044 『縁』
『縁』
「――いらっしゃい、きっと君なら来てくれると思っていたわ」
部室に来ると、微笑んだ先輩に出迎えられる。言葉通り、僕が来るのを待っていたようだ。
「先輩、どうして卒業式に来なかったんですか……!」
つい、声を荒げて問い詰めてしまう。自分でも思っていた以上に、僕は先輩がいなかったことにショックを受けていたらしい。多分、先輩を送り出したいという思いがあったから。
「あら、ちゃんと式には出たわよ、勿論卒業生として。ほら、証書も、花もあるでしょう?」
言いながら先輩は、証書の入った筒と、胸ポケットに刺された薄桃色の造花を見せる。
確かに、それは卒業生が受け取るものだ。けれど、先輩が式にいなかったことも、ずっと見ていた僕には分かる。あの会場に、少なくとも卒業生として先輩はいなかったのだ。
「もしかして先輩、今年が卒業っていうの、嘘なんですか……? 」
それならば辻褄が合う。もし先輩が卒業生じゃないなら、壇上に上がらなかったのだし、僕が気づかなくても仕方ない。持っている証書と花は、誰かから借りることだってできる。
「いいえ、私は君に嘘なんかついてないわ。修学旅行も行ったんだから一年でも二年でもないし、勿論留年なんかもしていない、今日の式で卒業する三年生よ。君の予想や期待と違ってね」
「そんな……。じゃあ、なんで……」
「その答えは、またいつか教えてあげるわよ。それよりも、問いかけたり落ち込んだりする前に、卒業生に何か言うことはないのかしら?」
「それは、そうですけど……。えっと、その、卒業、おめでとうございます……」
本当なら、もっと心を込めて先輩を祝いたかった。けれど、分からないことや納得のいかないことが多すぎて、歯切れの悪い、不承不承といった感じの言葉になってしまう。
「そんなに落ち込まないで。人の縁は簡単には切れないものよ。きっとまた、すぐに会えるわ」
「けど、卒業したら、先輩も忙しくなるだろうし、そうそう会ったりなんて……」
「もう、私の言うことが信じられない? それに来年からは君が先輩になるのだから、そんなんじゃだめよ。君がちゃんと部を守ってくれたなら、私は絶対君のところに会いに来るから」
そう言って宥めるように、先輩が僕の頭を抱いた。突然のことに立ち尽くしたまま、僕は何も言えず動けない。けれど、彼女の暖かさを感じるうちに、瞳から流れる何かは止まっていた。
抱かれたまま、震える声を、寂しさを感じてしまう心を押し込め、僕は何とか声を絞り出す。
「約束します。僕は絶対、この部を守ります。先輩がいなくなっても、僕一人になっても……!」
「えぇ、ありがとう。私も約束するわ、絶対に、また君のいるこの部に会いに来るって」
この後は、僕らはいつものように取り留めのない話をして、下校時間までを部室で過ごしていく。そんな変わりのない日常こそが、とても貴重で、大切なものなのだと心から思えた。
――こうして、一年にわたる僕と先輩の交流は、終わりを迎えたのだった。
これにて完結――ではないです、流石に。
あとはもう色々と伏線回収したりしてくのみです。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。




