観劇
ショッピングと買い食いを堪能した後は、観劇だ。残念ながら、映画とかないからね。
でも私的には、今日の予定の中でここが一押しだったりする。ちょうど、ユーカを喜ばせられそうな演目をやっているのだ。
見た瞬間、コレだ! となったね。っていうか、私自身が観てみたかった。下見がてらすでにガッツリ観た上でのチョイス。
もう何日も前から、ユーカの反応が楽しみだった。
私たちが入ったのは、天才劇作家にしてショービジネス界の伝説と言われた天才が作り上げた、王国で一番とうたわれているオーツ劇場。
というとかなり格式が高そうに感じるけど、金持ち席と庶民席にしっかり分けられてるから、国民の誰でも楽しめる娯楽施設となっている。今でこそ当たり前に受け入れられているものの、作られた当初は相当異色のシステムだったらしい。
高級志向は今日のコンセプトではないから、私たちが選んだのは庶民用の方。このエリアはドレスコードもうるさくないし、立見席もあって、お財布にも優しい。
「あら? 今日はいつもと感じが違うわね」
コートを脱いだ私の服装に、ソニアが真っ先に目を止めた。
やっぱり気になるかな? 子供の頃から、私の好みを一番知ってるもんねえ。
いつもは一周目に近いデザインを好んでよく着ているけど、今日はかなり意識的に雰囲気を変えている。
当然自分に似合う服を選ぶのは大前提。ただ、一言でいうと、ザ・無難。
プラチナブロンドを引き立てる紺のAラインワンピースと、白いパンプス。私の関わっていない、しっかりした老舗ブランドのものだ。こっちの世界ではありきたりな意匠で、シンプルで上品ではあっても、いまいち新鮮さや面白みはない。
まあ顔が派手だから、地味目な服は清楚さのギャップの演出になってて、それはそれでおいしい。どっちにしろ目立つのはいつものことだ。
ただ、クセの強いイメージの私にしては、随分大人しいなと、親しい人なら違和感を覚えてしまうようだ。
「そういうのも、とっても素敵ですよ!」
「ありがとう」
素直に褒めてくれるユーカに、お礼を返す。
なかなかの手応えに、ほくそ笑んだ。実はある野望をもっての試みだ。
でもそれは後でのお楽しみということで、今は観劇を楽しもう。
「おおおっ、ボックス席があります! こんな高級そうな劇場、『テレビ』でしか見たことありませんよ! オーケストラのスペースも! 変人の天才ピアニスト漫画で見たやつです!」
ユーカが興奮気味に、私たちの着席した劇場中央の平土間から、きょろきょろと見上げて叫ぶ。
「『オペラ座』とかでしたっけ? ――そういうのとそっくりですね! ヨーロッパ伝統の劇場って感じです」
ユーカの素直な感想に、内心でにんまりとする。
そう、ここは驚くくらい、私たちの記憶にあるそういったイメージの劇場にそっくりなのだ。
それこそが今回の趣向だからね。
ここの存在を知った時は、思わず小躍りしちゃったよ。絶対ユーカに見せてやろうって。
これもサプライズの一つ。ビックリさせられるといいなあ。
「ここに来て階段を下りたのなんて初めてだわ」
みんなの感想を代表するように、ティルダが声を上げた。
ここにいるお嬢様チームは、基本的にボックス席でしか観劇の経験がないから、新鮮そうに周囲を見回す。前回一人で来た時はボックス席で観たけど、こっちの方が舞台に近くて、逆に鑑賞しやすいんじゃないかと思う。友達とくっつくくらい近い席で、わいわい気楽に見られるしね。
「よく来るんですか?」
「話に聞いていたグレイス叔母様ほどではないけど、それなりにはね。最近観たのだと……」
と、ユーカの問いに、ティルダは重厚な作品ばっかり例を挙げ始める。相変わらず愉快な従姉だな。でも私は知ってるぞ。実際はコメディーとメロドラマばっかだとネタは上がってるんだ。この見栄っ張りめ。可愛いから黙っててやろう。
「ん?」
いくつか挙げられたタイトルに、ユーカが不思議そうな顔をする。お、ちょっと引っかかったかな?
よし、ここで種明かしだ。
「はい、ユーカ。これが今日の演目だよ」
私に渡されたパンフレットを見て、ユーカは目を丸くした。
「――真夏の夜の夢……?」
驚いた顔で、私を見返す。
ふふふ、サプライズ第一弾、大成功! やっぱり驚いたね!
