mean.9
信嗣さんが入ろうとしていた店は、オシャレなダイニング・バーだった。入り口の時点で尻込みしてしまう。
「うお。いいんすか? 俺、場違いじゃないっすか?」
「大丈夫大丈夫。カジュアルな店だし、値段も良心的らしいよ。メシうまいといいね。
史佳も彼女できたら連れてくればいいよ。予習予習」
うわー。こんな店に女の子連れてっちゃったら絶対イチコロだと思う。俺が女だったらコロッと行く気がする。
残念ながら、いまのとこ連れて行く女の子の候補は全然ないけど……。
もちろん店内もオシャレだった。大声で騒ぐような客は誰もいない。
「史佳なに飲む? ノンアルも結構あるよ」
「あ、じゃあシャーリー・テンプルで」
「あ、いいチョイス。じゃあ俺もそれにしよ」
信嗣さんと飲み物の趣味が近いってだけで、俺ってもしかして大人? って錯覚して調子に乗りそうになってしまう。
単純だなあ、俺って。
でも料理は信嗣さんに適当にお任せする。メニューを見てても、謎なカタカナばかりでどういう味のどういう料理か全然想像ができない。
もし万が一俺に彼女ができたとしても、まだこういう店に連れていくのはレベルが足りないということだけは分かった。
飲み物が来て、乾杯した。……なにに乾杯してんのかは不明。
一口飲んで、すぐに分かった。
「あ……! これ、ちゃんと辛いジンジャーエール使ってる。うまっ!」
自販機に売ってる甘くて薄いジンジャーエールじゃないやつだ。もうそれだけで7品2時間飲み放題3000円の居酒屋とは格が違う。さすがバーだけある。
「信嗣さん、姉ちゃん絶対ここ気に入りますよ」
姉ちゃんは大の辛党だ。甘くて薄いカクテルは酒じゃないと言って缶飲料を全否定する人だ。
「その情報が聞けただけで、俺としては大収穫」
信嗣さんはにっこり笑う。
そしてスーツ姿の信嗣さんと、この店の雰囲気がめっちゃ調和してる。
……ほんと信嗣さんって落ち着いてて大人でかっこいいよなあ。
俺なんかにもめちゃくちゃ優しくしてくれるし。
普通の彼氏は、彼女の弟なんかあんまり相手にしないんじゃねえのかな。
俺だったら緊張するし無理な気がする。
それとも社会人になると、一気に大人になんのかな。
俺も社会人になったら、こんなかっこいい男の人になれんのかなあ。なんか無理な気しかしない。
うーん、もし俺が誰か同性を真似すんなら、やっぱ俺なんかより信嗣さんみたいな人を真似するよなー。
それで思い出した。
信嗣さんに寺西のことを相談してみよう。
「あ、あの、信嗣さんって……同性から、真似されたりとかして……嫌な思いとかって、したことあります?」
「真似?」
前菜の盛り合わせを小皿に取り分けていた手を止め、信嗣さんが首をかしげた。
「俺の大学の仲間で、やたら俺の真似するやつがいて、服装までまるパクリされて……気になり出したら急に気持ち悪くなっちゃって。
信嗣さんも、そういうことってあったりしました?」
信嗣さんが苦笑した。
「やっぱ姉弟だね」
信嗣さんの言ってる意味が俺には分からなかった。