演習準備
コミカライズします!!
季節はすっかり真冬。最近は雪がちらつく日も増え始めてきた。
校舎の窓には、一面の銀世界が広がっている。
一晩中降っていた雪は、登校時で膝下くらいまで積もっていた。
「やっぱりやるってね~」
事前に情報を掴んでいたらしいノアが、やれやれとばかりに首を振る。
ホームルームが終わり、全員が更衣室に移動中。
「この環境で外で体育をやるとか、狂気の沙汰ですね。異世界スゴイです!」
廊下を並んで歩くユーカが、面白そうに感想を述べる。確かにたかが体育で毎年のように遭難者を出す学校なんて、うちくらいのもんだよね。っていうか、ベルタからの貰い事故で、半年前に私も遭難騒ぎ起こしたっての。
「むしろこの環境だから、急遽体育に変更されたんだけどね」
これを面白がれるユーカ、さすがだ。ちなみに私も結構うきうきしている。嵐とか大雪とかって、なんかワクワクしちゃうよね。
朝のホームルームで、今日の授業が丸々全校一斉体育になったことが告げられた。一限目はそれぞれの役割ごとに、準備に費やされる。
というのも、冬の一大イベントに、雪中行軍というのがあるのだ。
そのため毎年この季節になると、雪が積もると急遽演習に差し替えられる。しばらくはイベント準備期間に充てられることになる。
日本時代で例えるなら、校内マラソン大会が近付いたら体育の授業が持久走オンリーになるみたいなもの。正直一番きついイベントだけに、ある程度の体力作りをしておく必要がある。いきなりぶっつけ本番なんて無謀だからね。それこそ遭難者が続出しかねない。
「騎士コースは、雪の中での戦闘訓練ですか?」
何もかもが想定外の常識で、新鮮そうに尋ねるユーカに、ヴァイオラが頷いた。
「そうよ。うちの領地は雪が降らないから、私初めてなのよねえ。何か、コツとかあるの?」
前を歩くマックスに声をかける。
「結局慣れだろ? 予想外に滑ったり、逆にハマって突っ掛けたりで、足元のチェックは欠かせないからな」
軽く振り返って答えながら、自分の有利さにも気を抜かず、気合を入れるマックス。ラングレー領はそこそこ雪が積もる地域。その上、当然トリスタンにばっちり仕込まれている。砂漠のオルホフや海のハンターから見たら、ほとんど反則みたいなもんなんだけどね。まあ、ルーファスという格上がいるから、油断してる場合じゃないか。教官だから自分より強くて当たり前なんて発想じゃ逆に困る。
「……」
キアランだけは会話にほとんど加わらず、時々私の様子をさりげなくうかがってきていた。
う~ん、これは想定内かと、かすかに苦笑する。
いつも通りにしてるつもりだったんだけどなあ。実際のところではかなり神経質になってたのがやっぱり見抜かれてた。
アメジストの瞳が、私の意図を読もうとしている。相談出来たら少しは楽になるのかもしれないけど、今回は頼らない。
端から誰にも知らせる気が私にないから、キアランも触れないでいてくれてるんだろう。
いつも心配させてごめんね。理由は直に分かるよ。
今日は平穏には終わらない一日だから。みんなと談笑しながらも、今の私は間違いなく誰より神経を張り詰めさせている状態だ。
気遣いに感謝しながら、『心配しないで』と目配せで伝える。
キアランは不本意そうな色を一瞬だけ目に滲ませた後、すぐに笑顔で頷いてくれた。頑張れと、応援するように。訳が分からなくとも、私の考えを全面的に信頼してくれてるからだ。
うん、頑張るよ。ちょっと元気出た。預言者の立ち位置にいる時は、本質的にいつでも孤独だから、背中を押してもらえると思ってなかった。
「それじゃあ、また後でね」
男子チームと分かれ、更衣室の隣の準備室に入る。中には、雪用の装備がずらりと用意されていた。
「わあ、『スキー場』のレンタル用品の受付みたいです」
「似たようなもんかもね」
ユーカの感想に、なるほどと同意する。
ここから自分のサイズを選んで、更衣室で着替えたら次の準備だ。
私とユーカは一般人コースだから、ここからは騎士コースのヴァイオラとは別行動になる。
「では、お互い頑張りましょう!」
張り切るユーカに、ヴァイオラも気合十分でニヤリとする。
