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校長室

「入りなさい」


 ノックの直後、生徒の誰もが冷徹と評する抑揚のない返事が聞こえた。


「失礼します」


 廊下から、多少の視線を感じながら、校長室へと入る。


 正面の机でペンを持つ手を止めたファーガス校長が、冷ややかな視線のまま顔を上げた。

 ぱたんと扉を閉めてから、その表情に対して思わずニヤリとする。


「すっかり板についてるじゃない」

「からかわないでください」


 冷たい表情がふっと崩れると、困ったように笑う懐かしい顔が現れた。


 勝手知ったる校長室。促される前から、ドカッと来客用のソファーに腰を下ろす。ザカライア時代は、歴代の校長との相談ごとでしょっちゅう入り浸っていたものだ。


 ファーガスも席を立ち、私の下へと移動する。差し向かいに今の私を観察して、少し面白そうな色をその目に浮かべた。


「何やらご機嫌のようですね」

「え、そう見える?」


 心当たりはある。

 いかんいかん。キアランの一言で舞い上がり過ぎだな。そろそろ気分を切り替えなければ。


「こうして向かい合うと、以前とはずいぶん印象が変わったものですね。外見だけではなく」


 元後輩の指摘も、悪い気はしない。それは、私には誉め言葉だ。あの頃より、人間らしくなったということだから。


「今は何の責任もない、自由な学生の身だからね」


 立場の逆転した元教え子に、のびのびと答える。


「それは学生生活を満喫しているところ、お呼び立てしてしまって申し訳ありません。ちょうどいい機会だったものですから。おかげさまで、病院のモードも意識を取り戻したそうで、もう職場復帰の意欲を燃やしているそうですよ」


 一番気にかかっていた件の続報に、私もほっとする。その後の容態を一刻も早く聞くために、というのもここに来た理由の一つだからね。


「後日お見舞いにでも行ってあげてください。直接救助に当たった者として名目も立つでしょう。モードもきっと喜びますから」


 ファーガスに勧められても、さすがに後ろめたさが先に立つのは否めない。


「――正直、あまり役に立てなかった。モードには合わせる顔がないよ」


 キアランに勇気付けられたとはいえ、さすがにそれでチャラとはいかない。


「モードの死を、()()()()()()()ことについてですか?」


 いきなり核心を衝かれた。さすがに長い付き合いの元同僚。

 ファーガスも理解している。()()()()()()()()わけではないことを。


 そして気が抜けそうなほどのんきに笑う。


「私たちを侮らないでいただきたいものですね。モードはそんなことは気にしませんよ。他ならぬあなたの判断です。今は意味が分からずとも、必要なことだったのでしょう。失っていたはずの命を拾えただけで、十分感謝します」


 真っ直ぐな視線で、頭を下げられた。

 ああ、ここにも、私の罪悪感を払拭しようと心を砕いてくれる人間がいる。

 前に、私を見守ってくれている教師陣も意外と多いと、キアランに指摘されたのを思い出す。こっちこそ感謝の念がこみ上がってくる。


 でもそれはありがたいけど、モードの復帰は、頼もしいけどちょっと心配だ。


「もう引退でもいいんじゃないの? いい年なんだし、去年孫も生まれたんでしょ?」

「まあ、あなたの卒業を無事見届けるまでは頑張るつもりでしょうねえ」

「頭の上がらなかった先輩が、生徒として学園生活を送ってる姿はおもしろい?」


 そんな軽口に、ファーガスが苦笑する。


「そうではありませんよ」


 私を見返す目つきには、どこか恨みがましい色がうかがえた。


「まったく、相変わらず気楽なものですね。私たちの心情も少しは察してほしいものです。あのような別れ方を、何の前触れもなくさせられたのですから……」

「――――」


 それを言われると、返す言葉もなかった。今の私には、身をもって理解できる。突然突き付けられた大切な人との永遠の決別。その喪失感がどれほどのものか。


「残された者は引きずってしまうものですよ。こちらの気も知らずに新しくやり直していたことなんて、みんな知らなかったんですから。お詫びに三年間、目一杯我々に付き合ってもらいたいものですね」


