部の雑巾を被せ終わると、

「先生、後は、授業が終わってからでいいですか?」

と、ニコニコしたままで訊いてきたので、

「そうだな。今窓を開けて掃除をすると皆の迷惑になるから、後でやりなさい。」

「はい。」

K君は返事をすると、何事もなかったように席に着き、じっとこちらを見つめています。


 それまで他の子供たちは、K君と私を代わりばんこに見ながらザワついていましたが、K君が座って前を見ている様子を見て全員が私に注目しました。こうなったら『石鹸の泡事件』の事を、この場で言うことは出来そうもありません。私は、そのまま授業を再開したのです。


 放課後、台風が通り過ぎたと見えて雨も止み、風も殆ど無くなっていました。


 私は、一人だけ残ったK君がレール部分に溜まった『石鹸水』をキレイに掃除するのを監督しながら、訊いてみました。

「どうして、こんな事をしたの?」

「うん、朝、窓から外を見ていたら、ここに雨水が溜まってて、風が吹くと空気が入ってくるって分かったんだ。」

「それで?」

「だから、ここに『ママレ○ン』を入れたら、教室にシャボン玉が飛ぶかなって思ってさ。」

「そうか、それでそのバケツと雑巾はどうしたんだ?」

「だって、教室にシャボン玉が飛んだら、掃除しなきゃベトベトになっちゃうでしょ。だから、あちこちから探して集めたんだよ。それに時間が掛かっちゃって、お昼休みになっちゃった。」

「授業中にシャボン玉が飛んだら、迷惑だと思わなかったかい。」

「あ、そうか。その方が楽しいかなって思ったけど、ごめんなさい。」

「だけど、お昼には風が弱まって、泡もシャボン玉も出なかったから、そのまま授業が始まっちゃったんだ。」

「でも、風が強くても、シャボン玉は飛びそうもなかったね。残念だよ。」

K君は、手を休ませる事無く掃除をしながら、独り言のように自分の目論見が外れたことを私に語って聞かせるのです。


「そうだな、泡の塊は大きくなったかもしれないけど、シャボン玉にはならなかっただろうな。」

「うん、先生、これでいいかな。」

 K君の役目が終わったのを確認して、バケツと雑巾をもとの所に戻させてから解放してあげました。


 全く、子供の発想と想像力には驚かされることばかりです。好奇心と興味関心が高まると、とんでもない行動をする事があります。『ねずみ小僧』(「乃木山の春」参照)もそうですが、『児童理解』というテーマは本当に奥が深く、幅の広いものだと痛感させられます。こういう「悪戯」とも言える行動をする事で、児童は成長していくのだなということがよく分かります。子供の好奇心や探究心をどうやって引き出し、良い方向や更なる高みに引き上げてあげればいいのか、教師としての力量が問われているような気持ちになってしまいました。



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