お目見え
「ちょっ、トロイ!?」
防御壁の薄い背後から、飛び込んだ瓦礫の破片を受けて、トロイの体がぐらりとかしいだ。
反射的に手を伸ばしたものの、支え切れずに一緒に倒れ込む。とにかく頭だけ抱え込んで、何とか太腿の上に着地させた。
「トロイ! しっかり!?」
まったくもう、こんな時にふざけてるからだよ! 内心で罵りながら、声をかける。
まさか私がトロイに膝枕をする日が来るとは! っていうか長い人生通して初めてだよ。いや、緊急事態だからノーカンだ!
私の掌に血が付いているのに気付いて、はっとする。やっぱり頭を怪我してるみたいだ。
周りを見回しても、手の空いた魔導師なんていない。みんなヒュドラの対応で手いっぱい。治癒を頼める隙がない。
あ~、もう、トロイが自分で治癒できりゃいいのに!
見た感じ、意識がない様子。
こういう時、どうするんだっけ? 確かできるだけ動かさないようにして、呼びかけを続けるとかだったよね。
「トロイ! 大丈夫!? しっかりして!」
「う……う、ん……」
膝に抱えたまましばらく声をかけ続けたら、顔をしかめながら目を開けた。
ああ、意識が戻った!
「トロイ! しっかり! 自分の名前と年齢言ってみて! 今どこにいるか分かる!?」
ぼんやりした顔つきを覗き込みながら、問いかける。
「……名前……僕の……」
片手で自分の頭を押さえて、トロイが呻いた。
『僕は……高柳、蓮……12歳……住所は……』
日本語での回答が、途切れ途切れに返る。
あああああっ、なんかあんまりいい状態じゃないみたい!? それ、もしかしなくても前世のやつだよね!? こんな女好きの12歳とかスゲーいやだ!!
内心焦る私の手を掴んで、トロイが私を見上げて笑った。
「な~んてね。トロイ・ランドール、23歳、美人の彼女募集中。グラディス希望」
コ ノ ヤ ロ ウ!!
こんなに殺意が湧いたのは、相当久し振りだぞ!
いつもなら確実に掴まれた手をはたき飛ばして、膝から放り出すのに、さすがにそれもできなくて余計イライラする。
もう少し多めに出血して、血の気を減らしといたほうがいいんじゃないのコイツ!!
「ちょっと、本当にこういう時にふざけないでくれる!?」
「いやあ、大まじめだよ。この体勢の維持のためにも決着が長引いてくれることを真剣に願ってるよ」
私の太腿の上を堪能するようにもぞもぞと頭の位置を変える。手は握られたままで。
ひいいいいいいいいいっ~~~~!!! このセクハラ野郎っ、もう蹴り飛ばしちゃってもいいんじゃないかなあっ!?
「調子に乗り過ぎ!」
ぞわぞわしながら、振り払おうとした手を、ぎゅっと握られる。
「ごめんごめん。この先二度となさそうなチャンスだから、もうちょっとだけ大目に見てほしいなあ」
軽口を叩く表情が、どこか苦しそうに歪んで見えて、つい突き放し損ねた。
本当になんでこんな時まで茶化すんだ、こいつは! 怪我人相手じゃ、さすがの私も鬼にはなり切れない。本来容赦なく徹底排除するところなのに。
「自分で治癒できる?」
「フラフラするから、少しだけ休ませて。起き上がれれば、できると思う」
トロイの返事に、露骨に溜め息を吐いて諦める。柔道家の一周目父から脳震盪の怖さは教わってるし、イヤだけどここは現状維持が妥当か。
こうなったら、一刻も早くヒュドラが片付くのを願うばかりだな。とっとと魔導師一人よこしてほしい。
いっそのこともっと怪我が重かったほうがよかったかもしれない。なまじ意識があるもんだから、トロイからこっそり魔力もらって、私が治癒してやることもできないし。まあ、本当にいざとなったらやるしかないんだけど、この調子ならそんな差し迫ったものでもないか。
視線をトロイから外し、闘技場の進捗状況でもうかがおうと顔を上げた瞬間、思いがけない光景に身をすくませた。
はっ!? なんで!!?
ヒュドラを相手に戦ってたはずのキアランが、殺気を私たちに向けて、問答無用で踏み込んできた。
ひっ!!?
残像すら見えない剣が、私の手を掴んだままのトロイの手首目がけて、躊躇なく振り抜かれる――思わず目を瞑った。
「うわ~、こわっ、王子、こわっ。僕の防御結界が、薄皮一枚でギリセーフとか!」
トロイのとぼけた悲鳴が耳に届き、おそるおそる目を開ける。目の前でのスプラッタ映像は、なんとか避けられていた。
トロイの手首に限りなく近いところで、刃先がピタリと止まっていた。
いや、よく見たら完全には防ぎきれてないわ。ちょっとダメージが……横一線に血が滲んでる。
それにしてもキアラン、本気でトロイの手首切り飛ばすつもりだった! 森林サバイバルの時に知った通り、トロイの優れた防御魔術でなかったら間違いなくすっ飛んでた!
私もここにいるみんなも、王子の突然のご乱心に唖然とする。すぐに気を取り直して、ヒュドラへの攻撃と防御に戻らざるを得ない状況だけど、意識はどうしたってこっちに向けられたままだ。
誰もが訳が分からないまま、キアランとトロイだけが、互いを見据える。
「お前、今何をしていた!!」
今まで聞いたこともないような凄みのある声で、キアランが再びトロイに剣を振るう。それもさっき同様、際どい距離で弾かれた。
「グラディス、そいつから離れろ!」
問いかけようとした私を遮るように、キアランが叫ぶ。キアランがここまでするなんてただ事じゃない。さすがにセクハラ程度でこんな過剰攻撃はないよね!?
とにかく指示通りにしようとしたところで、初めて異変に気付いた。
体が動かなかった。それどころか、声すら出ない。
金縛りにあったように動かない。トロイに握られた手が、ひどく痺れている。
一体何をされた!? 愕然としたまま、視線だけをトロイに向けた。
認めたくない結論が、一瞬で脳裏をよぎった。
――まさかこの私が、搦手で出し抜かれた!?
「あははは~、何をしてるかって? 最近の趣味なんですよ。エサをやるのがね。それにしても、よく気が付きましたよね~。グラディス本人にも気付かれないくらい巧妙にやってたのに」
トロイがいつものように軽い口調で答えた。軽快な動きで体を起こす。ケガの影響なんて微塵も見えない。
座ったままのトロイが、動かない私の体を片腕で抱き込んだ。反対の手には小ぶりのナイフが握られている。冷たい感触が、喉に触れていた。
「グラディス!」
間近で、キアランがギリギリと唇をかみしめる。周囲の視線も、いきなり始まった更なる不穏な展開に、混迷の度を深める。
「ずっと、この時を待っていた」
この緊迫した空気の中で、異常なほど晴れ晴れとした顔で笑うトロイ。
事ここに至って、混乱気味の頭でも、完全に理解した。
痛いほどに強く、私を腕に縛り付けるトロイ。今放っている気配は、これまで感じてきたグレイスのそれと完全に同一のもの。
すでに十七年も前になるあの予言が、意識にはっきりと蘇る。
宮廷魔導師の正装である黒いローブをまとったトロイ。
私を殺す死神は、やっぱりこいつだった。
ミステリーのお約束・その3、アリバイで容疑から外れたやつが、やっぱり犯人。
やっとたどり着けました。犯人は予想人気一番のトロイ。




