フジー・ユーカ(召喚された日本人・親友・クラスメート)・3
「え、え~と……友達のグラディスに、頼まれまして……」
緊張感に耐えかねて、テヘペロ、と重い雰囲気を誤魔化す。全部グラディスにお任せしよう。それが事実だし。私は現場で動く人で、頭を使う人じゃないもん。
「――ああ……」
マックス君とその他何人かが、それで少しは事情が呑み込めたみたいに納得した。グラディスが裏で糸を引いていることが、分かる人には分かるみたい。
凍り付いてた空気が緩んで、ようやく魔物を倒した喜びがその場に広がった。
脅威を取り除いたことで意外と好意的な反応に取って代わるけど、それはそれで手柄が重すぎる。この国の人たちって、強い人が好きすぎだよ。なんか偉い人たちからすごいウエルカムだよ。
ああ、私こっちでもまた、完全にお膳立てしてもらっちゃったみたい。
これもグラディスの思惑通り? さっきに引き続いてこれじゃ、さすがにちょっとやりすぎだよと苦情を言いたい! 私はどっちもただ言われた通りにしただけなのに。
本当にあの人は、どこまで先が見えてるんだろう。もしかしたら預言者筆頭のエイダさんよりすごい気がする。
ここまで私の面倒を見てくれて、強引なくらい極端な結果まで出させちゃって――本当にすごい人。
でもそれだけに、逆に心配になっちゃう。助けてくれる気持ちはありがたい。でも、グラディスは誰が助けてくれるんだろう? いつも人のことばかり気にかけて、自分のことはすっかりおろそかで。
その特別な『眼』で何だってよく見えるのに、自分のことだけ全く見ないグラディス。特に恋愛に関しては、不思議なくらい完全にシャッターを閉めてた。どうしてかしらって、ヴァイオラは不思議がってたけど、私には何となく理由が分かってた。
転移魔術を教わった日にその理由の一端を聞いて、ああ、やっぱりそうかと、胸が痛んだ。
あんなに強く、真っすぐに、迷いなく見えても、グラディスの奥深くにも拭い切れないない歪みがずっとあったんだと。
私にはグラディスがいたから、余計に思う。誰もいなかったグラディスの、絶望と孤独を。似たような立場の私に、手を差し伸ばさずにはいられなかった想いを。
私もグラディスを一番理解できる存在になりたい。
最近のグラディスは、ちょっとちぐはぐ。でも、それはいい兆しなんだと思う。ずっと近くで、時にハラハラしながら見てたから分かる。
抱えた傷は、少しずつでも癒されつつあって。その心は、確かにたった一人に向いていて。きっと、あとほんの少し――何か小さなきっかけでもあれば……。
ちらりとマックス君に視線を向ける。
悲しむ日がいつか来る。そう遠くはないと思う。
それでも私はグラディスの幸せを一番に望むから、個人的な気持ちは別にしても、応援はできないのがちょっと心苦しい。
「ユーカ、お前、けっこうすごい奴だったんだな」
思わず心の中で謝ってたことなんて知るはずもなく、マックス君がちょっと悔しそうに、それでも感心して称賛してくれた。ちょっと顔が熱くなる。
あ、あれ……?
私の立ち位置は、大好きなグラディスのただの友達。ヴァイオラのように、ライバルとしての関心すら持たれてなかった。
魔導・武道勝ち抜き戦、相変わらずの悪運でいきなりの対戦になった時だって、あからさまにガッカリされてた。なんとか一泡吹かせたいと意気込んではみたものの、実力差がどうにかなるわけもなく。眼中にすら入らないままで、対戦時間わずか一秒。
それが、今初めて、マックス君の視界に入った気がする。
前にグラディスからもらったアドバイスを思い出した。――日本と同じで、全部ユーカ次第。頑張っていい男捕まえて――。
私、ちょっと頑張ってみちゃってもいいかな!?
もしかしてグラディスは、こうなることまで分かって送り出したの――?
「そうだ、義父さんは!?」
緊張感が解けたところで、マックス君がハッとして、森林の奥の方へと目を向けた。
「トリスタンならそのお嬢ちゃんがネコとやり合ってる途中で、血相変えて闘技場に戻ったぞ」
「は!?」
私の知らないおじさんの回答に、マックス君が愕然とする。
「ネコの敗色がはっきりした辺りで、グレイスが退いたんだ。そうしたらすぐにな」
「ああっ、俺も行かないとっ」
一番大事なことを思い出したマックス君。すぐさま動こうとして、珍しく足元がふらついていた。気付かなかったけど、結構限界に近かったみたい。そもそもグラディスを忘れてる時点で、よっぽど追い詰められてたってことだよね。私も、向こうの様子は気になる。あのあと、ヤマタノオロチもどきはどうなったんだろう?
「一緒に戻りましょう。充電できたから、また跳べます」
マックス君の手を強引に握って、そのままグラディスをイメージして、転移魔術を展開した。
私の足元に広がった魔法陣が、一瞬でパンクしたように掻き消える。
「あ、あれっ!?」
術が失敗した! なんで!?
「ユーカ、転移魔術か? できないなら無理しなくても」
「も、もう一回!」
自力で戻ろうとするマックス君を無理に引き留めて、再度チャレンジしてみる。とにかく落ち着いて!!
今度は、移動前までグラディスと並んで座ってた椅子をイメージした。
再び魔法陣が私たちを包んで、今度は無事に跳ぶことができた。
ああ、よかった! それにしてもさっきは何で失敗したんだろう?
闘技場の席に戻ると、ちょうどヤマタノオロチが完全崩壊真っ最中な瞬間に遭遇した。リアルに戦隊ものの巨大怪人の最後みたい。
なんか、ぶっちぎりに強い人がいる! 最後の決め手のとこを遠目にぱっと見しただけだけど、ほとんど一人で倒しちゃったみたい。さっきまであんな人いなかったはず。
その人がもどかしそうな勢いで、こっちに跳ぶように駆け付けてきた。
あ、グラディスのお父さん! 相変わらずかっこいい。マックス君に似てるし。
「エリアス!! グラディスはどうした!?」
お父さんは脇目も降らずに、王様に詰め寄った。
えええ~、こ、怖いっ。王様にすごんでる!! こういう人だったの!? 護衛の人まで、凍り付いちゃってるよ。
「落ち着け、トリスタン」
グラディスと観覧中におしゃべりしてたおじいちゃんが、間に割って入った。王様は感情を抑えた表情で、無言のままお父さんを見返す。
え? ってゆうか、グラディスはどうしたって……!?
私もマックス君も、言い知れない焦燥感に駆られるように、一塊に集まってるVIPの人たちに目を向けた。
グラディスは、どこ!? 見つからない!! あ、そうだ、転移で探せば!?
頭の中に姿かたちまではっきりとイメージを浮かべて術を発動したけど、魔法陣はまたパンクした。さっきと同じ。
グラディスの居場所が掴めない!?
キアラン君に目を向けると、その手に剣を握りしめたまま、悔しそうにうつむいていた。あんな感情を露にしたとこ、初めてだ。
「グラディス!?」
マックス君の叫び声が空しく響く。
いくら見回しても、あのどこにいても人目を引く姿は、どこにもなかった。




