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前哨戦

 突然私の前に立ちはだかる人影があった。


 意志の強さがうかがえる印象的なヘーゼルの瞳。ストレートの金髪を後ろで結んだ、男装の麗人のようにきりっとした美少女だ。


「グラディス・ラングレーだな。私はクローディア・アヴァロン。お前に話がある」


 敵愾心を隠すこともなく、いきなり仁王立ちで言い放った。


 おおう。これは気持ちいいくらいストレートな脳筋。私が一人なのを見つけて、ケンカを売るチャンスとばかりに早速喰いついてきた。いきなり一本釣り成功!


 随分と鍛えられてるのが一目で分かる。現時点で、ヴァイオラと同格の猛者。今にも襲いかかってきそうな意気込みだけど、まずはお話合いからね。


 私はいかにも余裕な表情で、優雅に微笑んで見せる。


「あらあら。先輩への態度じゃないわね? クローディア」

「お前のような口先だけのペテン師に払う敬意などない」


 颯爽と現れ、まるで悪党に口上でも述べるかの趣で切り捨てる。


 ペテン師ときたか。出だしからもう面白いな。内心のニヤニヤをおくびにも出さずに観察する。


「お前のやり口は、バトルロイヤルで分かっている。実力のなさを小細工で誤魔化す卑怯者だ」


 ああ、あれねと、新入生歓迎バトルロイヤルを思い出す。

 私の作戦、新聞でかなり検証されたけど、賛否両論がすごかったんだよな。正々堂々とか正面突破とかにこだわるタイプには、全面的にウケが悪かった。

 アヴァロン家は真面目な堅物が多い分、それを拗らせちゃった奴がたまに出るんだよなあ。


 そしてそういうのを見つけるたびに、ガチガチの頭を木っ端みじんに粉砕し倒してきたわけだよ、ザカライア先生は。


 さて、この子はどう出てくるのか。


 わざとイラ付かせるように、首を傾げてみる。


「私の思い違いでなければ、あなたと会うのは初めてのはずだけれど?」

「とぼけるな! 最近父上と兄上の様子が変わったのは、お前のせいだろう! 何があったのか委細漏らさず話してもらうぞ!」


 出し抜けに決め付ける。

 おお、なるほど。ケンカ腰の理由が分かってスッキリした。


 ジェロームとルーファスの様子がおかしくなったとすると、多分この前の誘拐の件のせいなんだろうな。特にジェロームには正体がバレちゃったばかりだし。


 子供なりに心配して、思いつめちゃったのか。この前、廊下でルーファスと会話してる様子で、私のせいだと確信したわけだ。で、本来緘口令に関わる内容になるから、直接私に突撃してきたと。

 

 それにしても、肩が当たっただけで骨折した慰謝料払えって因縁付けるチンピラ並みのイチャモン。完全な思い込みじゃん。まあ、事実ではあるんだろうけど、よく証拠が皆無なのにここまで先走れたな。家族のために必死だとしても、単細胞が際立ってる。 


 感心しながら何気なく周囲の様子をうかがうと、突如始まった公爵令嬢同士のバトルに、やじ馬が集まり出している。


 そうだよね~、面白そうだもんな~。私もそっち側だったら、最前列まで人波かき分けるわ。せっかく現場に居合わせたんだから、皆さんしっかり楽しんでいってください。その代わりしっかり()()を果たしてね。


 今度はすっかり女優気分で、人目を意識しながら小馬鹿にした視線を向ける。


「言っている意味が分からないわ。ルーファス先生はともかく、あなたのお父様とは話したこともないわよ」


 これは事実。少なくとも、()は。それでもクローディアの確信は揺らがない。私の態度はさぞ白々しく、不愉快に見えるんだろうね。実際あえてそう振る舞ってるしね。


「とぼけるなら、それ相応のやり方がある。お前のように公爵家の義務を果たさない軟弱者に、容赦は無用だ」


 ビシッと決めてくる姿が、いちいちかっこいいね。舞台で見たいわ。


 出端からガツンと行くのが、この子なりの必勝法らしい。もう始めからやり合う気しかないじゃん。

 家族を苦しめるワルモノをビビらせて追い払ってやろうって強固な意志がひしひしと伝わってくる。


 私の評判も、最近はいくらか変わって来たと思ってたんだけど、先入観すごいな。

 着飾ることに現を抜かして修行に励まない怠け者と、見下してる。そんな奴、ゴリ押しの力技でどうとでもなると。

 確かに戦闘なら足元にも及ばないけど、随分ナメられたもんだ。


「人に疑いをかけるなら、まず証拠を用意するものよ? それがないならただの難癖。度を越せば名誉棄損よ。お子様にはちょっと難しい話だと思うけど、その少ない脳みそでしっかり覚えておいて?」


 とんだ濡れ衣だとばかりに軽蔑すら交えて、至極まっとうに指摘してみる。社会人としての常識だよ?


