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大預言者は前世から逃げる ~三周目は公爵令嬢に転生したから、バラ色ライフを送りたい~  作者: 寿 利真


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軌跡

 会場の明かりが消え、会場のざわめきが収まったところで、舞台の幕が上がった。


 私にとっては、三度目の観劇になる。

 二度目はこれの下見。そして初めて見た演目は……。


 私がケント・オーツの存在をきちんと認識したのは、グレイスの遺品のチケットを彼女の生前の部屋で見つけた時。

 チケットの日付は、ザカライアを馬車で轢いた、まさにあの日だ。手付かずで残っていたチケットに、少なからず心が動かされた。


 そのタイトルは、『オイディプス王』。


 大学生時代、教職課程で取った選択科目の中で聞いた気がしたけど、当然内容なんてサッパリだ。タイトルを見ても、すぐにそれだとは気付かなかった。普通に昔の王様の物語かと思ったくらい。


 まさか本当に元の世界のやつだったのかと判明したのは、どんな話かと興味を持って調べてから。オーツの作品リストには、明らかに聞き覚えのあるタイトルが並んでいた。


 古株の使用人に、グレイスのことについて、初めていくつかの質問を投げかけてみた。

 オイディプス王は、グレイスが何故か異常に執着してた演目だったらしい。イングラム家から付いてきたグレイスの侍女から当時聞いた話によると、それは子供の頃から続くもので、結婚してからも何度も公演の度に観に行っていたそうだ。


 悲劇ものなんて、生きるの死ぬのとグダグダ抜かしてるだけの辛気くさい話なんだろうなんて先入観しか持ってなかったから、正直意外だった。なんだか私の中のグレイスのイメージは、もっと派手で娯楽的なものを好みそうな感じだったから。

 それにしても、ギリシア悲劇が好きな子供ってどうよ。面白かったの? やっぱり理解できないわ。

 あの日なんて、私を轢き逃げしてまで、グレイスは観に行こうとしていたんだから。


 気になって、私も衝動のままに観に行ってみた。


 そして、正直、かなりの衝撃を受けた。

 心底肝を冷やしたし、何とも言えない気分になった。


 ねえ、神様、なんで? としか言いようがない。


 父親には、いつか息子に殺されるよと神託。その上、母親寝取って子供まで産ませるよと。

 結果として、息子は赤ん坊のうちに捨てられ、何も知らないまま外国で養父母の下、立派に育つ。

 そんな息子には、神様がまた神託。いつか父親を殺して、母親と子供を作るよと。

 預言の成就を恐れて、育ての親の元から離れる息子。

 そして外国で、息子と実父はお互いの素性を知らないままに運命の出会いを果たし、結局は神託通りに……。


 なんて余計な神託してやがると、神に完全な悪意すら感じてモヤモヤした。明日は我が身というか。あんな預言さえなかったら、何の波風も起こらないまま普通に幸せな家族でいられたんじゃないか、なんて……。


 私の能力は、確実に上がっている最中だ。ザカライアの時の経験則から、パワーとか直観力とか、大預言者の総合的な能力のピークは十代半ばから後半くらいの実感がある。それは本質的に、経験よりも感性がより重要な能力だからなんだと思う。


 だから、今の私は一番研ぎ澄まされている時期だ。多分、一番必要な時に、最も能力が強くなるタイミングで、私はこの世に誕生するようになっている。最も効果的に戦えるように。

 それだけに、半世紀早く生まれたザカライアの存在が、また謎になるんだけど。


 更に言うなら、今までまとわりつくように邪魔されていた黒い瘴気を体内に取り込んで、今まで見えなかった部分にも手が届く感触があった。

 実際、春に来るという事態に向けて、未来が見えないものかと何度かチャレンジしてたりもした。もう少し続ければ、そのうち見えそうな気がしていた。


 でも、あれを見て、全部にストップをかけた。無理に視ようとするのをやめた。

 預言が巻き起こす悲劇を、客観的に見せつけられて、冷や水を浴びせかけられたせいで。


 私にとっての予知は、息をするように自然な本能的な感覚のものでもあった。これからはもっと自覚的に制御していくべきだと感じた。それこそがすでに預言の一つなんだろうけど。


