卒業準備日
今年の冬のイベント雪中行軍での大量の魔物召喚事件は、これまでの召喚以上に大ニュースとして国中を騒がせた。
予言通り、学園施設はそれなりに損傷を受けたものの、人的被害はほとんど出すことなく、ある意味大成功でイベントを終えることができた。
その辺は、新歓バトルロイヤルを始めとした、敷地内全体を舞台に戦うイベント事に慣れてる学園生ならではなとこもある。
イベント終了後に閉会を告げたファーガスのいつもの無表情から、喜びにむせび泣いている心情が読み取れた時には、思わず噴き出して周りに変な目で見られた。何故かつられ笑いしたベテラン教師が何人かいたけど、そいつらは後でファーガスにチクチクやられたらしい。私の責任じゃない。
ちなみに同行教師はあの騒動の中でも担当した班の評価をしっかり付けていて、不甲斐ない姿を晒した生徒は容赦なく地獄の補習に叩き込まれることとなった。
私たち8班は、全員無事合格。私が消えた後もしっかりやってたようで、心の中でだけよくやったと褒めてやった。
後で学園の廊下でたまたま会ったクライヴから改めてお礼言われたけど、私は基本的に口しか動かしてないから、みんなの頑張りの結果だよね。
一緒に苦労しただけあって、前ならすれ違うたびに渋い顔されたけど、今は会えば普通に挨拶するくらいにはなった。もちろん元メンバーのみんなとも。
これまで関わらなかった顔ぶれと交流が深められるのも、雪中行軍の好きなとこだ。
そして、あれから二か月経ち、もう春に差し掛かっている。
予言の時は、いつ来てもおかしくない。
とはいえ、国も大掛かりなくらい学園に人材を送り込んでいたのは、そこに向けた準備のためでもある。データを取り、疑似的な空気感を肌で感じ取り、傾向を分析して、今後の対策を詰める上で大いに役立ったらしい。春のスタンピードへの前哨戦も無事すませ、後は本番を待つのみといったとこか。まさに計算どおり!
今は普段通りの日常を送りつつも、いつ災厄に見舞われても対応できるよう、国中、特に王都の国民は準備万端整えて、いつでも来いやあと、鼻息荒く待ち構えている。
このノリが我が国の強みだよね。
我がバルフォア学園は、春夏秋冬と大きな学園行事を一通り終え、後は最後のイベント、卒業式を待つのみとなった。
基本的にイベント事で悪ノリの過ぎる我が国も、学園の卒業式自体は、厳格なしっかりとした式になる。
来賓として国王も出席するだけあって、おふざけも荒っぽいこともなし。
一周目の卒業式でも、よく知りもしない市議の祝辞とか電報とか来て、もうさっさと終わってよと飽き飽きしたものだけど、まあ、こっちもその辺は似たようなもんかな。堅苦しいだけの真面目な行事で正直つまらない。
ただ、一つ明確に違うものがあるとすれば、怪我人の数が異様に多いことだろう。
何故ならその前日、みんなのお楽しみパーティーがあるからだ。
卒業式を本祭とするなら、こっちの裏祭こそが、生徒にとっての本番だったりする。
といっても、ファンタジーの学園でおなじみの優雅なダンスパーティーとかじゃない。我が国にそんな気の利いたもんがあるわけない。
それは正式な学園行事じゃないから、これといった名称もなくて、伝統的には卒業準備日と呼ばれている。
名前だけなら普通? ――と思わせといて、「卒業」の「準備」の日なとこが、さすがのバルフォア学園クオリティとなるんだけれども。
「ええっ、卒業の前夜祭でダンスパーティーとかないんですかっ? 異世界学園モノのお約束じゃないですか!」
学園での昼休み。学食でランチの最中に卒業準備日の話が出て、ユーカが素っ頓狂な声を上げた。
かつてまったく同じことを思っていた私は、半笑いで答える。
「この国がそんな優雅なだけのものするわけないでしょ」
そんなときめきイベントあったら、どんな理由を付けてでもキアランと踊ってやるわ。
「パーティーの真っ最中にグラディスが断罪されて、容赦なく爽快な返り討ちにするとこ楽しみにしてたのに」
ユーカが残念そうにふざけた冗談を抜かしやがる。
「なんで私が悪役令嬢前提なの。ってか、それだとキアラン、マックス、ノア辺りがまとめて敵対勢力じゃない。それとルーファス先生辺りも。そもそもその場合、返り討ちにされるヒロインポジション、確実にユーカだからね?」
「はっ!?」
言われて初めて驚くユーカ。
今気付いたんかい!