 とりあえず捕まえて脅して吐かせればいいという脳筋行動のリスクを、せっかく先輩が教えてあげてるのに、クローディアは聞く耳を持たずに撥ね付けた。


「兄上のように、たぶらかせると思うな! 私に女の武器は通用しないからな!」

「ぶっ!!」


 さすがに想定外なとこから来た攻撃に、思わず内心でズッコケる。どうやらクローディアの脳内設定では、ルーファスは私の色仕掛けで篭絡されてる感じですかそうですか。


 おいおい、周囲がどよめいてるじゃないか。いつから私は教師に手を出したことになってんだ。

 この前の廊下での短い会話で、そんなの匂わせる場面が一瞬でもあったっけ? その女のカン、ちょっとポンコツすぎやしないかね?


 もう完全に尊敬する兄上を垂らし込んだ悪い女扱い。それでここまで敵意が膨れ上がっちゃったのね。

 そんな上位スキルがあったら何十年も喪女やっとらんわ。それと女の武器の使用法説明書とかあったら一部融通してください。


 とはいえ、あながち見当違いとも言えないのかな? プロポーズされたのは事実だからなあ。色仕掛けは断固反論するけど。

 告白はその場できっちり断ったものの、ルーファスの心酔はザカライアの頃から今も変わらない。それを誤解されたのか。


 だけど八歳も下の妹にそんな心配されても、ルーファスも大きなお世話だよなあ。とんだ風評被害。私を心配してくれてただけなのに、もらい事故もいいとこだよ。

 家族のための行動のはずなのに、お堅い教官の兄上の名誉を著しく傷付けてることに気付いてくださ~い。


「はあ~~~~~~~~~~~~~~っ」


 これ見よがしに、わざとらしい溜め息をついてやった。


「見当違いな言いがかりをつけられるのは迷惑よ。あなたの家族のことなんて私は知らないわよ。用がそれだけなら、相手にする必要もないわね。言い張るなら、根拠を固めてから出直しなさい」


 至極冷淡に突き放す。

 嘘です。相手にする気満々です。でもそんな内心は匂わせもせずに、氷のような視線で射貫く。ああ、これが女王様と言われちゃう理由か。

 やっちまったと思いつつ、無視して再び歩を進めようとした。


「待て! 逃がさないぞ。私の質問に答え、悔い改めない限りは!」


 肩を、ガシッと掴まれた。


「何かしら、この手は? 温厚な私もこれ以上は、穏便にはすまさないわよ?」


 冷笑すら浮かべて、最後通牒を突き付ける。


 ザカライア時代からの裏打ちがある大預言者の凄味に、クローディアが気圧されて息を呑んだ。おっとまたやり過ぎた。少し抑えようと、微調整。


 するとクローディアは何とか自分を奮い立たせて、声を張った。


「まっ、また口先か! どう穏便にすまさないというつもりだ、このペテン師が! 厳しい修行に耐えてきた私に通用すると思うな!」

「じゃあ、試してみましょうか? 厳しい修行? 随分可愛らしいことを言うものね。戦いとはどんな手を使っても、勝った方が強いのよ? 世間知らずのあなたに負け犬の遠吠えを味わわせてあげるくらい、容易いことだわ」

「やれるものならやってみるがいい。努力は裏切らないことを思い知らせてやる!」

「あら、楽しそう。どうやって?」


 分かりやすい嘲笑を浮かべた。

 いかにもかませの悪役みたいだなと思いながら、できるもんならやってみろと高を括って挑発する。

 アヴァロン家の騎士の名誉にかけても、一般人に暴力を振るえるわけがないでしょ……と。今度はプロレスラー気分だね。マイクが欲しいとこだ。


「お前のような臆病者など、これで十分だ!」


 宣言するなり、クローディアは突如全方位に凄まじい威圧を放った。

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