釣り
クローディア・アヴァロンとの対決。
それは窓越しの初対面の翌週にやってきた。特別授業は週一回だから、実質二回目でいきなりだ。
早いのは、せっかちな私が待ち切れなかったせいだけど。お楽しみはあんまり引っ張れないのよ。
睨まれてた理由も気になるし、サービス精神が旺盛だから、早く相手をしてあげたくなっちゃって。
目立ってるだけあって、内心で私にケンカを売りたい層というのは、それなりにはいるけど、大体は事前に回避している。
自分から問題なんて起こしたこともない学業優秀な模範生! 教師たちの真意はどうか知らんけど、私は学園の優等生なのだ!
今回それを覆してでも見逃す気がないのは、今スルーすると、将来的にためにならない事態が起こるから。起こりかねないじゃなくて、確実に起こる。ここは断言する。
ルーファスには世話になってるし、来年後輩になる妹ちゃんのために、一肌脱ぎたい。超苦いお薬になるかどうかはあの子次第だ。
午前の授業が終わり、昼休みに入った瞬間、グッドタイミングの予感が、今まさに降りてきたとこだった。
これは機を逃さず、直ちに行動しろってお告げだよね!?
戦場でかち合う前から、戦いはすでに始まってるのだ。むしろ接敵の前に全部の準備が終わってるくらいでないと。
そして事前の予測に関して、私を超える者はいないぞ。
「ちょっと用事を片付けに行ってくるね」
学食に移動しようとするみんなに、散歩でも行くようにさらっと単独行動を宣言する。
付いてくるなと露骨に匂わされ、真っ先に食いついたのはマックスだ。
「用事って、一人でか? 何しに?」
「内緒」
ふふっと笑ってはぐらかす。強いて言うなら、未来の後輩と遊んでくる、ってとこ?
中途半端な状態をだらだら続けるのは好きじゃないから、とっととけりを付けてくる。まだ始まってもいないものに、どんだけせっかちだ。
「なんだか楽しそうです。一緒に行っちゃだめなんですか?」
「一人でないと『イベント』が始まらないから」
同郷のユーカには、いかにもゲーム的な説明を返す。能力の高い騎士は感知力も強い。近くに仲間がぞろぞろ隠れてたら、釣れないからね。
「ますます面白そうです。残念」
余計期待を膨らませちゃったな。実況は無理だけど、後でちゃんと解説してあげるから。
「また悪い顔をしてるな」
何かを悟ったように、キアランが遠い目をする。
「ほどほどに……とは、お前には言うだけ無駄だな」
おっしゃる通り! やるからには何事も全力でやるに決まってる。
「そういえば今日は、未就学者の特別授業があったわね」
私たちのやり取りで、思い当たる節があったらしいヴァイオラが、探りを入れてくる。
「昨日訓練でクローディアに会った時に、グラディスのことを色々訊かれたんだけど。何かあった? お世辞にもいい印象はない感じだったわよ」
うん、これから起こるとこ。
「すぐに解決すると思う」
意味ありげな笑みを返す。
ヴァイオラとクローディアは、同じく公爵家の女性騎士。同年代のライバルでもある。それなりの関係は持っているらしい。
それにしても情報収集の形跡をターゲット本人に曝されるとは、詰めが甘いにもほどがあるな。教科書から外れたことはお粗末なタイプ?
そうやってあちこちに痕跡を残すから、全く関わりのないキアランにまで察知されちゃってるし。少しはノアの鮮やかな手際を見習え。――いや、怖いからやっぱいいや。
と思ってたら、ノアがいつの間にか気配を完全に消していなくなってやがった!
アップは万全、特等席で観戦する気満々ですか。よし、虎狩りをする子ウサギちゃんの雄姿をその目に焼き付けとけ! もちろん虎が私だ!
「じゃ、ちょっと行ってくるね。何が起こっても、心配いらないから」
ちょっと不穏なセリフを残して、足取りも軽やかに教室を出ていった。
言葉の意味を理解したのは、キアランだけらしい。気遣わしげに溜め息をついていた。
ちゃんと考えれば、キアランのようにおおよその結果を読むことはできる。私の対抗の仕方は、消去法でかなり限定されるから。
だってどれだけ格闘技を磨いたところで、一般人が騎士や魔導師に戦闘で勝つことは不可能。普通の人間が変身ヒーローなり怪人なりに挑むようなもので、スポーツ観戦的には超燃える番狂わせなんて絶対にない。全ての基本性能が次元レベルで違う。
でも私たちの世界は、世紀末じゃないからね。戦闘職でなくてもやりようはある。
要は最後に笑った者の勝ちってこと。
迷いのない足取りで、いつもは通らない通路を一人で歩いていく。
普段独り歩きをするときはトラブルを避けたルート選びをするけど、今日は逆。確実に絡まれるルートへ一直線。
気分はすっかり名軍師。自軍の有利な地形に敵を導くべく策略を巡らすやつ。負ける戦いは始めからしないのだ!
生徒同士の衝突は、禁じられてもいないし、学園も一切介入しないけど、厳密なルールはいくつかある。
その一つが、学園敷地内は、全面的に魔術使用禁止。医務室や、実技の必要性がある場でしか許されない。
しかも、軽い魔術程度だったら、使おうと思えば使えるのがある意味いやらしい。
安全上、攻撃性の高い魔術は、敷地内の結界で妨害されるのに、日常使いがちな生活魔術とかは、その気になれば使えるのだ。魔術の使用頻度の高い生徒ほど、普段から自制心とけじめが要求される。私にはきれいさっぱり関係ないけど。
そして施設内は常時、警備室でモニターされていて、うっかり魔術を使おうものなら、直ちに魔力を検知される仕組みだ。当然犯人もすぐに特定され、内容に応じたペナルティを受けることになる。
暗示事件の時に、キアランとガイが反省文コースになったのが記憶に新しいとこ。あれは事情が事情だけに、大分情状酌量されたケースだけど、普通は成績や学園内の待遇、下手したら進路にも大きく響く。
そしてもう一つ、当然のことだけど法令に則ること。騎士や魔導師は、力のない一般人にその力を振るえない。
一周目で空手家だった時は、とにかく暴力沙汰には細心の注意を払った。格闘家の拳は凶器と同じと、口が酸っぱくなるほど言い聞かされたものだ。
ここでも同じこと。
戦闘職の力は、国民を守るために磨かれるもの。その牙を、守るべき対象に向ければ、厳罰は免れない。何より、地位の高い貴族ほど、誇りにかけても許されない、末代までの恥になる行為だ。
言い換えればクローディアは、磨き上げた自慢の武器を、か弱い私相手には使えない。
だからこそ、学内での衝突は工夫のしどころがあるんだけど、腕自慢はその事実の重さに気付いてるのかな? 普段の戦場とは、明確に戦い方が違うことに。
いかにルールの範囲に収めた攻撃ができるか、あるいは法の目をうまくかいくぐれるか――勝つための重要な部分は、社会と同じ。
失敗が許されるうちに大胆にそれを試行錯誤できるのが、この学園の大きな意義だね。
だから私は、売られたケンカを持てる全ての力を活用して迎え撃ってもいいのだ。
廊下を曲がる直前、頭の中でカウントダウンを始める。
――3、2、1……。
突然私の前に立ちはだかる人影があった。




