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ティナ(学園職員)・1

 ――今日目にした光景は、一生記憶に残るに違いない。


 この学園は、教職員がかなりの割合で当校の卒業生。だからなのか、なんというか、外部から来た人間には馴染みにくい独特のノリがある。


 幸運にも事務員として職にありつけたものの、三年目になる今でも小市民の私には付いていけないことが多い。ガチガチの脳筋集団の中に、ひ弱な文化系が放り込まれてしまったような心許なさを覚える。

 同じ立場、価値観の人間ばかり固めるのは好ましくないという教育方針の下、あらゆる階層の人間が揃えられているのだけれど、やっぱりメンタルの弱い人間には居づらい環境ではあるわ。アクの強い生徒と日常から接する先生たちなんて、何があっても動じない鉄面皮の校長を筆頭に、みんな精神が鋼でできているのかと思うくらい強靭だから、私みたいな凡人は余計にね。


 その上、貴族の子弟がとにかく多いのよ。その全員を身分の差なく平等に接しろというのは、庶民にはかえってハードルが高いわ。

 それを指導者陣や平職員はもちろん、警備や出入りの業者まで、徹底させている。

 ベテランの先生方は、どんなお偉いさんや個人的には恩人の子だろうが、罪人の係累だろうが、貧乏な奨学生だろうが、当たり前のように在校生はまったく区別せずに扱う。さすがだけど、なかなか真似は難しい。


 何しろ、時にとんでもないビッグネームの子が入学してくる年があるんだから。


 職に就いた最初の年、いきなりハンター家とイングラム家の次期当主が同時に入学してきた。

 当時ちょっとしたニュースになったくらい。

 のほほんと庶民生活を送ってきた私には信じられないような、シビアな競争とマウンティング合戦。周囲の人たちはといえば、教師も生徒もそれが当然みたいな顔してるし。

 何とか慣れたと思った翌年には、双方に妹たちが入学してきたものだから、派閥抗争は更に過酷さを増す始末。

 おまけに同僚として、アヴァロン家の次期当主までがやってくるし。気を遣うのよ、住む世界が違うのよ!

 ああ、まったくなんてところに就職してしまったんだろうと度々後悔したわ!


 ファーストネームだけで生徒を呼ぶ慣習も、その方針を補うためのもの。貴族・庶民を区別せず、完全実力主義を謳うこの学園で、家名に惑わされないためのシステム。

 その効力は働き始めてすぐに実感した。

 家名で呼べば、職員も学生も、どうしたって将来的な立場を意識する。等しく名前で呼ぶことで、他の生徒と分け隔てなく扱う姿勢を何とか示すことができるのね。

 周りの先生方の態度が頼もしいから、新米の私もそれを何とか見習って合わせることができた。

 更に私個人として言わせてもらえば、同僚とはいえ、ルーファス先生を家名で呼ばなくて済むことには、緊張感が薄れて心理的に大分助かっているわ。教師も大物過ぎる場合は適用されるから。この見解は、生徒もきっと共感してくれるはずよ。


 まして今年は、全公爵家の跡継ぎが在籍している上、王家の世継ぎまでいる、六百年続く学園史上歴史的な年回り。

 でも教師陣は強かった。一切委縮する姿勢を見せなかった。

 数十年後の国王を「グレンヴィル君」呼ばわりなんて、小市民の私には恐れ多くてとてもできない。ええ、所詮小心者の庶民なのよ。ファーストネーム呼びのおかげで開き直って、全学生に同じ態度で接する心構えを何とか持てているに過ぎない。

 事務員だからと油断したら、すぐにメッキがはがれそう。


 でも、大変な部分もあるけど今年は特別!!

 先生たちはみんな、王家や五大公爵家が勢ぞろいすることで大騒ぎだったけど、私はそれどころじゃなかった。


 だって、なんと私の美の女神(ミューズ)にしてカリスマ、グラディス・ラングレー様が入学してこられたのよ!!


 私が熱狂的に愛するブランド、インパクトのオーナーにしてデザイナー! ずっと謎の存在だったのに、この春衝撃的に表舞台に躍り出た雲の上のお方! まさか学園入学前の少女だったなんて。


 仕事を始めてから、給料を注ぎ込んではインパクトでプチ贅沢をするのが私の生き甲斐。初めてお店に入った時のあの衝撃!

 どうしてあんなに素敵なデザインを思いつくのかしら。今でもお店に行く度に、夢の国に迷い込んだようなときめきが抑えられないわ。


 入学後、実際に間近で見たグラディス様の神々しいばかりの美しさには、圧倒された。さすが私の女神様!!