召喚された異世界人で、チート持ってて、誘拐までされて、国家式典で大衆を救う大活躍で一躍ヒーローって、定番イベントどんだけこなしてるのって話だよ。
私も似たようなもんだけど、基本的に裏方だし情報も隠してるから、やっぱり表舞台に立ってるユーカの役どころでしょーよ。
でもツッコミつつも、それはそれで確かに面白そうだな、なんて内心で思ったりもする。
特に私の悪役令嬢なんかは実に楽しそうだ。機会があればぜひやってみたい。
ただし婚約破棄とかしたくても、そもそも肝心の婚約を仲間内の誰もしていない。故郷に婚約者がいるヴァイオラ以外、みんなフリーだからね。誰と付き合おうがご自由にとしか言いようがない。
ちなみに肉食人種ばかりの我が国では、略奪愛とかは大した問題にならない。ハンター家みたいのが堂々と公爵やってるくらいだから、割とその辺は大らか。ついでに言うと身分差なんかよりも、当人の能力とか実力差の方がよっぽど重視されるくらい。
とにかく恋愛も立派な戦いなのだ! 一周前の私は、参戦資格すらなかったけど!
まあ派手にバトれるものならバトってみたいものだけど、残念ながらこの一年間、私に対立する勢力はまったく育たなかった。っていうか芽の内に潰しちゃってた気がしないでもない。
あれ? 教育者としてはそれもどうなの?
いや、私も今は同じ学生だし! 踏まれてもくじけない雑草のように強靭な精神がない方が悪い。最近の学生が軟弱すぎるせいだな!
せっかく卒業準備日っていう、ある意味ざまあにおあつらえ向きのイベントがあるのになんてもったいない!
教師生活の間に何例かは断罪に近いことをされてた奴もいたけど、まあ私に限っては可能性は皆無だろうな。
仮に企みがあったら、もちろん徹底的に叩き潰す!
「なんだよ、グラディスを断罪って」
普通に物騒な発言に、眉間にしわを寄せるマックス。他のみんなも怪訝そうな顔で見返す。ユーカはしれっと説明した。
「よく知らないけど、私の故郷では流行ってたらしいんですよ。詳しい親友から聞いた話だと、美人でワガママでやりたい放題な公爵令嬢が、卒業のパーティーとかで婚約破棄された上で、今までのやらかしを生徒会役員の王子様一派に厳しく追及されて、その場で国外追放とかにされるんだそうです」
「はあ?」
はい、ユーカのあまりにざっくりとした説明に、一同丸ごとぽかんだよ。
いや、確かにそうなんだろうけどさあ、フィクションだと言い忘れてるね!
でも改めて言われてみると、なんか感心したくもなる。この『必要なキャストがほぼ全員揃ってる』感、すごいわ。
みんなキョトンとしてる中、マックスが代表して発言する。
「なんでそんなめでたい祝いの席で、わざわざ極めてプライベートな問題で水を差す必要があるんだ? 自宅で親族を集めて設けた席じゃダメなのか? しかも規範を示すべき王族が、学園行事中に学生だけで動いて国外追放? 問題提起からいきなり一足飛びに刑罰の執行って、法整備と命令系統はどうなってるんだ。士気と規律は大丈夫なのか? 恐ろしい国だな」
真面目に至極ごもっともな感想を漏らした。
おいおい、いくらなんでも真に受け過ぎ。少しはユーカを疑え。ユーカのラノベ好きな親友からの聞きかじり情報だからそれ。
ユーカ本人は小説読まないもんだから、嘘じゃなくても伝聞みたいになっててタチ悪いわ。
「そんなこと現実に起こってるわけないでしょ。確かに流行ってたけど、物語の話だから」
「なんだよ、紛らわしいな!」
私のネタバラシに、一斉に笑いが起きる。
学校行事中なんてある種の密室で刑の確定及び即時の執行とか、どんな闇の秘密結社だっての。
そういえば、機嫌を損ねた総統がボタンを押したら、失言した幹部が突如床に開いた落とし穴に落とされる的な懐かしアニメあったなあ。恐怖政治にもほどがあるわ。
ところでボタン一つで任意の場所に穴を発生させる技術は、ハイテクなのかローテクなのか。せっかくの超技術をなんでそんな馬鹿馬鹿しいことに使うんだ。
それはともかくかくとして――マックス、どうも誕生パーティーでガツンとやられて以来、ユーカの言葉をそのまま受け止めちゃう傾向があるのが、最近ちょっと気になっている。私からの悪影響で、年上の強い女に対して子分気質があるのが否めないというか……。
面白いから引き続き要観察だ!!
「で、結局のところ何なんですか? その卒業準備日って」
「ふふふふふ」
思わせぶりな笑みを返す。みんなもニヤリとしてる。
そう、我らがバルフォア学園の卒業パーティーが、品格溢れるダンスパーティーであってたまるか!
「表向きは授業もない自由登校日ってことで、校舎と運動場が開放されるんだけどね。――実質はズバリ、お礼参りタイマン大会」
「――うわあ……」
さすがにこの一年で学園のノリに慣れてきたユーカも、ドン引きしたのは仕方ない。