「二十年以上前に亡くなったショービジネス界の生ける伝説、演劇界の巨人、天才ケント・オーツのコメディー作品だよ」
ユーカがぽかんとしたまま少し考え込んでから、面白そうな私の反応を見て、確信を持ったように口を開く。
「――もしかして、『大津健人』さんとか、なんかそういう感じの人ですか?」
「残された作品を見る限り、そうとしか考えられないよねえ。正確な『漢字』までは調べようがないけど。本名よりペンネームの方で知られてる。演劇界で無名の頃からずっと、その名前を名乗ってたらしいよ」
こっちにも普通にある名前だから、最近になって作品群を知るまで、私も全然気付かなかった。ザカライアとほぼ同時代の人だったのに。当時はショーとか縁がなかったからなあ。
知って、驚きと同時に感心した。
パティシエやら経営コンサルタントやら、転生者もバラエティー豊かというか、それぞれいろんな人生があるもんだよねえ。
ザカライア時代、人気の天才作家として話題になってた覚えは確かにある。
彼の訃報には、後輩教師が、演劇界史上最強の大天才が死んだと嘆いていたっけ。
ショービジネス界の革命児って、そりゃ、そうだろとしか言いようがないって。
まさか劇作家チートなんてものがあるとは……。私も人のこと言えないけど、みなさんやりたい放題でらっしゃる。
他のタイトル見たら、シェークスピア以外にも、『獅子の王』とか、『オーツ劇場の怪人』『美女と魔物』とか、『終わらせる者』とか、挙句の果てには『神のズィラ』(オイっ!!!)とかもうツッコミどころ満載だった。直訳してるけど、完全にアレだろっ? ってやつ。
そりゃ、古典もブロードウエイもハリウッドも特撮もジャパニメーションも、有名どころありったけぶっこむ勢いなんだから、とんでもない大天才だよな。権利関係なんて考える必要もなく、好きなものなら何でも手を出す。
おお、同士よって気分。いや、私のファッション道楽なんて目じゃないくらいの規模だけど。
魔術のバリエーションが豊かなおかげで、プロジェクションマッピングも真っ青な特殊効果がとてつもない完成度でできちゃうんだよね。舞台人にとって、ここはある意味夢の世界かもしれない。
集大成を見届けられるほどに、徹底してやり遂げてくれた情熱と姿勢には、素直に尊敬を覚える。
そして今回選んだのが、シェークスピアの「真夏の夜の夢」。
ユーカの読書傾向(もちろん漫画オンリーだ!)はきっちりリサーチ済み! 基本、友情努力勝利のスポ根や格闘、ものにより時々少女漫画。当然シェークスピアなんて高尚なものに触れたことなんぞないけれども、あの名作、演劇漫画の金字塔には確実に熱中した口だった。
ユーカは無念さを滲ませながら言う。
「最終回まで読めなかったのが心残りです」
「だよねえ」
うんうん、それは激しく同意だ。一番恐れてたのは作者の訃報だったのに、まさか私の方が先に死んじゃうなんて、まさに痛恨の極み!
オーツ版「真夏の夜の夢」――もちろん丸パクリとはいえ、オリジナルとの変更点も少なくはない。
この国、魔術はあるくせに、精霊とか妖精的なものの概念がない。むしろ魔術があるせいで、そういう超常現象的な発想が湧かないのかもしれない。
空に謎の生物が飛んでたって、墓地で人魂見たって「だから?」って世界だもんな。ちょろっと炎が浮いてたって、珍しくもなんともないっての。
そんなもんだから、普通に大昔が舞台の物語として成立しちゃっている。ただしこの国の気風に合わせてか、王様が配下に命令する部分が、ほとんど先輩後輩の体育会系ノリに改変されている辺りに、元日本人作者の苦心の跡がうかがえる。
インパクト大のあのセリフなんて、「よしきた! おいきた! それ! ごらんのとおり! オルホフ公のライトニングアローよりも早く……!」とかに大改編されてた。
そうだよね。この世界、ダッタン人いないもんね。まあ前の世界にいたのかは知らんけど。
ちなみに我が国において、オルホフ家はスピードスターの代名詞なのだ。
ホント、ロクサンナの男に手を出す早さときたら、まさに光の速さだったよ。
現在は「夏の夜の夢」の方が主流のようですが、オリジナルの表記に従いました。




