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ノアの不敵な笑みは、そこで皮肉そうな溜め息に変わる。
「うちなんてハンターいるからね。二年のギル・ハンター。確実にリーダーは彼になるだろうなあ。お山の大将系の」
行き当たりばったりに振り回される予想に、今から疲れた顔をする。
いつもはまとめてガイの子分みたいな扱いの彼らも、個々の実力的には文句なしの上位陣なのだ。ハンターのいるグループに当たった……というよりかむしろババを引いた学生は、確実にイライラ度五割増しになるだろう。ご愁傷様です。
避難訓練だけあって、今回学生に問われるのは、戦闘力よりも基本的な常識や社会性。
暴れるのが仕事といってもいい他のイベントと逆で、暴れないことこそが主眼となる。
とにかく困難な状況を耐えながら、ひたすら避難。ただただ忍耐を試される。それだけに、学生のストレスの度合いは、同じ班になったメンバー次第でものすごく左右されるのだ。
いつもの固定パーティーじゃなくて、学園で勝手に班の組み分けをされるのもそのため。
騎士、魔導師、一般人の割合こそバランスは取られるものの、その場に偶然居合わせた知らない人同士で、力を合わせて困難を乗り切るというのが基本コンセプトだから、普段ほとんど接触のない顔ぶれにされる。
不測の事態に、都合よく気心の知れた仲間同士で動けることの方が、現実には少ないわけだからね。
さっきもらった指令書で、自分のグループを指定され、指示された集合場所に行って、初めて誰とともに行動するのかや、今日回る目的地など知ることになる。
単細胞がリーダー。すでに確定したも同然の予想にうんざりするノアを、笑い飛ばしてやる。
「ふふ、あの手の脳筋の手綱を上手く取るのも、政治屋としての訓練のうちでしょ」
「まあ、ねえ……。僕のとこでもまだマシだろうしね。キアランなんて、ガイと同じグループだったよ」
「おお、そう来たか」
学園の思惑が透けて見える配置に、ちょっとニヤリとする。
王子と次期公爵をぶつけてきたか。
「面白そう。ちょっと見てみたいかも。同じ班のメンバーにとっては、いいお手本になるだろうね」
「かもね」
基本的には自分で何でもこなせるキアランだけど、本質は私と同じく縁の下から人を支えて動かす側だ。多分サブリーダーにでも収まって、祭り上げた大将をいい感じにコントロールしちゃう感じになるだろう。
クセの強いエースを調子に乗せて上手く転がす監督というか、お釈迦様とその掌で暴れるお猿さんというか。この構図って、我が国ではそのまま国王と公爵の関係に当てはまってる。一番ヤンチャなガイをあてがって、今から将来の予行練習ってとこかな。
「ところで」
一緒に笑ってたノアが、今度は私の服装を目ざとく観察する。
「それ、いいねえ。いつものと違って、すごく実用的」
素直に感心してくる。ノアは良くも悪くも私の服装に関しては正直者だ。
「ふふふ。今日のために、特注で作ったからね」
私も褒められてドヤあ、となる。
予行演習の時は学園の備品だった基本装備も、本番当日は、経済的な問題がない限りは自前での準備が推奨されている。本当の有事の際に、レンタルしてる余裕なんてないからね。
今日の私の服装は、ほぼ一周目の登山スタイルの再現。どこまでも機能性と使用感を追求した防水防寒ブルゾンとパンツ、編み上げブーツ、リュックまでしっかりと準備してきた。
髪も編み込んで一つにまとめ、ニット帽とグローブで寒さ対策もばっちり! きっと日本の山で、普通に見かける格好だ。
学生として前世で三回経験したベテランとして言わせてもらえば、飲食とか疲労は一晩くらい何とかなるけど、寒さだけはどうにもならない。一番堪えるから、そこはしっかり押さえておかないと。
ちょっとした小物とか、差し色以外は徹底して実用本位のデザインでまとめている。オシャレは我慢のポリシーは今回だけは自重しといた。さすがにここでそのこだわり入れたら死ぬわ!
「それだったら、僕も欲しいなあ」
ノアが羨ましそうな目で見る。
「これは必要だから作っただけで、別に商売するつもりはないんだけど。可愛くないんだもん」
こんな山男が欲しがりそうなものなんて、正直食指がまったく動かんな。まあ、世間の要望が強いようだったら、職場のみんなと相談してみようかな。
「ああ、それと……」
ノアが思い出したように、ここでちょっと声を潜めた。
「結界のあれ対策、突貫作業で何とか間に合ったらしいよ。専属の研究員と魔導師総動員で」
「へえ、すごい」
素直に感心する。
あれ、というのは、当然グレイスのことだ。それにしても専属研究員なんて作ってたのか。いつの間に。
学園の結界がグレイスにも作用するように改善されただけで、危険度が格段に下がる。
まあ私の予言でも、グレイスの介入がこれ以上ないのはなんとなく分かっていたから、今回のイベントを推奨したんだけど、これが理由だったのかな? とにかく朗報だ。
「よく間に合ったよね。ユーカには問題ないわけでしょ? たった二日で、あれだけを選択的に排除できる結界に作り替えるなんて」
「そりゃ、サンプルで地道に研究続けてたのが役に立ったんだよ」
「サンプル?」
「君が提供したんでしょ? おじいさまに」
「は?」
私、アイザックにサンプルなんて提供したっけ?
「強権発動して、ランドール家からなけなしの遺品を徴収せずに済んだから、結果オーライだって言ってたけど」
「――あっ!?」
そこではたと思い出す。
グレイスの瘴気が染み込んだトロイの血だ! トロイの最期を看取った際、私が身に着けていたものは、それを大量に吸い取っていた。
遺体すら残されてなかったから、せめてもの拠り所に血染めのドレスだけ、ランドール家に贈った。
さすがに下着まではと、そっちはアイザックに処分を頼んでいたんだった。いくらなんでも無造作にごみに出すのは気が咎める。
なんかいい感じに供養してから始末してくれると思ってたら、あの野郎、横流ししてやがったのか!
乙女の下着をなんだと思ってる!! デリカシーはどこに置き忘れてきたんだ、糞ジジイっ!!
研究員やら魔導師やらが、真面目な顔で私の下着を取り囲んで検査とか採取する図には、何とも言い難い複雑な感情が……。
なんか一周目にテレビで見た、下着泥棒から押収した下着を芸術的に並べてマスコミ公開する警察官の仕事ぶりに通じるものを感じる。職務に熱心なプロフェッショナルほど、なんか残念な感じになるやつだ。
まあ、お役に立てたならいいんだけどねっ、ふん!!
「どうしたの? 笑顔が引きつってるけど」
にこにこと尋ねてくるノア。
この野郎。分かってて言ってるな。ジジイがジジイなら孫も孫だ。
性格の悪さがきっちり隔世遺伝してやがる。




