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1章4話

魔術師の朝は忙しい

 一八四六年。大英帝国。帝都ロンドンの一日は労働者が入れた石炭の煙から始まる。

 その一角にあるコーヒーハウスの窓際で黒いベール付きのトーク帽とシフォンのエンパイアワンピースに身を包んだ女は新聞を広げていた。

「今日も物騒ね」

 少し乾いた声色で呟きながら、肌を刺す気配に小さく息を吐く。なんと分かりやすいことか。もっと上手く隠せないのか、と嘆息しつつ近付いてくるウェイターの足音に口角を上げる。

「カプチーノでございます」

「ありがとう」

 女は新聞を持ち上げる。それにより隠れて見えなくなったカプチーノに向かって詠唱する。

「エロヒム、ミカエル、エレル、セラフ、ダロム、アシュ」

 カプチーノの表面に波紋が広がる。揺らぎは次第に収まり、白銀の髪の青年の姿を映す。

「遅いわ吊された男(ハングドマン)

「そうカリカリしないでくれよ女教皇(ハイプリエステス)。こちらは魔女殿と幼子の保護で手一杯だったのさ」

「……やっと見つけたのね。よかったわ。って、待ちなさい。幼子?」

 引っかかる単語に思わず尋ねると、とんでもない回答が返ってきた。

「ああ。魔女殿を掘り起こした少年と、連中の餌にされかけた少女を、ね」

「あんた、その子達をどうする気? イルミナティは慈善団体じゃないのよ」

「彼らが我らの主の光を拒むのなら、記憶を消して適当な貴族の家に保護してもらう。だが、焼かれる覚悟でその光を浴びるというのなら」

「……そうなればもう普通の道を歩めないわ。あんたや私のように」

 女教皇は自分の弟子であり見習いである少女の顔を思い浮かべ、眉を寄せる。

「イサァクに飽き足らず、その子達まで」

「それはお互い様、だろう? 女教皇」

「……あいつを再現するために払われた犠牲は記録されているわ。十四世紀のワラキアを繰り返させてなるものですか」

「ああ……」

 波紋が消える。通信魔術の時間切れだ。

 女教皇はコーヒーカップを持ち上げて一口啜る。

「……苦いわ」

 そのまま一気に飲み干し、会計を済ませた女教皇はコーヒーハウスを出てゆったりと歩く。テムズ川にかかる橋の近くで足を止めた。

「出てきなさいネズミ」

 霧の奥から、赤と白と金の衣装に身を包んだ男が現れる。ローゼンクロイツ分派の刺客だ。

「ほう、よく気付いたな」

「姿を隠して殺気を隠さずとはこのことよ」

「……あの魔女はどこだ?」

「知らない、と言ったら?」

「我等が御名の元、地獄へ堕ちてもらおう! 悪魔を崇める売女め!」

 男は剣を抜き、女教皇に襲いかかる。

「口の聞き方には気をつけなさい」

 女教皇は小さなランプを取り出す。蓋を開けると、小さな青白い炎が灯され、風の精霊シルフが顕現する。瞬く間に刃のような風が男の首を刎ね、血しぶきが霧に溶ける。

「ありがとう、みんな」

 ランプを閉じ、歩き出す。

「さて。まずはAZが輸送された墓場に行きましょう」

 フルールとAZが出会った墓場は朝から騒然としていた。群がりざわめく野次馬をドクタージョブズは落ち着いた口調でなだめる。

「皆さん落ち着いてください。いつもと同じことです。ただの墓荒らしの仕業です」

 女教皇は墓場の外れから茶番を眺める。

「見つけた」

 指を鳴らすと、風が渦を巻き、シルフが再び現れる。

「ドクタージョブズが次に動く場所を教えて」

 シルフはわらいながら医者の首に巻きつく。この首輪は術者たる女教皇が解除するか対象が死なない限り一生外れることのない強力なモノだ。

さあて、どこへ行くのか教えなさい。

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