◇冬(本家。かのさんに捧げ物)
綿埃の固まりみたいな雲から、白い結晶が降ってくる。雪が物音をすべて吸収して、痛くなるような静寂が町を包み込んでいた。空気も身を裂くような鋭さがある。閑寂も空気も人の身体に突き刺さる様だ。
図書館で目当ての本を借りたヴァレンタインは、耳を切り裂きそうな風に肩を竦めた。
タイルで飾られた歩道は雪に埋もれて姿の大半を隠していた。人の歩いた形跡が雪を汚して溶かし、花壇や塀の上には雪がつもっている。これからきっともっと積もるのだろう。
ヴァレンタインの頭にも、氷の結晶がふってきてすぐにとけた。肩につもった雪を軽く払うと、そこだけすこし濡れている。白い息を吐き出し周囲を見回すと、背後からスッと頭上に影がさした。
ヴァレンタインが振り返る。経っていたのは東洋人の男だ。
「ツァオくん」
「遅かったな。帰るぞ」
「迎えに来てくれたの?」
「傘もってなかっただろ」
「ありがとう、ツァオくん」
ヴァレンタインが礼を言うと、男はすこし頬を赤くして目を逸らす。
「フン」
それから彼は、すこし急かすように軽くヴァレンタインの背中を押した。ヴァレンタインは笑って、雪の歩道を歩き始める。
道行く人は皆ツァオ同様傘を差していて、中には2人で1つの傘を共有している男女も何人か見られた。そういうのを見ると『ああカップルだなぁ』と思うのだが、しばらくして自分も同じ状況であることに気づき、思わず俯く。
人の気持ちの変化に疎いくせに、ツァオがなぜかこんな時に限ってヴァレンタインの変化を看破した。
「どうした?」
ヴァレンタインが笑顔で首をふる。
「なんでもないよ」
「ふーん」
向うの通りで傘がひとつ、位置を変えた。雪から身を守るというより周囲から隠れるといった感じの向きだ。2人で1つの傘を共有していたらしく、傘の中の2人の距離が、非常に近くなっている。
「明日も雪かな」
「しばらく続くだろ」
「そっかー……そうだよね。今の家に買いだめしといたほうがいいかなぁ」
雪の時はあんまり外に出たくないよね、とヴァレンタインがぼやく。ツァオは相変わらずの仏頂面だ。
「そうか?」
「そうだよ。寒いし傘ささなきゃいけないし」
なんといっても、雨の日と雪の日の冷たさはレベルが違う。それでさらに買い物の荷物を持つとなると一苦労だ。
「……だったら、荷物は俺が持ってやるよ」
明日は仕事ねぇし。と呟くツァオを見て、ヴァレンタインは首を傾げた。
「でかけたいの?」
「別に」
「えー、でも」
「うるせぇ。でかけたくねぇよ! めんどくさい!」
ツァオがバツの悪そうな顔をした。それからツァオの持っていた傘の位置が、一瞬動く。
雪から身を守るというより周囲から隠れるといった感じの向きだ。
ヴァレンタインがあれ、と思った時には、ツァオの手で視界が塞がれていた。
恋人といる時の雪って特別な気分に浸れて僕は好きです