「自信満々のマクシミリアンの鼻をあかしてやるわ」
「それは楽しみ」
極力普段から外れない行動を心掛け、お互いに声を掛け合ってから、それぞれの行き先に向かった。
ユーカは戦力として成長著しいものの、今のところはまだ、能力的に私同様パンピーのくくりに入っている。
普通の魔術だけで言えば、才能と頑張りのおかげですでに魔導師水準レベルに届いてはいるんだけど、やっぱりというか、座学の方がねえ。
とはいえ、魔物と同質の能力や少なくない魔力量を持ってるし、直接脳味噌に刻み込むグラディス式インプットで、伝説級の転移魔術なんてチートぶりを世間に派手に示したりしている。相当偏った育ち方で、教師陣を困らせる存在であるらしい。最低ラインの一人前扱いはもう少し先としても、来年は確実に魔導師コースに振り分けられるだろうな。
ともかく現在一般人コースの私たちは、雪山装備に着替えた後、体育倉庫に荷物を取りに向かっていた。次は自分で使うリュックの中身を準備して持ち出さないといけない。
「荷物って、何を入れるんですか?」
「今回は慣らしで午前中だけのカリキュラムだから、飲み物、軽食、タオルとか必須のもの以外は、全部重りだね」
「重り!?」
「そう、バルフォア学園名物雪中行軍演習。まずは女子十キロ、男子二十キロのリュックをしょってひたすら歩く。次回はもっと重くなるよ」
「――うわあ……」
さすがのユーカもちょっとひいた。
私も運動神経と体力には自信があるけど、筋力はイマイチだから気持ちは同じ。面白いけど、相当キツイ。ザカライアの学生時代も、このイベントだけは誤魔化しが効かなかった。予知で雪面を歩く距離が稼げるわけじゃないからね。
ただ私の頭の中を朝からずっと占めてる悩みは、別のこと。
そんな違和感を、ユーカは感じ取っていた。
「今日のグラディスはちょっとピリついてますね。キアラン君も気にかけてましたし。これから何かある感じですか?」
二人きりになったからか、じいっと穴が開くほどに私の顔を見つめて問いかける。思わず目を丸くして見返すと、くすりと笑い返された。
「なんだか、良くない予知を得た時の預言者さんたちみたいな顔をしてますよ?」
「――」
おおっと、キアラン以外にも伏兵が。侮ってたとちょっと舌を巻く。
考えてみればユーカは、この国では雲の上の存在であるはずの預言者と、かなり関りが深い立場にいる。
それに鈍そうに見えても、意外と人の機微はよく見えてる子なんだよね。だから学園内にできた友達も身分にかかわらず多いし。ってか、いまだに若干恐れられ気味の私よりよっぽど多いっての。
口には出さないけど、私が隠れ預言者であることすら、うっすらと理解してるんだよなあ。
「うん、もう少し待ってて」
ユーカの指摘を、曖昧に濁す。
実は朝の時点ですでに、『良くない』どころか、かなり厄介な予知が視えていたのだ。
私が介入しない場合の、これから起こる事件の流れは大まかに把握している。
防ぐことは簡単。いつも通り、始まる前に潰すなんてお手の物だ。
だけど今回は、対処をどうするか学校に着くギリギリまで悩んだ末に、最悪のある結末以外は、全部スルーしようと決断した。
途中までは、何が起ころうが傍観を貫いて、全部運命に任せる。予定外の行動も取らない。
だから、キアランにも相談しなかった。余計な情報は、必ず些細な行動の変化をもたらしてしまうもの。冷静なキアランでもそれは変わらない。未来が改変される要素は、少しでも省きたいのだ。
ああ、だけど、その瞬間を思うと、今からすでにキリキリと胃が痛くなりそう。健康が自慢の一つなのに。
でも、すでに覚悟は決めている。後は突き進むのみだ。ぶれたら多分、本当の最悪になる。
「えーと、なんだっけ? なんかことわざがあったんだよねえ?」
今回の件で、一周目でのしっくりくる故事をぼんやり思い出した。
ただ、あの頃は空手漬けで、活字なんてファッション雑誌とかばっかで、勉強何それおいしいの?、って状況だったから、ちゃんと思い出せない。
そうなると余計気になっちゃうんだよなあ。ユーカに訊いたら分かるかな?