 きっとタイミングは今じゃない。そもそもこれから起こるはずの戦いは、こちら側から打って出る類のものとは違う。侵攻を防ぎ切るための戦い。

 結局迎え撃つ態勢だけ整えて、あとは待ってるしかない。その待っている間に何かできないかといろいろ考えてもいたけど、なんだか肩の力が抜けた。


 必要な時が来れば自然に分かる。それが私の能力なのだ。それまでは、短い平和の時間を、のんきに楽しみたい。


 まるで、自重なんて言葉すら知らなそうなあのグレイスに、諫められた気がする。今は立ち止まれと。その時はいずれ来るからと。


 グレイスの遺した手掛かりをもとに、私はこうして動かされ、死後なお大きな影響を与えられている。

 この事実は、重視しなければいけない。私の人生の重要な部分に、なぜかあの人が大きく関わってくるのは、偶然なんかじゃない。


 グレイスは、私が考えていた以上に、私と深く繋がった存在だったのだと、今、改めて痛感している。

 もう二度と、会えない人なのに。


 ぼんやりと舞台を眺めながら、少しだけ切ない気分になった。


「どうだった?」


 幕が下り、非日常空間の終了と同時に、ユーカに訊ねてみた。


「すごく、面白かったです!」


 興奮状態で答えてから、ユーカがどこか複雑そうな笑みを浮かべる。


「なんというか……私にとってこの世界での見本というか、サンプルって、グラディスとトロイさんなんですよ」


 おおう、確かにそれは、なんとも……。


 唐突な話題転換に、けれど意外と深い発言内容に、私も思わず返答に困った。


 元日本人の生き方サンプル――正直、どっちもまったく参考にならない極端な例だ。

 預言者の件を抜きにしても、公爵家生まれでやりたい放題の私なんて真似のしようがないないし、さすがにトロイを指標にされたら破滅まっしぐらだ。ちょうどいいお手本がない。

 特に私たちと違って、ここで生まれ育ってないユーカは余計にいろいろと難しいし。


 ユーカは考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「この世界で、私はどう生きていけばいいのか……まだ、答えは見つかってません。将来の姿が、描けてないです。普通の『OL』とか、『スポーツのインストラクター』とか、ぼんやりとだけど当たり前に見えていたものが、ここでは目指せないんですから」


 そう、結局一番問題になるのは、将来の身の振り方なんだよね。今のユーカなら、選択肢は大分増えたとは思うけど、当(・)た(・)り(・)前(・)の進路には絶対にならない。どこへ行っても、『異世界人』のラベルは死ぬまで付きまとうのだ。今更お店の店員とかの平凡な将来は、高い確率で望めない。


 結局会わないままだったけど、パティシエになったアヤカが生きてたら、地に足の着いた相談相手になってくれてたのかなあ。


 無言で次の言葉を待つ私に、ユーカは続けた。


「でも、このお芝居は、普通の人の頑張りを見せてもらったような気がします。普通の人が、この世界で自分の大好きなもので、ものすごく頑張って、ものすごく楽しんで、生涯をかけて積み重ねて、ここまでのことをやり遂げて、作り上げた……そんな人生が見えてきて、なんか、励まされたというか、私も頑張ろうって燃えてきたというか……そういう意味でも、すごく感動したんです」


 真っ直ぐな視線で私を見返すユーカの笑みは、本物に変わっていた。


「今日、このお芝居が観られて、この劇場にも来られて、すごく嬉しかったです。ありがとう、グラディス」


 道半ばで夢を絶たれたアヤカと違って、人生のすべてを夢に捧げられたオーツの軌跡は、ユーカの心に響いたようだ。

 そして少しずつ変わっていくその姿に、その言葉に、強い意志をのぞかせる表情に、私の心にもまた予想外の感情が込み上がる。


「どういたしまして」


 私の方こそ、ありがとうだね。ユーカ。

神託の「オイディプス王」と、魔女の予言の「マクベス」で迷いました。結局ぶっちぎりに理不尽な方で。

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