 冗談めかした口調に変えて突き付けられた注文に、私は笑顔で頷く。


「もちろん、そのつもりだよ」


 心の底からそんな未来図を一番に願っているのは、間違いなく私自身なんだから。


「普通――とは言い難いですが、一応一般の学生として過ごしておられるのに、情報が洩れる危険を今回冒してしまって、大丈夫ですか?」


 ファーガスの懸念に、相変わらずの心配性だなあなんて、つい微笑ましくなる。確かに、身内ではないティナさんとクローディアに、かなり際どい部分を見せちゃったもんねえ。まあ、この二人なら大丈夫だと確信は持っている。


「今回は何とか収まったと思うよ。それより、そっちこそ大変だったでしょ。あの後、予定通りの演習強行で」


 私より運営側の方が、よっぽど心配だ。

 イベントごとは、やる学生より準備する職員の方が断然大変だからなあ。本番前の殺人的忙しさときたら、下手したら本番以上。

 学生の内には気にしてなかったけど、こっちの世界も先生は大変だといざその立場になって実感したものだった。ザカライア時代なんて、本業があったから全部は参加できなくて、好きなことだけつまみ食いでやらせてもらって悪かったなあ。


「この学園はあの程度で動揺するような生温い教育などしていませんよ。教師も学生も。そうでしょう?」

「もちろん」


 校長の頼もしい返答に、顔を見合わせて笑った。


 そこでファーガスがふと、思い出したように話題を変える。


「ところで先ほどの蘇生法、驚きました。普及するおつもりはないので?」


 ユーカが故郷の蘇生法と言ったのに、いきなり私の発案かのように問いかける。

 確かに死んだ人間が息を吹き返したのだから、喉から手が出るほど欲しい人類渇望の奇跡の御業ぐらいに見えたかもしれないか。

 でも私としてはあまり乗り気ではない。


「う~ん。私、別に医療の専門知識があるわけじゃないからなあ。さっきのは私がすべての匙加減を管理したから成功しただけであって、あまり無責任にやり方だけ広めるのは、悪影響しかない気がする」


 いいと思えば、ザカライアの時に既にやってる。


 服だけは趣味で積極的に広めちゃってるけど、その他の知識に関しては別にチート的なことをする気はないんだよなあ。

 なにしろ元バカですから!!

 まともな科学知識は端から皆無。偉そうに教えられるだけの理論なんて持ってない。中途半端な知識で間違ったことでも教えたら、害悪にしかならない。

 その上、ただでさえ私の言葉は絶対的な事実として扱われちゃうという、ある意味危うい立場。とにかく自重が必要だった。


 でももしちゃんとした知識を持っていたとしても、広めようとはしなかっただろうなあ。

 基礎から地道に積み上げる手間を省いて不自然に捻じ曲げたら、あとで何かのしっぺ返しを食らう気がする。基礎鍛錬を怠っていきなり派手な技にだけ取り組んでも、強くはなれないように。

 結局はたゆまぬ努力の積み重ねってやつが一番の近道だ。才能がすべてみたいなこの国の連中だって、上の奴ほど研鑽を怠らない。だから私みたいなのは白い目で見られちゃうわけなんだけど。


「少しずつ、経験と研究を進めていくのがいいと思うよ」

「そうですか。残念です」


 否定的な私の反応に、ファーガスはあっさりと諦めた。


「で、用件は? 雪中行軍についてかな?」


 これまで私の存在に知らん顔をしていたファーガスが、この機に乗じて私を呼び付けた本題について問う。無事に終わってよかったねで終わるとは思ってない。


 ファーガスが、どこか苦渋を漂わせる表情で、重々しく頷いた。

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