死神
ちくしょ~~!! してやられた!!
私としたことが、この六年、あんなに気にかけてたはずなのに!! 体が動けば、地団太踏んで全身で悔しがってるとこだよ。
いくら予言が降りてこないからって、もっと自分のカンを信じるべきだった。私がこれだけ疑念を捨てきれない存在だったってだけで、もう答えは出てたじゃん!!
そもそも公園の方にいるグレイスと、なんで全く同じ気配持ってんだ!?
グレイスとトロイは完全に別の個体なのは断言できる。片手間でトリスタンと戦闘なんてできるわけないし。存在を同じにする魔術なんて、私の知識の中にもない。
全く同質の黒い瘴気をまとっている。別人でありながら、同一人物でもあるように。
仮に同一に近い存在だとするなら、今まで調べてたアリバイの意味がなかった。トロイが動けない時の裏では、グレイスが暗躍してただけなんだから。
まったく何がエサやりだ!
毒物で神経を侵されたように、全身が動かない。右掌から侵入した純粋な黒い瘴気が、特に右手を痺れさせている。これまでも全く気付かない間に、トロイから送り込まれたのか!?
この混乱のどさくさの中、キアランがその異変に気付いてくれた。トロイに握られた手が、何か細工をされてると。
もし気付かないまま続行してたら、金縛りどころか、今の思考力すら残ってたか分からない。
一体いつから術中にはまってたんだ!? 明らかに認識が狂わされてた。違和感に気付かなかった。
トロイは私の喉元にナイフを突きつけながら、キアランを牽制する。
「王子サマ、もしかしてチートな裏技とか隠し持ってる? この防壁、公爵級の攻撃力対応なんだけど、まさか紙一重とはね~。王家怖いな~」
ふざけた口調で探りを入れる。眉一つ動かさないで無視したキアランが、逆に問い返す。
「トロイ・ランドール――お前が、学園生に暗示をかけた犯人だな」
「せいか~い。ミステリーで言うところの、『捜査官が犯人でした』パターンでした~」
小馬鹿にするような答えに、腸が煮えくり返る。
暗示を受けた生徒を探す調査で、魔導師サイドの責任者を務めていたトロイ。全体の指揮を執りながら、内心では舌を出してやがったのか。
そこまでヒントを出されれば、さすがに思い当たることもある。
遡って記憶をたどれば、トロイとまともに関わったのは、マックスが優勝した武闘大会が最初だ。
一緒に結界を棄損する装置を探した。その先の部屋で、緊迫感をすべて吹っ飛ばすようなふざけたドミノを発見した。
阻止優先で、私は不用意にもそれに触れてしまった。作動中の装置に割って入って、まんまとボールを空中キャッチ。あれが媒体か。
あ~~~、悔しい!! まず最初に集中して注目させるとか、完全に催眠の手順だ。あの時すでに洗脳されかけてたのか、あっぶね~! だってあんなの目の前にあったら、やっぱ見ちゃうでしょ! 五円玉の振り子どころの騒ぎじゃないよ!
知らずに命拾いしてたのは、守護石のおかげか。
確かあのすぐ後、ボールを掴んだ部分、右の掌にキスをされて。それから、やたら執拗に手を握られることが多かった。
ああっ、すると暗示事件もそれでか! ガイもベルタも私に殴りかかる暗示をかけられてた。当然反射的に掌で防いだ。多分、発動すればラッキーくらいの不確かな仕掛けだろうに、私2回も引っかかってたわ! あとから分かってみればうかつすぎる! ベルタのペチンにこんなドデカイ意味があったなんて!
動けないまま次々芋づる式に思い返していく私の耳元で、トロイの場違いに軽妙な声が聞こえる。
「どうしてだか、暗示や洗脳の類いが、グラディスにはまったく効果ないから困っちゃってね。しょうがないからマーキングした場所に、チャンスを見つけては地道に少しずつ毒を流し込んでたんだよ。今、君の体の中は、僕の黒い瘴気が根を張ってる状態なんだ。君の中が僕でいっぱいとかたまらないよね!」
こいつ、殴りたい!!! ニヤニヤするトロイを、殺意を込めて睨む。誰でもいいからこいつぶん殴って!!
