焚きつける
観劇の後は予定通り、貸し切りにしたお店で、数か月遅れのお誕生日サプライズパーティーに突入。
「あのカフェ、人気なんだよ~。入ってみようよ」
なんて、しれっと誘導する。いざ外側から見ると、ブラインド締め切りの上、中が真っ暗で、誰も入って行かないから、ユーカに閉店を疑われた時はちょっと焦った。やっぱりぶっつけ本番は危険だな!
でもなんとか、絵に描いたようなお約束通りのサプライズ展開ができて、ほっとした。急に明かりがついて、みんなで迎え入れての「おめでと~~~」ってやつ。
ユーカも本気でビックリしてからの、嬉し泣きだ。やった甲斐があるってもんだね。
私の時は、事前にうっかり予知しちゃたせいで、驚きの演技を余儀なくさせられたもんなあ。ホント、成功してよかったよ。
今回は、家族のいないユーカのために、彼女の故郷流のパーティーを催してみんなで祝おうという企画で、仲間を集めた。
庶民に人気の普通のカフェだから、わいわい騒ぐのにちょうどいい雰囲気。高級な所で遠慮されたら、お互い楽しめないもんね。
だから、招待した仲間にも、プレゼントの用意は特に要求してない。とにかく集まってただ楽しく祝ってくれればいいという形にした。
でもユーカの人望なんだろうな。ほとんどの友達は、それぞれにプレゼントを持ってきていた。
私が用意したプレゼントは、ユーカ用にインパクトで特別に作らせた、一点物だけどありきたりのTシャツとスキニージーンズ。この世界では、逆にどこでも手に入らない代物なのだ!
「わあ、嬉しいです! お城で用意される普段着が、全然普段着じゃないんですよ。なんか立派すぎちゃって」
そうでしょうそうでしょう。ユーカも大喜びだ。
いくら体育会系でも、さすがにプレゼントにスウェットとかはないもんね。っていうか贈る私がやだよ、そんなの。
これくらいが、贈るにも、日常で気楽に着るのにもちょうどいいよね。――と言いつつ、このスタイルの広告塔になってもらうこともちゃっかり計算していたりする。
そしてこの場でのプレゼントは、実はダミーだ。出席者が全員学生のパーティーで、一人だけ金額の桁がいくつも違うもの贈ったら、さすがに空気読めとドン引きされかねない。私なら確実にツッコむ。一体どこのスネヲかと。おフランスからでも取り寄せたのかと。
貴族や金持ちはともかく庶民の子も気兼ねしちゃうしね。
本当のプレゼントは、城の方にすでに届けてある。自分の部屋に戻ったらあらビックリという趣向だ。こっちは誕生日プレゼントではなく、家族の危機を助けてもらったことへのラングレー家からの正式なお礼の品という名目で、遠慮しにくいようにした。
前に予定してた通りの、超正装! ユーカももうそこそこの有名人だし、いつ賓客として招待されても、堂々と出席できるレベルのものを一式揃えた。アクセもアイヴァン名義で、全部超気合入れて作った。
やっぱドレスは、パーティーの席で、ドヤっとばかりに初めて見せるのが醍醐味だしね。その意味でもここで既出させるわけにはいかんのだ。
それはともかく、私のプレゼントが一番目立つと思ったら、とんだ伏兵が現れた。
何とベルタだ! まさに盲点を突かれた!
お金がかけられないから、数学の教科書・問題集の解答例を全部記したノート、しかも詳しい解説付き! しかも全学年分かよ! 神が現れた!!
それ、ユーカにとって、一番価値のあるプレゼントじゃないか。ほら、ユーカの目の輝きが違ってる! なんなら他の出席者までざわついてるよ。主にハンター!