「ことわざですか? 『日本』の?」
「うん。『人間バンジー最高な馬』とかなんか、そんな感じのやつ」
「ああ~、その響き、聞いたことあるかもです~。あれ~?」
「怪我で大きな大会を諦めた時に、慰めで言われたんだよね、確か」
やっぱりユーカも知らなかったか。同郷の二人で首を捻って、日本語混じりで考え出す。
「ことわざの時代に『バンジー』ってありましたっけ? 『バンジー』は確かに『最高』ですけどね。やったことあるんですよ。年齢制限超えてから速攻でチャレンジしました。あ、確か後半は『サイボーグ馬』とか、そんな感じの響きだった気がします!」
「いやいや、いくら何でもことわざで『サイボーグ』はないでしょ。『バンジー』もだけど」
「ああ、そうだ! 思い出しました! 『サイ、オーガ、馬』! 絶対これですよ! なんか、生き物が並んでる感じです!」
「……う~ん、すごく近付いた気はするけど、サイと馬はともかくオーガはどうなの? 生き物のくくりとして」
「ことわざに鬼は付き物ですよ」
「おお、言われてみれば……」
「鬼にカネボ〇とか」
「鬼が化粧品使ってんの?」
って、何やってんだ。なんかグダグダだ。日本のことわざにオーガとか出てくるか? 今はともかく、日本時代のバカ具合はどっこいだな。一応教職取ってたのに。いや、保健体育にことわざなんかいらん! 体育大は一部一般常識の治外法権だ(キリッ)!!
まあとにかく言いたいのは、今の感触として、不自然に手を加えてまで、この未来は変えるべきではないということ。
『春』までの大きな流れは、すでに大体定まってきている。その途中ではどんなに凶運に見えても、いずれは必ず必要な未来へと繋がっていくことになるから。
だから、どうしても許容できないこと以外、不必要な介入はできるだけ控えたい。目先を取るか、結末を取るかなら、私は後者を選ぶ。
ああ、これははっきり覚えてるぞ。『終わりよければすべてよし』ってやつ。
とはいえ、この先の大事件を知りながら動かないというのは、精神的に本当にキツイものがある。この前キアランが、クローディアとの対決を黙って見守ってくれた時の気持ちが今更ながら身に染みるわ。
でもユーカとのバカバカしい軽口で、少し肩の力が抜けた。これはわざとかな?
リラックスを意識しながら、感謝と同時に、真剣な目を向けた。
「必要になったら、ユーカにも頼るから」
「何でも言ってください」
ユーカは詳しくは訊かないまま、力強く即答した。本当にいつの間にこんなに頼もしくなってくれたんだろう。能力以上に、中身の成長が目に見えて、本当に心強い。
今の時点では、全部がはっきりと視えてるわけじゃないけど、その時が来てパーツが揃えば、するべきことが私には分かる。
少なくともユーカは、その重要なパーツの一人で間違いなかった。
「大預言者は前世から逃げる」がコミカライズします!!
連載は次回からですが、今月の「B's-LOG COMIC 2019Oct. Vol.81」で、
予告編の0話が載っています。
作画はりんこ先生です。イメージ通りのグラディスに、作者大喜び。
「コミックウォーカー」様その他でも無料公開あります。漫画版グラディスも、よろしかったらチェックしてみてください!