逸る気持ちで視線を余所に走らせても、まだみんなヒュドラへの対応で手一杯。
唯一こっちに専念してるキアランが、無駄なおしゃべりに黙って付き合ってる。崖の上での犯人の独白まがいを大人しく聞いてあげてるとか、らしくない。考えがあってあえてそうしてる?
「グラディス、異常に勘が鋭いから、相当神経すり減らす作業だったよ」
冷静に取るべき行動を考えようとしたところで、トロイの次のセリフに思わず息を呑んだ。
「ホント慎重に慎重を重ねて進めるしかなくてもどかしかったけど、理由が分かってみれば納得だよね。ね~、センセイ?」
「っ!!?」
唖然とした私に、意味深な笑顔で言葉を続ける。
「あんたを出し抜けたなんて、僕ちょっとスゴくない? 褒めてほしいなあ」
――私がザカライアだと、バレてる!! なんで!? いつからだ!? 前世では一回しか会ったことないのに!!
今の発言内容からすれば、エサやり作業の開始時期よりは後のはず。
「あんたの文字を、忘れるはずがないでしょ。僕がどれだけ手紙を読み返したと思ってるの?」
一転して冷えた口調に、はっとする。ザカライアと幼かったトロイの、たった三ヵ月間の文通。
そうか、筆跡! 暗示事件で提出した報告書だ。調査責任者のトロイにも渡った。
つまりタヌキもどきのエサやりの時には、気付かれていた。珍しいくらい投げやりだった態度。あの時どんな心境だったのか。
至近距離でトロイと視線が合う。私を見下ろすその目の奥には、確かな憎悪がのぞいていた。
背筋を冷たいものが通り抜ける。
それは多分、ずっと見ないフリを続けていたことへの後悔と罪悪感。
六歳の頃から、何も解決してなかった。トロイの中の嵐はずっと続いていた。私がグラディスとして幸せに過ごしていた十七年近い間もずっと。
それを知りながら放置していたツケを、今払わされているような気がする。
「あ、向こうが終わったみたいだね」
なんてことなさそうなトロイの一言に、更にはっとさせられた。私も早く助けが来ないかと、さっきから森林公園の様子を遠隔で探ってたとこだ。
今まさに、ユーカと炎のネコの決着がつく直前。そして一足先にグレイスが撤退したため、トリスタンがこちらに向かい始めたところだった。
内心あとちょっと! と、期待しながらキアランの引き延ばし工作を応援してたのに。
ヒヤリとする私に、トロイは得意げな表情を見せる。
「ふふふ。実は僕も、向こうの様子は分かるんだよ。まったく、ただの生贄として召喚したユーカがあそこまで成長するとは思わなかったなあ。先生の指導がよかったんだろうね」
感嘆するような口調。ユーカの能力開発の責任者はトロイだと、ここにいる人間なら大体知っている。多分その大半は、自画自賛だと受け取ったはずだ。
ここでの先生が、誰を指しているかに気付いたのは、ほんの数人。
そのうちの一人のキアランに、不敵な笑みを向ける。
「じゃあ、こっちもそろそろ切り上げようかな。ちょうどグレイスも撤退したし。そのわざとらしい時間稼ぎは、彼の到着を待ってるからでしょ。他の公爵なら耐えられるけど、あのバケモノだけは僕の防御でも厳しいからね。グレイスとの戦闘で大体分かった」
トロイも向こうの戦況を正確に掴んでるのか。それは、同じ気配を持っていることと関係がある?
歯がみする私の足元に、魔法陣が広がった。
あと少しでトリスタンが駆け付けるのに!
切羽詰まった私の目に、キアランが映る。
「グラディス!!」
私を見据えたその目には、諦めとはかけ離れた強い意志があった。
――必ず助けると。
「じゃあね、バイバイ」
耳元に響くトロイの声とともに、一瞬で広がった閃光に視界を塞がれ、地面が歪む独特の感触がした。
104話・トロイ・ランドール(同郷人・魔導師)では、語りで核心に触れなかっただけで、二重人格等ではありません。あれはあれで素のトロイです。
ワルイ仲間との悪さ、転生日本人をほぼ把握など、いくつかのヒントも。




