異世界から来た男とまかない飯
昼の客足が落ち着く頃には、レオンも少しだけ店の動きが分かるようになっていた。
客が入ってきたら挨拶をする。
水を出す。
注文を聞く。
料理を運び、食べ終わった客の皿を下げる。
簡単なことばかりではない。
水を足すタイミングが分からず、客に呼ばれてから気づくこともあった。注文を聞いたあと、料理名を忘れないように頭の中で何度も繰り返したこともある。
それでも、一度教わったことは次から気をつけた。
村上も、細かいことをいちいち責めたりはしなかった。
「レオン、そこの水」
「分かった」
客のコップに水を注ぐ。
今度は、いっぱいにしすぎない。
「……これくらいか」
「上等だ」
村上は短く答え、厨房へ戻った。
それだけのことなのに、レオンは少しだけ気分がよかった。
剣の腕を褒められるのとは違う。
まだ知らないことばかりだが、少しずつ、この店の役に立てている。
その感覚は悪くなかった。
やがて、最後の客が帰った。
レオンは食器を下げ、テーブルを拭いた。教わった通りに皿を分け、椀を重ね、厨房へ運ぶ。
村上はフライパンを洗いながら言った。
「今日は、まあ初日としてはこんなもんだな」
「迷惑をかけた」
「迷惑ってほどじゃねぇよ。最初から全部できる奴はいねぇ」
村上は水を止め、洗ったフライパンを立てかけた。
「ただし、分からねぇことを分かったふりするな。そこだけ気をつけりゃいい」
「分からないことは聞く」
「そうしな」
レオンは頷いた。
そして、ふと思い出したように厨房を見る。
「さっきの料理だが」
「ナポリタンか?」
「ああ」
レオンは言葉を選んだ。
「作り方を教えてもらえるか」
村上は手を止めた。
「ハンバーグはもういいのか?」
「もう一度焼きたい。だが、あれだけでは足りない」
「何が足りねぇんだ?」
「この店の料理を、もっと知りたい」
村上はレオンの顔を見た。
真剣だった。
初めて見るものに片っ端から飛びついているわけではない。今日一日、厨房で見たものを頭の中で整理しているのだろう。
「……そうかい」
村上は布巾で手を拭いた。
「じゃあ、まずは片づけを終わらせるぞ。話はそれからだ」
「分かった」
二人で残りの仕事を片づけた。
レオンは使った道具を洗い、作業台を拭いた。包丁を置く位置も、布巾を掛ける場所も、少しずつ覚えている。
最後に床を掃き終えると、村上が時計を見た。
「よし。ちょっと休むか」
「休む?」
「飯だよ。昼飯」
村上は冷蔵庫から食材を取り出した。
「店で働いたら、自分の飯も食わなきゃな」
レオンは手を洗い、厨房の端に立った。
「何を作る?」
「余ったもんで適当にだ」
村上はそう言いながら、フライパンを火にかけた。
残っていた野菜を刻み、肉を少し加える。そこへ飯を入れ、手早く炒めた。
レオンはその手元を見ていた。
「それも、ナポリタンと同じフライパンか」
「まあな。料理によって使い分けることもあるが、こいつはこれでいい」
「道具も、使い方で変わるんだな」
「そりゃそうだ」
村上は炒めた飯を皿に盛った。
「ほら、食え」
レオンは椅子に座り、スプーンを手に取った。
ひと口食べる。
特別な料理ではないのだろう。
残り物を使った、簡単な飯だ。
それでも、温かくて、香ばしくて、腹に染みた。
「……美味いな」
「残りもんだぞ」
「それでもだ」
村上は照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「大げさな奴だな」
レオンはもうひと口食べた。
ザルドアにいた頃も、仲間のために食事を作っていた。
野営地で火を起こし、肉を焼き、採れた野菜を煮込む。腹を満たし、体力を戻し、次の戦いに備えるための食事だった。
それは大切な仕事だったし、誇りもあった。
だが、この店で見る料理は、少し違う。
同じ肉でも、同じ野菜でも、手のかけ方で味が変わる。
火の扱いひとつで、食べる人の顔まで変わる。
そして、村上はそれを特別なことのようには語らない。
当たり前のように手を動かし、当たり前のように客へ出す。
その当たり前の中に、長い年月が積み重なっている。
レオンは皿の上の飯を見つめた。
「村上さん」
「ん?」
「料理を覚えるのは、思っていたより難しいな」
村上は少し笑った。
「今さら気づいたのか」
「いや。難しいことは分かっていたつもりだった」
レオンはスプーンを置く。
「だが、知っていることと、できることは違う」
「……そりゃ、そうだ」
村上は自分の飯を食べながら頷いた。
「頭で分かってても、手が覚えてねぇことはある。毎日やって、少しずつ自分のもんにしてくんだよ」
「毎日か」
「毎日だ」
レオンはその言葉を、しばらく考えていた。
魔王を倒すまでの道のりも、一日で身についたものではなかった。
剣も魔法も、何度も繰り返し、失敗し、身体に覚えさせてきた。
料理だけが違うはずはない。
「……なら、やるしかないな」
「おう。そういうことだ」
食事を終えると、レオンは自分の皿を持って立ち上がった。
「洗ってくる」
「おう、頼むわ」
流し台に立ち、皿を洗う。
水の音が厨房に響く。
レオンは皿の汚れを落としながら、さっき見たナポリタンの手順を思い返していた。
玉ねぎを炒める。
肉を入れる。
麺を加える。
ソースを絡める。
順番は覚えた。
だが、どのくらい炒めるのか。
どのタイミングで麺を入れるのか。
ソースを絡めるとき、火をどうするのか。
見ただけでは、まだ分からない。
「村上さん」
「今度は何だ?」
「ナポリタンを作るとき、麺はどのくらい炒める?」
村上は振り返り、少し考えた。
「そうだな。次に作るとき、そこをよく見てろ」
「時間では教えてくれないのか?」
「時間だけ教えたって、同じにはならねぇよ」
村上は笑った。
「お前、ハンバーグでそれを覚えたんじゃなかったのか?」
レオンは一瞬、黙った。
「……そうだったな」
「ははっ。まあ、そうやって覚えてきゃいい」
レオンは再び皿を洗い始めた。
次は、ナポリタン。
その次は、まだ知らない料理。
覚えることは山ほどある。
魔王を倒した冒険者にとっても、ここではまだ、覚えたての新人にすぎなかった。
ナポリタンに興味津々のレオン君ですが、いったん落ち着いて賄を食わせられました。
料理名は言っていないですが、西洋風炒め飯みたいなもんではないでしょうか?
(炒飯でもないし、ピラフでもなさそう)
なんかうまそうな感じです。
次回果たしてナポリタンを作るのか、それとも?
それでは次のお話で。