 直視できないほどの美貌に、華奢なのに出るとこはしっかり主張する完璧なスタイル、女王のごとき優美な物腰――あまりの尊さに目がつぶれそうだったわ。


 たまたますれ違った時なんて、「あら? その靴、うちのね?」と微笑まれた。もう鼻血が噴き出るかと思った! 

 そう、学園内では華美な服装は控えているけど、靴だけはおしゃれをしてるの。すぐに気付いてもらえるなんて!


 毎日あのお姿を拝めるどころか、時には会話までできるこの幸運! ここに就職してよかったと初めて思った。巷で結成されているファンクラブの間では、私は羨望の的なのよ。一職員として、この熱い想いを隠さなければいけない辛さなんて屁でもない!


 尋常でない忍耐力で当たり障りない対応に努めているけど、校内でなかったら失神してたんじゃないか、なんて状況も数知れず。ああ、事務の手続きに来てくださったあの時は危なかったわ。ちゃんとマニュアル通りの問答ができていたか記憶が残ってない。

 ストーカーになりそうな自分を抑えるのに必死なのよ。もう、手遅れ? いえ、熱い(粘着質な)視線で追いかけるだけならまだセーフでしょう!?


 実は学園内には、私の同類が男女問わず少なからずいる。同志でありライバルでもある、グラディス教の信徒たちが。職員の私と違って、学生なら友達になるチャンスもあるのだろうけど、同胞たちにはとても無理ね。うっかり近付いたら、尊さのあまり灰になってしまうもの。おかげで安心して生温い目で見ていられるわ。


 何しろ、グラディス様はとてもガードが堅いのよ。大抵は華々しいご学友たちが傍を取り巻いていて、お近付きになる隙がない。冴えない庶民にも変わらず接してくださる態度を見れば、きっと冷たくあしらわれるなんてことはないんだろうけど(それはそれでいいわね)、あのどう見てもステージが遥か上の方たちの中に、遠くから熱く見つめるだけで精一杯の凡人が割って入っていける度胸なんてあるわけないのよ。同じ教室で授業を受けられる立場には歯ぎしりをする思いだけど、指をくわえてただ眺めているがいいわ! ああ、でもやっぱりうらやましい~~~~~っ。


 それほどの大ファンとして、この十か月ほど、ずっと熱い眼差しを向け続けてきた。

 そして、途中で奇妙なことに気が付いた。

 グラディス様への姿勢が、先生方の間では大まかに三種類に分かれているようだと。


 一つ目は、個性の強い生徒の一人と受け止めつつ、この学園の教師である自覚を明確に持って、冷静かつ公平に接するタイプ。これがまずスタンダードと言えるわね。私も何とかそうあろうと、振る舞いだけは気を付けているわ。


 二つ目は反対に、グラディス様の美しさと覇気に気圧されちゃうタイプね。それは当たり前の反応よ。厳しい試験や面接をクリアした強心臓の教師ですら、言いようのない侵しがたいあの雰囲気には気後れしてしまう。

 一言でいうなら――貫禄、そう、貫禄なのよ。普通に笑っている時ですら、そこはかとなく漂ってくる独特の空気感というか……。

 世界一敬愛している私ですら、本当に七~八歳も年下なのかと疑いたくなるような威圧感。頭脳明晰で口が立つ上、新歓バトルロイヤルで見せつけられたただの脳筋では予測もつかない発想と統率力。生徒の手前いくらタフガイ気取ろうが、青二才なんて内心ビビりまくりで当然よ。


 教師学生問わず、多少の差はあってもおおよそ同様の感想は持ってるはずね。

 あの我の強いハンター家や扱いにくいイングラム家の子たちですら、いいようにあしらわれてるくらいなんだから。クローディアなんて小娘、掌の上でゴロンゴロン転がされて羨ま――当たり前なのよ。

 まあそれだけ圧倒的な格の違いのせいか、そういうのはまだ虚勢が必要な若手の先生に多いわね。


 奇妙なのは、残りの一つ。

 明らかにグラディス様を見る目が違うのよ。恐れや警戒じゃなくて、敬意と信頼というか……むしろ私と同じ、崇拝に近いとすら言えるわ。

 これは対照的に校長、副校長含むベテラン勢に多い。もちろんベテランだけあって、接し方は他の生徒と変わらないのだけど、グラディス様を信奉する私の目は誤魔化せないわ。心の中では彼らも同志と呼ばせてもらってもいいくらいよ。

 でも、言っちゃなんだけど、おっさんおばさんが私みたいにインパクトの熱狂的ファンってことはないわよね? その美しさに夢中という風でもないし。

 ペーペーだから、本当のところを聞く勇気はないけど、本当に謎だわ。

学園内には、男女問わずストーカー予備軍がちらほら。

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