ちくしょう、やられた! なまじインパクトの宣伝なんて考えたせいか、邪念が無心に負けた気分だ。
――ああ、こんなことでまで勝手に勝負して、勝手に負けて悔しがってるんだから、我ながら厄介な性分だ。
冒頭のサプライズから挨拶、プレゼントなんかのオープニングイベントが終われば、あとは無礼講なバカ騒ぎに突入だ。
この国は15歳から成人だから、学生同士のパーティーでも普通に飲酒ありなんだよね。
ちゃんと送迎用の馬車とスタッフも用意して、潰れても問題ナシで、遠慮なく飲める体制もバッチリ。ジャンジャン呑んでくれ!
私自身は一滴も呑めないけどね! チクショウ!!
まあ呑めないことはないんだけど、その後の記憶が残らないんだよなあ。あのトリスタンからすら、外では飲むなとお達しが出てるくらいだから、よっぽどなのかなあ? マックスなんて、パーティーの準備中からしつこいくらいに飲酒禁止を言い渡してくるし。
本当に呑んだらどうなってんだろう、私って。ビデオカメラがあれば検証したいところだ。
さて、にぎやかなご歓談が始まったところで、一つ片付けておきたかった案件に取り掛かろう。
視線を送った相手は、先ほど一躍時の人となったベルタ。
こぼさないよう、極力慎重にグラスに手に伸ばし、見事無事に手に取ることに成功して、ほっとしている。おお、拍手~~~! って、いや、普通のことなんだけどね? ベルタにとってはそうでないから。
なんかヘタクソなロボットダンスみたいだ。
「ベルタ、楽しんでる?」
「は、はいっ」
声をかけると、ぎくしゃくとした動作で振り向き、どこか強張った笑顔で頷いた。
実は、ここしばらく気になっていたことがある。
ベルタが目立った失敗を、前ほど頻発させなくなったのだ。
それだけ聞けばいいことのような気がするけど、一概にそうは言い切れない。
常に神経を張り詰め、周囲に意識を向けているベルタ。そのせいで目に見えて精彩を欠くようになってしまった。
挑戦者相手のショーギ対局も、強いけど定石通りって感じで、これまでの天才的な閃きを感じない。
学園中に騒動を巻き起こす引き金を引いた、前回の一件。あれがよっぽど堪えてるらしいんだよね。もうどっぷりと意気消沈。そしていまだに引きずり、復活の兆しも見えない。
普通なら失敗しないように気を付けるなんて当たり前なんだけど、この子のドジは、直そうと思って直せるようなもんじゃない。むしろどうにもならない欠点を、有り余る長所で補うタイプ。
注意力散漫に見られがちだけど、ベルタほど極限的に集中力のある人間はそうはいない。常人では理解できないほど自分の世界に没頭してしまうから、他が見えなくなるだけ。
他の追随を許さない優れた能力は、あの無頓着さと引き換えのもの。これでは肝心の長所をスポイルしてしまう。
何より、今のベルタは全然楽しそうじゃない。このままじゃいつか病む。
来月からは、ハイド大のヘンリー・ワイアットのとこにインターンに出されるという、ペナルティという名の大チャンスをせっかくもらってるのに、楽しみにしている気配すらない。行ったとしても、『普通』に過ごすことに神経をすり減らし、到底本領は発揮できない。
今日も、なんとか人並みであろうと周りに合わせるのに必死で、痛々しいくらいだった。顔色は日々悪くなっていく一方。相当ストレス溜まってるんだろうなあ。
しょげ返るのも分かるけど、ここはあえて直球で言わせてもらおう。
「今更何を落ち込んでるの? 階段から落ちるのなんて、あんたにとっては毎日の挨拶みたいなもんじゃない」
結構な速度でいきなり投げ込む。回りくどく慰めたって、この子には伝わらない。ビックリして固まったところを、かまわず続ける。
「あんたの短所は、長所とセットなんだから。学園があんたの何に価値を見出して、奨学金を払ってると思ってるの? 数百倍の競争から選ばれたほど見込まれてる自分の可能性を犠牲にしてまで、うっかりが少し減ったからなんだっての? まったくコストに見合ってない。天才に生まれついたのが運の尽きと諦めて、開き直って突き進んじゃえばいいのに。それが許されるのが、バルフォア学園なんだから」
「――でも、開き直るなんて、反省がないです」
ベルタがぼそぼそと反論する。
「……私、もうこれ以上、人に迷惑、かけたくないです」
ずっと張り付いていた作り笑顔を崩したベルタは、頑なな表情で拒絶する。
おお、ある意味人間的に成長している!
