手を繋ぐ(リエシエ。あーやさんに捧げ物)
「っ、あー……くそ、マズったなぁー」
鬱蒼と茂る深緑の木々が太陽の光を遮っている。周囲からは不気味な鳥の鳴き声。足は少し動かしただけで激痛がする。魔物退治の際一瞬の油断から負ってしまった怪我だ。
いつもなら考えられないことだったが、体調不良を押して戦ったのが悪かったのかも知れない。これが発覚すれば、兄や友人のルルサ、グレイに大層怒られる事だろう。そのことを思うと今から気が重い。
しかし目下の問題は、足を負傷した状態で薄暗い森の中からどうやって脱出するかということだった。
さきほどまで魔物がいた場所だ。またいつ魔物が現れるとも限らない。
ふと、森の奥から葉のこすれる音が聞こえてきた。それだけなら風だろうと思うのだが、音がどんどんシエルの方に近づいてきている。魔物である可能性が高い。
怪我をしている状態ではあるが、当然シエルは全身を緊張させ、剣を構えた。いつでも迎撃できる体勢だ。
音が極限まで近づいて、すぐ近くの葉が動いた。
――おかしい。殺気がしない。
眉を顰め、剣を構えたまま木に背中を預ける。ガサガサと葉のこすれる音がする。
やがて姿を現わしたのは、よく見知った黒髪の男だった。
「あー! リエロウ! なんでこんなところにいんだよ!」
闇騎士でありリアーダ皇国第二王子であるリエロウ・ファーがそこに立っていた。シエルが思わず声を上げると、男が呆れたようにため息をつく。
「ボクは闇騎士なんだから、魔物退治にくるのは当り前だろう。シエルもそうだろう?」
「ん……まあ、そうだけどよ」
それから男はシエルの足元に視線をやった。目ざとい男だと思う。そうでなければ騎士など続けられないだろうから当然だが。
「足を怪我しているのか。見た所顔色も悪いようだ」
「ちょっと油断しただけだ」
「そうは見えないな。帰ったら仲間の叱責は覚悟しておくことだ」
「ぐっ……」
シエルが言葉に詰まる。リエロウはもう一度ため息をついてから、シエルに向って手をさしのべた。
「手を貸そう。その足では歩けないだろう」
言われて、シエルは口を尖らせる。
「大丈夫だよ」
「そうは見えないな」
また、シエルが言葉に詰まった。それでもリエロウの手を取るのに少し戸惑いがある。自分の不注意からきた怪我で他人の手を患わせるのは申訳ないし、助けて貰うのも気恥ずかしい。
それに、手を繋ぐことになる。
いつまで立っても動かないシエルに痺れを切らしたのか、リエロウがスタスタと歩み寄って無理やりシエルの手をとった。
「あっ、おい!」
それからシエルの腕を肩に担ごうとして思い直し、彼女の腰に手を添える。
シエルは当然声を荒げた。
「なにすんだよ!」
「だから、歩けないだろうから手を貸そうといってるんだ。横抱きにしないだけありがたいと思ってくれ」
シエルはまた言葉に詰まった。
口を尖らせリエロウを睨みつけていたが、いつまで経っても横の男は表情を変化させないので諦める。
ガサガサと葉のこすれる音がして、リエロウはどんどん森の中を歩いて行った。
「ボクがいてよかったな」
「ぬかせ」
繋いだ手は温かかった。
シエルはそれから当然仲間達にお叱りを受け、怪我と体調不良を直すために数週間、さらに無茶をした反省を促すために一週間、外出を禁じられて非常に退屈な日々を送るハメになるのだが――この時の彼女はまだ、その悲劇を知るよしもなかった。