内心で感動しながら、それでも悪い蛇のようにそそのかす。
だって、この才能の伸びた先を見てみたい! 良識なんてくそくらえだ!
必死の反論を、私はあっさりと一笑に付す。
「あんなのはもう笑い話になってるよ。普段の訓練と大差ないし、あれくらいいくらでも対処できる。そのために学園のみんなは力を磨いてるんだから。迷惑でも面倒でも、どんどんかければいいよ。鍛えられてちょうどいいから」
いくらでも取り返しがつく程度の失敗なんかで、この才能を潰すなんて有り得ない。初めて指したショーギで、いきなり私に勝った天才なんだから。どんな分野の才能であれ、せっかく持っているなら磨くべきだ。望んで手に入れられるものじゃない。
たとえば、もしタイムスリップとかして歴史に名を残してる不遇の天才に出会って、「平穏に暮らしたいから、この道を諦めて堅実な定職に就きたい」なんてもし言われたりしたら、やっぱり絶対止めるね。どの道無理だし、もったいないもん。
太く短く生きちゃえYO! とか、言っちゃう自信あるわ。どこまでも無責任に。
「まあ、さすがにあれだけの大事になっちゃったら、苦しいよね。自分のせいで困る人を見るのは、辛くて、身の置き所もなくなるよね」
「……」
わざとらしくその心情を代弁すれば、ベルタはますますうつむいた。実際には、あんなのは学園生にとって抜き打ち訓練程度のもので、誰も気にしてなんかいない。とんでもない大事件だと思ってるのは、当のベルタだけだったりする。
かつて私とトリスタンが繰り広げた鬼ごっこなんか、もっと派手に学園中を巻き込んだものだった。しかも日々エスカレートして、その上日常になってた。
そんなのは素知らぬ顔で、元教師としての諭しモードに入る。
「もしそれを借りだと感じているなら、いつかあんたにしかできないことで返すんだよ。あんたはそれを期待されてるんだし、その能力もある。ベルタはすごい。誰にもない才能を持ってる。自分でも知ってるでしょ?」
戸惑うベルタに、宣告する。
生まれ持った才能を封印して、何事もなくただ平穏に生きていくという選択も、否定はしない。きっとそれはそれで、幸せな生き方だ。心の中で、時折吹き荒れる嵐に切り刻まれるとしても。
ただ、ベルタは違う。己の才能に従ってしか、生きてはいけない類の人種。今のままでは、ただ息をしているだけの屍だ。
こういう才能は、今日明日結果が出るものじゃないから難しいね。ただ、保証なんかしてやれないけど、立ち止まらない限り可能性だけは続く。途中で枯れさせなければ、何十年もあとで大輪の花は咲くかもしれない。
前回の一件は、ただ漫然と才能を垂れ流しているだけだったベルタにとって、いい試練になったんじゃないかと思う。自覚を持ち、この道で生きていくかどうか、肚を決めるための。
しばらく立ち止まって、悩み、立ち止まることの苦しさを知って進むと決めたなら、そのパワーは今までの比ではなくなるから。
何より、なんだかんだでベルタは自分の才能は信じている。だから私もここまで押せるのだ。今この子に問われているのは、誰にどう思われようが自分を貫く意志。
ベルタは、どこか自問自答するような口調で呟く。
「――私なんて、数字のことしか取り柄がありません。それで、何か役に立つことなんてあるんでしょうか……?」
「もちろん。人にない力を持っている者は、必ずね」
私だって、その覚悟はもうある。必要に迫られれば、この平穏な暮らしを投げ出す覚悟。
だから、持って生まれちゃった以上、あんたも甘えるなよ?
言いたいことだけ言って、結論を待たずに、じゃあねと、そこで別れた。あとは本人が決めることだ。
何を選ぶかは、もう分かってるけどね。




